『つらくても 小さな希望で 生きられる』
■はじめに
第9章では,子どもは弱いから育っていると考えるように勧めました。
「弱くてはいけない」と子どもに言うことは,励ましではありません。
いたずらに子どもを追いつめていくだけです。
弱い自分を肯定できると,育ちのスタートに立つことができます。
そのままでは立っているだけで,前には走り出しません。
育とうという意欲があってこそ,子どもは前向きに育ちます。
意欲を持たせるために,親は懸命に働きかけをしようとします。
それが時として逆効果になるようなことをしでかしがちです。
親の熱い思いはわかりますが,親としてのやり方に不安があります。
幼い子どもであれば,朝起きたら歯を磨きなさいとしつけます。
その理由を納得させようとするとき,「虫歯になるから」と言います。
将来を不安がらせて,幼い子どもを親が脅しつけていますよね?
幼い子どもは今を生きていますので,先のことなど分かりません。
歯を磨いた後で,「ほら,気持ちいいでしょう」と気付かせるべきです。
意欲を持たせる働きかけはどんなものか,それがこの章のテーマです。
【質問10:あなたのお子さんは,明日を楽しみにしていますか?】
《「明日を楽しみ」という意義について説明が必要ですね!》
○育ちのイメージを持たせるには?
子どもは人生の始まりにいますから,時の流れは未体験で実感できません。弟妹がいれば育ちがわずかに見えますが,少子化では無理です。ましてやお父さんに子ども時代があったという育ちの時間など,思いも及ばないでしょう。おばあちゃんがいればお父さんの子ども時代のことを話してやれますから,なんとなく時間の流れが想像できるようになります。子どもに親のアルバムを見せてやることも役に立つでしょう。
今日を楽しく暮らすことになれてしまうと,残された時間は見えなくなります。そのことの弊害はもし今日が楽しくなければすべてダメという思いこみを生みかねないという点です。今日がダメなら明日があるという気持ちの余裕が持てないと,生きることがつらくなることがあります。
縦集団が身近にあると1年先,数年先,10年先と,自分の明日がイメージできます。今日と明日は決して同じではなくて,人は育っているのだということが目に見えてくるはずです。子どもの映像を記録に残しているなら,ときどき子ども自身に成長を振り返らせてやってください。育ったという実感が与えられることでしょう。昔は柱の傷が成長の証でしたが,柱に刻んだ意味はいつでも目に付くようにということだったのです。
・・・育ちとは時間の流れの上にあることに気を配ってください。・・・
○「早く大人になりたい」と思っていればいいのですが?
情報化の中で,いろんな国の子どもたちの様子が目に飛び込んできます。豊かではない国の子どもたちの方が育ちの迫力を感じさせます。かつての日本でも同じでした。育ちに子ども自身が燃えています。その背中に「早く大人になって母親に楽をさせたい」という具体的な目的を背負っています。
豊かな暮らしの中で母親の苦労は外見的には見えづらくなりました。粗末な着物をきて,自分は食べる分を削って,家事に追われている姿はどこにもありません。時代がすっかり違っています。昔のことを引っ張り出して,今はダメだと言うつもりはありません。ただ,何が変わったのかということをはっきりしておきたかっただけです。
今の子どもは「早く大人になりたい」と思っているでしょうか? それが育ちの意欲なのですが,子どもたちからは伝わってきません。育ちの意欲を持つためにはどうすればいいのか考えましょう。二つの条件があります。「実現可能性」と「魅力あるモデル」です。
実現可能性とは,そのうちにきっと自分もなれるという見通しを持てることです。すぐには無理ですが時が経てばやがて実現するはずと思えることです。お父さんも昔は子どもだったんだと納得できたらいいでしょう。
魅力のあるモデルとは,親や年長者に「〇〇みたいになりたい」という人が見つかることです。特に親は子どもにとっては,将来の自分です。生き生きとしている親の姿を見せられたらいいのですが,疲れ果て苦労ばっかりと嘆く姿だけを見せていたら,子どもは大人になりたくなくなります。
・・・子ども中心の暮らし方が過ぎると育ちの意欲を奪うことがあります。・・・
○少子化の中で,親の期待を一身に引き受けて・・・?
