*****《ある町の退任人権擁護委員のメモ》*****

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【共生社会と人権:その10】


 令和6年10月,ある団体から講演の依頼を受けました。先日そのお役目を終えました。その時の話を採録しておこうと思い立って,数回に分けてお届けいたします。聞きたいという方を前に語ったことが,どのように伝わったのか分かりませんが,一つでもそうなのかと思って頂けたら幸いです。よろしかったら,お付き合いください。
 講演で依頼されたテーマは「共生社会と人権」でした。依頼された団体は障害のある方と民生児童委員,人権擁護委員の方々です。この前提で話を組み立てています。講演録の第10回分,最終回です。

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【5】人権羅針盤の応用

 第9回まででは,共生社会が個人における幸せを求める人権に密接に結びついていることを,人権の視点から考えようとしてきました。その考察の中では,人権の基本的な6要素を設定することによって,状況の認識をより分析的に進める試みをしてきました。
 その締めくくりをする段階に至りましたので,まとめに向かっていくことにします。

人権羅針盤の応用:合理的配慮例示です
 共生社会に向かう具体的な課題として,障がい者との共生が注目されています。その実現のための指針が合理的配慮として推進が期待されています。その事例のいくつかを人権羅針盤に対応させたものが上図です。
 病院の診察時に,障害のあることが見えない患者については受付票に明記する配慮によって,その存在を円滑に連絡できることから人権の尊重を図ることができます。
 災害時に並んで待つことが困難な障がい者に対しては,列外に居場所を設けて対応することによって平等な救援を確保することができます。
 視聴覚に障害のある人への情報の提供については,表現の方法を音声化や文字化など多様化する配慮によって,正確な理解を図ることができます。
 仕事など共同行動をする場合には,障害への負担程度に応じた業務量の調整をすることによって,参画することが可能になります。
 新たな挑戦である入学試験の際に,別室受験や時間延長といった障害に応じた配慮をすることで,明日への期待を持続してもらうことができます。
 機器の利用に困難さを抱える人に対しては,手伝う形で支援をすることで利用ができるようにすれば共に生きるという状況が生まれてきます。

 以上のように,周りの人や環境,社会との関わりにおいて障害となる状況が現れるような人に対しては,その状況を改善する配慮を可能な限り提供することによって,幸せな人権を実現することができます。その配慮を促す認識は,障害のあることを多様性とし,その障害を解消する包摂性を発揮することで実現できる共生社会への期待に基づきます。共生社会は人権擁護が機能する社会であると考えるべきです。

人権羅針盤の応用:ユマニチュードの対応です
 高齢者の問題である認知症への対応として,ユマニチュードがあります。ユマニチュードとは「人間らしさを取り戻す」という意味をもつフランス語の造語です。ケアの現場でケアを受ける人とケアを行う人との間に自由・平等・友愛の精神が存在するのであれば,ケアを行なっている人が掲げる理念・哲学と,実際に行なっている行動を一致させるための手段として技術を用いるべきである考えられて,その哲学を「ユマニチュード」と名付けられました。
 ユマニチュードではすべてのケアは一連の物語のような手順「5つのステップ」で実施されます。この手順は
1.出会いの準備(自分の来訪を告げ、相手の領域に入って良いと許可を得る)
2.ケアの準備(ケアの合意を得る)
3.知覚の連結(いわゆるケア)
4.感情の固定(ケアの後で共に良い時間を過ごしたことを振り返る)
5.再会の約束(次のケアを受け入れてもらうための準備)
の5つで構成されます。
 このユマニチュードの具体的な4つの所作と2つの意図を人権羅針盤に投影したものが上図です。
 「見る」については,対象者がこれから先の関わりが分かり期待できるようにできるだけ近づいて正面から見つめる行動をします。「触れる」では急がずゆっくりと優しく支えるようにして安心な関係を結びます。「話す」については,ゆっくりと低めの声による穏やかなトーンで前向きな言葉を使って分かり合えるようにします。対象者が自ら行動する機会を持てるように先ずは「立つ」という動作を支援します。この一連のふれあいの時間が心地よかったと感じられるような笑顔の関係を体験しあうことにより,次の出会いを楽しみにして貰う意図が達成できます。この一連の所作を通して大切な人として向き合ってくれていることが伝われば目標が達成されます。このように羅針盤にそれぞれの所作の意味づけをすることによって,ユマニチュードの全体イメージを明確に理解することができます。

