1251年 (建長3年 辛亥)
 
 

9月5日 壬戌
  武蔵の国務條々の事並びに西海諸国の守護・地頭沙汰の事等評定有り。これ皆窮民を
  救うべきの御計なり。清左衛門の尉・深澤山城の前司等奉行たり。
 

9月17日 甲戌
  出挙利銭の事、所領入れ流すに於いては、御教書を下さるるの由。その外の相論は、
  一向問注所の沙汰に有るべきの由定めらると。
 

9月19日 丙子
  相州宿願を果たさんが為、三島の社に参詣せしめ給う。然るに依って今日御精進を始
  めらると。
 

9月20日 丁丑
  評定。奥州沙汰せられ申す。讃岐の国海賊の張本等関東に召し下し、夷島に遣わさる
  べきの由と。
 

9月23日 庚辰
  相州三島の社御奉幣の為、伊豆の国に御進発。
 

9月25日 壬午
  今日未の刻幕府の御馬(鴾毛駮)御厩に於いて俄に薨る。これ御秘蔵の御馬なり。清
  海波と号すと。
 

9月28日 乙酉
  相州三島の社より御還着。往反その難無しと。