*** 子育ち12章 ***
 

Welcome to Bear's Home-Page
「第 84-08 章」


『子育ちは 仕合わせ求め ひたすら』


■子育て12確認式■

∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
『子育て第8確認式』

【目的性=価値×実践!】

《まえがき(毎号掲載)》
 子育て羅針盤では,子どもの育ちを6つの方向と2つの領域から考察します。6つの方向とは,「誰が,どこで,いつ,何が,なぜ,どのように育つのか」という問題視座です。また,2つの領域とは,「自分の育ち(私の育ち)」と「他者と関わる自分の育ち(私たちの育ち)という育ち」の領域を表します。6つの方向にそれぞれ2つの領域を重ねた12の論点が「子育て羅針盤」の基本的な考察の構成となります。
 この第84版では,子どもたちの育ちがどのようにあればいいのか,確認をするポイントを総括します。育ちには多様な属性が結びついて一体化する設計図とも言える様式があります。順序が違ったり,逆につながったりすると,本来の属性が機能せずに,育ちに不都合が織り込まれてしまうこともあります。
 人として心豊かに育ってほしいという親の願いが,子どもの育ちに寄り添った支援になるためには,日々の子育てを確認することが必至です。子育ての全体を見渡したポイントになる12の指標毎に属性のつながりを確認してみましょう。

《解説》
 目指すものがあるときに,人は努力し成長することができます。休みの日に,何をしようかと考え,何も思いつかないと,暇つぶしをするしかありません。面白いことを探そうとすると,とかくよくないことに向かいます。「小人閑居して不善を為す」です。ビックリさせようといういたずら心が度を超し,ふざけが悪ふざけになりいじめになっていくのはあっという間です。生活の方向付けになる価値観を意識することが大事です。校訓や座右の銘をとはいいませんが,何らかの形で自分を導く価値を見つけて実践することが生きる目的です。

《事例:協働》
 大人は子どもがためになる行動をして欲しいと願っています。遊んでいると「宿題は?」と叱られます。遊ぶことはためにならない,勉強することがためになる行動と思われているからです。ためになることとは,自分のためになることもさることながら,身近な人のためになるということです。家族のためにお手伝いできる,協働という価値の実践です。人は助け合って生きています。目的であるしあわせは皆のものです。独りよがりのしあわせは迷惑になります。家族という価値主体を大事にする実践があって,幸せな家庭が実現します。

《事例:互恵権》
 人が動くと書いて「働」,傍を楽にすると読んで「ハタラク」というこじつけがあります。価値観のメッセージです。しあわせにしてもらおうと願っていると,しあわせは遠くなります。しあわせにしてあげようと願えば,しあわせがやってきます。しあわせとは仕合わせとも書きます。仕は「する」という意味ですから,し合うことが仕合わせです。お互いがお互いを大切に思いお互いのために自分のできることをし合う,互恵し合うことが人として成すべき基本です。この基本をしつけることが,子どもの仕合わせを育てます。

《事例:美しさ?》
 価値として,真善美が挙げられます。美という価値にかかわるような世界もあります。2歳になったばかりの娘は口達者。「おかあちゃん、かっこいい〜!」と誉められた(と感じた)ので「どうして?」と聞いてみると、「たぬきみた〜い♪」…太っているのを誉められた? それとも皮肉か? この年で!(ぽんぽこぽん♪)。格好いいという美的価値がすれ違っているようです。どちらがいいとか悪いとかを見極める物差しはなさそうなので,美的価値の多様化としておきましょう。

《事例:眼鏡?》
 人が物事を見て認識するときには,無意識のうちに価値の眼鏡を使っています。魚屋さんで生きている小エビを見て、「これ、飼える?」とたずねていた3歳の娘。魚屋のおばちゃんに「子どもって無邪気よね〜」と笑われたが、帰宅後、エビの殻をむいてたべさせながら、私が「ボク、エビデス。コンナニピッチピチナノ!!」と2回言ったら「もういいからっ!早くむいて食べさせてよ!!」と怒られた。その後、唐揚げにしたらバリバリ食べていた…。情操教育に不安…。(無邪気より喰い気)。生き物という眼鏡が食べ物という眼鏡に?

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
※してはいけないことを思いとどまることがあります。この思いとどまるという抑制をしているのがもう一人の子どもです。その際に,「お母さんが言っているから」という理由を持ち出すときは,もう一人の子どもがまだ育っていないときです。善悪の価値に照らしていけないことであると自己決定できるように,具体的に善悪を例示して覚えさせなければなりません。ほめる,叱るという手立ては,してよいこととしてはいけないことの区分けを示すことなのです。



 どのような分野でも同じでしょうが,教育の分野でやる気のない学び人はどうにも扱いきれません。人は関わり合うことで学びや協働ができるのですが,関わりという絡みがないと滑って空回りをするだけです。聞く耳持たない,馬耳東風という状況では,成長の手助けができかねます。気持ちを外に向けて,絡み合うことを求めることが意欲であり,成長の扉を開く鍵となります。自分の世界に閉じこもるときは,絡みがないので意欲は淀み,育ちが封じ込められます。

★落書き★

 朝食やおやつにぴったりのフルーツといえば,バナナでしょう。バナナは植物の分類上はショウガ目バショウ科バショウ属で草なので,バナナはフルーツではありません。大木になっているフルーツというイメージがありますが,木のように見えていても草なので,切り倒しても木特有の年輪はなく,何重にも重なった葉があるだけです。スイカが野菜であるように,バナナは草なのです。お店では果物と同じ所に置かれていますが・・・。


「子育ち12章」:インデックスに進みます
「子育ち12章」:第84-07章に戻ります
「子育ち12章」:第84-09章に進みます