人権羅針盤の応用:相談対応の指標例です
 人権羅針盤の応用例の最後として,相談による寄り添いについて示した例が上図です。人権相談に限らず福祉関係の相談においても問題の解決策を提案することとだけと考えていると,失望感を与えてしまうことになりかねません。一時の相談であっても,相談者の仕合わせにつながるルートを外さないようにしたいものです。
 先ずは秘密は守ることです。それが「信頼」を結び安心を与えます。別の誰さんもしてるといった知り合いを引き合いに出して説得することは別の所で自分が引き合いに出されるのではと不安を与えます。
 相談に来る人は何かしらの悩みや困りごとが降りかかり自分の弱みに直面して,相談に来ること自体を情けなく思っているかもしれません。人は弱くていい,誰しもどこかに弱さを持っていることを「尊重」するように対応します。相談をすることは大切な一歩を踏み出すとても大事な覚悟であることを伝えます。
 相談の詳細を受け止めるためには相談者の表現を正しく「理解」しなければなりません。内容を示す言葉を反復し確認し,その言葉を口にする気持ちを受け止めていることをごく自然な形で伝えます。相談者にとって分かってもらえるかということは気になることです。大げさに同感しようとすると逆効果になるので,ただ静かに認めるようにします。
 相談に対する回答をする際には,提案という形で助言をすることで,相談者に選択の余地を与えるようにします。段階を追って提案を進めることで,相談者が求める主訴がはっきりしてくることもあります。問題が発生している状況をあぶり出すことで,相談者と共に解決しようとしている「互恵」関係が築かれます。
 相談は関わりの端緒であり,一回キリしかないというものではありません。一旦相談を終えて,その展開によっては新たな変化も起こってくるはずです。その展開を共に見ていくという寄り添う姿勢を伝えることが,相談者の希望を育んでいきます。次につながる可能性を「期待」できることが励ましになります。
 問題を抱えてしまった弱い者でも相談という関わりを持つことができると,共に問題に向かってくれる支援する人と出会いがあって,どこかホッとしてしまう,人としての温かさを継いでいくことができたら,相談は一段落です。至らないものは遠慮しないで「支援」を受けていいというメッセージが交わせる社会が「共生社会」なのです。

 相談対応する際には,相談者の求めに応えられたかという不安があるものです。その確認をするために人権羅針盤を利用してみるのもいいのではないでしょうか。

【6】結び

 「共生社会と人権」の講演時間も過ぎていきます。研修テーマが期待していることは,幸せになるためにはどうすればいいのだろうかということでしょう。最後に2つの幸せな状況をお話をしておきましょう。

※幸せな子育て?
 親はどんな子どもに育てたいと思っているのでしょうか?
 ある家庭で,兄弟がいて,兄が友だちのお宅からケーキを頂いて帰宅しました。母親が弟と半分にするようにと促したので,兄弟で半分に分けたケーキを美味しそうに食べていました。そこにやってきた父親が,「お母さんが半分にと言ったけど,どうしてだろうね?」と尋ねました。
 兄は「弟が可哀想だから」と答えました。思いやりを発揮して分けてあげたのです。そこでは弟からのありがとうを要求します。一方で弟は「次はお返しする」と答えました。貸し借りが成立し,兄に借りができたので,けりがつくまでは借りを返せと言われるかもしれません。
 二人の答を聞いて,父が言いました。お母さんが分けるように言ったのは「分けて食べた方が美味しいと思う」ように願ったからだよ。兄は弟の喜ぶ顔が見たい!,弟はうれしい笑顔を返して,共に幸せな一時を過ごすことができる,それだけなのです。
 ドウゾは人間らしく生きる大切な手立てです。それには初歩から上級まであります。初歩とは,我慢してドウゾと言うとき。上級とは,喜んでドウゾが言えるとき。この上級の対等で平等な人間関係が「人権」レベルのドウゾなのです。

※幸せな夫婦の会話?
 若い夫婦が二人の時に,夫が「幸せかい?」と語り掛けると,妻が「私は幸せよ,あなたは?」と聞き返してきます。夫は「僕だって」と返します。夫婦それぞれが幸せであり,それぞれに自分の幸せがあることになります。
 年配の夫婦が並んで座っています。夫が「幸せだね」と漏らすと,妻も「幸せですね」と重ねます。そこには夫婦二人の幸せがあるのです。共生という形として夫婦生活を見ると,共に生きることが共に幸せであることにつながっていくはずです。
 私とあなたという認識では,個人と個人で別々な関係になります。同じ者同士である私たちという認識になることによって,多様性を尊重しながら包摂性を成就してしあわせになっていくことができることでしょう。


●持続的発展を意図して共生する社会に配慮してきた結果,幸せな世界の構成が少し見えてきました。人権が目指す人間らしさが幸せに生きることに通じています。そう信じてみましょう。

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 講演採録はこの第10号をもって終了です。お付き合いを頂きありがとうございました。
 次号からも,しばらく人権羅針盤にからんだ話を書いていきたいと思っています。

どうぞよいお年をお迎えください。


(2024年12月29日)