親は子どもに期待を持ちます。期待に添わないと「ダメな子」と突き放すこともあります。子どもにすれば親の勝手な思いこみです。いわゆるいい子であれば,その期待に応えようと親の顔色をうかがいながら自分を曲げていき,やがて力尽きて本当にダメになりかねません。
人の育ちは決して一直線ではありません。親が考えているようなレールはありません。親の心は「子どもに苦労の少ない道を選ばせたい」というものですが,どんな道を選んでも苦労のない道はありません。親は子どもの将来を見通せるほどの神通力は持っていないでしょう。例えば今流行の職種は今のことであり,明日には別のものが現れるはずです。つまり,今から今を目指したら,子どもが育った明日には過去になっています。
子どもは親の期待につぶされないように自衛行動をとります。おなじみの「メーカー希望小売価格をズバリ半額」というわけです。そのとき親は子どもを見放したくなります。本当は自業自得なので潔くあきらめて,子どもをあらためて応援してください。
期待は「子どもはこうあるべき」という形を呈する場合もあります。それがママのあせりを生み,「早く,さっさと,きちんと,ちゃんと」と畳みかけるようになります。赤ちゃんにはとても優しいママだったのに,育ってくると声が一オクターブ跳ね上がりしつけのための声変わりをします。落ち着いてくださいね。育ちはゆっくり進みます。スイッチを押したらすぐに反応する機械ではありません。
期待を「ありたい」と考えていれば,将来の可能性をプラスに評価できます。今がダメなのではなく,明日にはできるようになれるかもしれないと待つことです。その方がわくわくしませんか? 親の愛とは無条件に子どものあるがままを愛するのであり,あるべき姿ではありません。
・・・親の期待というお荷物は子どもには重すぎます。・・・
○親子ともに幸せですか?
毎日子育てにがんばっているパパやママさんは,日々幸せですか? 忙しくてそんなのんびりしたことなど考えたこともないとは言わないで下さい。簡単な幸せチェックをお教えしましょう。夜お休みになるときに「明日の朝,起きるのが楽しみな方」は幸せな人です。もしも,「やれやれ一日がやっと終わった。寝るだけが楽しみ」と思っていたら,不幸ではありませんが幸せではないでしょう。
明日は明日でしなければならないことがいっぱい控えていることでしょう。特に日曜の夜など憂鬱になるものです。明日の朝が楽しみなどとは考えられないと思います。しかし,少しだけでもしたいことを見つければ,明日が楽しみになります。それを見つけることが幸せの扉の鍵になります。
子どもは学校に行かなければならないと思っています。それでも友達と遊ぶ時間といった楽しみがあれば,我慢できます。放課後に自分の好きなことができるという時間があれば,それを待つことによって一日を楽しく過ごせます。
最近の子どもたちは生きている実感を感じるのは「お風呂に入っているとき」と答えるという話がありました。おじさんになっています。やれやれ終わった,ゆっくりできるという楽しみでは幸せにはなれません。なぜならお風呂が終わったら楽しみは消えてしまいます。
明日になったらこれができるようになるかもしれないという,成長を楽しみにすれば,毎日が楽しみになります。大人になって風呂で幸せになっているときは,成長という楽しみを失っているときです。死ぬまで自分を成長させようとする意欲が見えないと,幸せは逃げていくでしょう。子育てをしているときは,親としての成長をしているときで,明日が楽しみになるはずです。それが子どもからの親への贈り物なのです。
・・・生きる喜びを親子で見つけて下さいね!・・・
《明日を楽しみにすることが,育ちの意欲の源です》
○親は子どもにいろんなことができるように指導します。勉強させたり,手伝いさせたりして,ちゃんとできたか判定します。できる能力は生きていくためのテクニックです。人はテクニックだけでは生きられません。生きる喜びが不可欠です。子どもには育ちの喜びです。明日が楽しみだからこそ,生き続け育ち続ける気になれます。明日の育ちを気長に待って心から喜んでやって下さい。
【質問10:あなたのお子さんは,明日を楽しみにしていますか?】
●答は?・・・もちろん「
イエス」ですね!?