太政官符近江美濃等国司
延暦寺に運上せしむ散位従五位下平朝臣繁盛書写し奉る金泥の大般若経一部六百巻に
応ずる事
右彼の寺の今月五日の奏状を得て称く、繁盛去る寛和二年十一月八日の解状に称く、謹ん
で案内を検ずるに、奉公の勤め古今未だ倦まず。老後に至り猶忠節を含む。況や坂東大乱
の時、故秀郷朝臣、貞盛朝臣繁盛等と共に筋骨を竭し、万死に入り一生に出づ。□天下の
騒動なり。その勲功に依り秀郷貞盛各々恩賞に関わり、憂職を拝分す。繁盛独り朝恩に漏
れ未だ夕腸を慰めず。鴻涙の通り難きを思う毎に、猶鳳徳の周らざるを歎く。涯分の及ば
ざること方寸の存する所なり。然れども白髪の時に及び、偏に皇道の節を懐かしむ。仍っ
て聖朝安穏鎮護国家の御為に、金泥を以て大般若経一部六百巻を奉写し、丹誠を表さんが
為に白馬を雇い、天台に運上せしめんと欲す。題名を揚ぐるの間、陸奥介平忠頼、忠光等
武蔵国に移住し、伴類を引率し、運上の際事の煩いを致すべきの由、普く隣国に告げ連日
絶えず。件の忠光等が所犯明白に依って公家に奏聞す。随て即ち追捕すべきの官符を東海
東山の両道に下さるるなり。爰に諸国司等官符の旨に任せ、追捕せんと欲するの間、去年
の八月九日停止すべきの官符を下さる。茲に因って忠光等の暴逆いよいよ倍し、奸謀尤も
甚し。彼の旧敵を遂げんが為にこの善根を断んと欲す。爰に一に本願の徒止むを泣き、一
に奉公の廃すを歎く。繁盛幼若の時より故九條右大臣に奉仕し、独り殊恩を戴くこと、尤
もこの時に在るか。政所の恩裁を望み請う。公家に奏聞せられ、官符を路次の国々に賜り、
途中の危を省き、運上の計を期す。てえれば、解状に依って事情を案ずるに事これ善根な
り。公の為に損無く、寺の為に益有り。天裁を蒙るを望み請う。官符を件等の国々に賜ら
れ、件の大般若経を運上す。且つは繁盛の大願を遂げ、且つは寺家の法宝の為てえり。正
三位行権中納言藤原朝臣道兼宣べ、勅を奉る。宜しく彼の国々に仰せて件の経の運上をせ
しむべし。てえれば、国宜しく承知し宣に依ってこれを行うべし。
符到奉行従四位下行右中弁兼文章博士菅原朝臣 右少史海宿祢
寛和三年正月二十四日