DISNEY   LIFE

1995年6月21日(水)晴れ
さよならエレクトリカルパレード・・・

その日、パークは異常な雰囲気だった。6月21日、エレクトリカルパレードの最終公演日なのである。Eパレが終わる、というのは、ずいぶん前から報道されていて(半年以上も前から・・・クリスマスに見られる最後のEパレ、という実況中継みたいな特別番組も放映したし)、大部分の人たちは、自分なりの「お別れ」を済ませているはずである。なのに、だ!最後の最後を見送ってやろうという人たちの熱気!私ももちろんそのうちの一人なわけだが・・・こんなにもたくさんの人たちに見送られる、愛されてきたパレードのために、みんな思い思いの場所に陣取り、そのままじっと、夜を待つ・・・。ほんとうに、最後の最後のパレードを、見送るために。

グランドマーシャル さよならフロート

エレクトリック・ファンファーレが響く。最後のアナウンスが流れる・・・。
「LADIES AND GENTLEMEN,BOYS  AND GIRLS,WALT DISNEY  PROUDLY PRESENTS
OUR SPECTACULAR FESTIVAL  PAGEANT OF NIGHTTIME MAGIC  AND IMAGINATION
IN THOUSANDS OF SPARKLING  LIGHTS
AND ELECTRO−SYNTHEMAGNETIC  MUSICAL SOUNDS,
TOKYO DISNEYLAND ELECTRICAL  PARADE.」
パレードの先頭を率いてきたのは・・・なんと日本ユニシスのおじちゃん、おばちゃんたち!左の写真であるが、ファイアーエンジンからミッキーグローブをつけて、手を振っている。ゲストも、皆「ありがとう〜〜!」の声をかける・・・グランドマーシャルとして、そして10年もの長い間パレードを支えてくれた日本ユニシスに、感謝したい。そして、さよならフロートの登場である。もう、日本では2度と見ることはないだろうと、さよならの文字に思う。
しかし、今夜のゲストはノリが異常である。各キャラクターの名前を叫ぶ、叫ぶ・・・。さらにタイトルドラム上のミッキーに対しては、誰が音頭を取ったわけでもないのに、「ミッキー〜〜〜!!!」とまわりのゲストみんなで叫ぶ、叫ぶ・・・!!もちろん私も参加したが、あまりのミッキーコールの多さに、我らがミッキーはフロート上で「うわぁ〜〜!」ってカンジで驚いてくれた。だって、バラバラに呼んでいるのではない、なぜか皆声がそろっているのである!こんな一体感、初めてであった・・・忘れられない体験である。

Eパレの中で、私が一番好きだったフロートは、白鳥の親子だった。フロートの美しさもさることながら、フロートの
持つ音楽が良かった・・・東京版のCDで、ようやく家で聴くことができるようになり、喜びにうち震えたものだが、しかし、生で見て、聴けるのもこれが最後である・・・涙を止めることはできなかった。最後のフロートが行ってしまっても、涙は止まらなかった。私がこんなにディズニーの世界を好きになったのも、すべては初めて行ったTDLで、このエレクトリカルパレードを見たからである・・・。まだ小学校低学年で、初めて触れたパークの世界観、それで十分に魅了されていたのだが、当時始まったばかりのEパレを見ようとして、それは起こった。背も低く、小さかった子供だから、人の頭の向こうのパレードが見えない。あきらめようとしたとき、前にいた知らないお姉さん2人が、私と弟を抱き上げて、見せてくれたのである!そこには、今まで見たこともなかった美しい光があった・・・そのお姉さんたちは、一緒に来ていた母の友人の子供も代わるがわる抱き上げてくれた。そして、そのお姉さんたちもパレードを見て、私と同じように感動して興奮しているのである。大人も子供も、みんな同じ思いで見つめるパレード・・・なんて不思議な空間なんだろうと、幼な心に思った記憶がある。自分がそのときのお姉さんと同じくらいの年になった今、自分もああいうふうに、子供に感動をわけてあげられるだろうか・・。1年に何度も行ける身になった今、あの初めてのEパレの体験は、決して忘れてはならない原点だと思う。自分も楽しみ、誰かも楽しい・・・そのためにできることがあるなら、やってみてもいい・・・。とにかく、私のTDL歴は、ここから始まったのである。

そのEパレは、終わった。私も含め、たくさんのたくさんのゲストを魅了してきたパレードは役目を終えた。
最終日近くになってからは、1日2回パレードがあったのだが(19時半と21時)、はっきり言って1回目の印象は2回目に打ち消されてしまって、あまり覚えていない・・・最後の最後を見送ったという満足感でもあるのだろうか。さようなら、そしてありがとう、エレクトリカルパレード・・・日本のパレードが一番キレイだったと、世界を見てきたあとに自慢できるように・・・決して忘れないよ。あのお姉さんたち(今はもうお母さん?)は、最後を見届けたのだろうか・・・これからは、私が「お姉さん」であるように、パークで感動をわかちあいたい・・・などと思うのである。


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