*** 子育ち12章 ***
 

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「序 の 章」


『子の育ち 健やかなれと 祈る親』


 赤ちゃんが誕生したとき,親は健やかに育つことを願って,最高の名前を付けます。生まれたことだけを祝福します。日が経ち,はじめて歩いたとき,一つのステップを越えた喜びに包まれます。片言を話し始めると,「パパ」と「ママ」のどちらの呼び名を先に覚えたか,楽しく競り合い,一喜一憂します。

 その時期を過ぎると,パパはどうしてなのか分かりませんが,子育てをママに任すようになっていきます。子どもはだんだんと自分育ちをするようになりますので,おとなしくはしていません。ママの都合などお構いなしで,ママを一日中引きずり回します。たいへんです。

 家庭とは言っても,小さな社会です。たとえ幼児でもわがままは控えめにしなければなりません。そこでしつけが必要になってきます。親は子育てという役割を果たさなければならなくなります。しかしながら,「子育て」という学科目を履修し合格した経験は誰も持っていません。子どもをどう扱ったらよいのかすら,はじめての経験です。

 そこでママはとりあえず,毎日の暮らしが滞りなく過ごせるように,子どもに生活上のあれこれを教え込ませようとします。ママが忙しいときはおとなしくしていること,夜はおとなしく眠ること,ミルクは時間通りにいっぱい飲むこと,部屋の中は走らないこと,何でも口には入れないこと・・,考えるだけで投げ出したくなります。それなのに,子どもはママの言うとおりにはしてくれません。「何遍言ったら分かるの?」と,何遍言うことでしょう。

 赤ちゃんから幼児までは,あっという間に育ちます。もうこんなことができる,こんなことを言うようになったと,その成長の早さに親は驚きます。しかしそのスピードはやがて落ちてくるように見えます。動物的な行動である簡単なことはすぐに覚えますが,人間として覚えるべきことは複雑になってくるからです。

 そこで「しつけ」から「子育て」に転換します。子どもが社会的人間としての育ちをはじめるときが来たのです。昔は地域による子育て,祖父母をはじめとして近所のおばさんたちが,豊かな子育て体験から陰で子育ちを支えてくれていました。若い親にはできない子育てをしてくれていました。しかし,近隣と絶縁状態になっている核家族の親は,近隣がしてくれていた子育て役割まで背負わなければなりません。今の親はたいへんです。

 これからの親は,「子どもが育つとはどういうことか?」という問題に対して,しっかりとした見通しを持たなければなりません。そこでいろんな情報を集めようとしても,情報が豊かな割には,個別的,断片的,専門的であって,全体像が見えてきません。まず子育ちのデッサン像を描く必要があるのに,細部にとらわれてしまっては,完成はおぼつかないでしょう。

 子育ての情報をどのように整理すれば,見通しが立つのか?
 それができれば,多くの親に安心感を持ってもらえるのではないでしょうか?

 そんな願いを込めて,子育ちの全体像をデッサンするつもりで,書き上げていきます。


★編集後記★
 お届けする「子育ち12章」は,過去10年ほどの間に各所で講演しご好評を頂いた原稿を元に書き下ろしたものです。聞く話と読む話では送り手側にも別の気配りが必要になると思います。それがうまくできるかどうか,挑戦してみます。

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