赤木リツコがネルフ施設内の第三中央電算室で仕事を続けている。彼女にとって勝手知ったこの部屋は、唯一気持ちが落ち着けられる場所でもあった。
 エヴァンゲリオンを完成させる為には、リリスやアダム、使徒のDNAを分析する必要があった。生物兵器としてのエヴァンゲリオンは、DNA操作によって作られた人型の巨大人造ロボットだ。これを完成させる為にリツコと、彼女の母は気が遠くなる程、DNAを組み合わせて解析した。
 そのデーターから生物学的な実験を行い、幾度となく失敗し、試行錯誤を繰り返した上、莫大な資金と時間、人材を投入してエヴァンゲリオンはようやく完成に漕ぎ着けたのだ。
 赤木リツコにとって、自身の全てを注ぎ込んだエヴァンゲリオンは、自分の子供のように愛おしい存在だ。エヴァに関してならDNAレベルまでその全てを知り尽くしている。
 現在リツコは先日レイが持ち帰った”SH01”のデータ解析に明け暮れていた。レイの角膜に記録されたデータは、文字に変換すると三十億文字分にも相当する。そのデータは何かの生物のDNAであることはすぐに分かった。しかしそれが何かをリツコは聞かされていない。ゲンドウからはこのデータに近い地球上の生物を探し出すように命じられているだけだ。
 電算室でMAGIシステムを終夜連続作動させて調査しても、芳しいデータを得ることが出来ない。思うようなデータが出ず、リツコは過労を隠し切れない。机の上の灰皿は、山盛りの吸い殻で今にも崩れそうだ。
 リツコは新しい煙草を取り出すと、火を点けて目を閉じ、考え込んだ。異次元電送移動には、移動者以外のDNAが混ると、再構築した際にそのDNAが一緒に合成されることがあり非常に危険だ。その為わざわざこのデータは、レイの角膜に焼き付けてこの次元に運んだ。
 これはそんな危険を冒してまで入手する必要のあった最高機密のデータなのだ。しかしこれがエヴァや、神人とどういう関係があるのだろう? 
 電算室にミサトが入ってきた。この電算室は特定の者以外の出入りは出来ない。でも今や三佐へと昇格した彼女は、ネルフの幹部として施設内のどの部署にも立ち入ることが許されている。
 ミサトはリツコにとっては学友であり、ネルフでは数少ない友人の一人だ。学者と軍人、進んだ道は違っても、互いここで幹部として働いているのは、単なる偶然ではないだろう。
 二人はセカンドインパクトを経験し、それにより人生を狂わさせられた。リツコは彼女を必要し、ミサトも自分を必要としているに違いない。今思えばミサトと大学のキャンパスで出会ったのは、偶然ではなく必然的なことだったような気がする。
 ミサトが電算室に入って来ると、コンピューターの前で煙草を燻らすリツコの後ろ姿が目に入った。自分が近づいても指に吸いかけの煙草を挟んだまま考え込むリツコは気が付かない。灰皿に堆く積もる吸い殻を見て、ミサトは彼女がどれだけ長時間ここに滞在していたのだろうか? と思った。
「リツコ、少しは本数減らしたらどう」ミサトはリツコに話し掛けた。
 リツコは目を開くと、「あなたがお酒の量を減らしたらね」と、答えた。
「何よ、それは関係ないでしょう。あなたの健康を心配して言ってあげているのに」ミサトはリツコに逆に指摘されて憤慨した。
「それはどうも」皮肉ぽっくリツコが答えた。
「えらく根を詰めて仕事をしてるのね。何を調べているの?」
「あら、あなたに何でも話す必要があって」リツコは突っ慳貪な言葉を返した。
「酷い言い草ね。せっかく加持が今夜飲もうかって誘ってきたから、教えにきたやったのに」ミサトは顔をむくれさせた。
「加持くんとなら私は抜きの方が良いんじゃないの」今度は皮肉を言われた。
 ”嫌な奴ね。あんな奴とあたしが差しで飲めるわけないでしょう”と、ミサトはカチンと頭に来た。
「それにそんなことをわざわざ伝えにネルフの最高機密施設に入らないでもらえる」
「全く愚痴の多い奴ね」
 パソコンのディスプレイ上に解析が進むサンプルデータが映し出されている。解析中のDNAの複雑な螺旋構造が3Dのグラフィックとして画面に描かれている。
「それってレイが持ち帰った例のデータ?」ミサトが尋ねた。
「あら、あなたに説明して分かるの」相手にせず馬鹿にしたような口調でリツコは言った。
「そんなもん、聞いて見なきゃ分からないでしょう」
「ミサトは物理は不得意でも、生物なら少しは分かるの? 私は分からない人には説明しない主義なのよ。どうせ時間の無駄だし」
「うっさいわね」嫌みを言われて、ミサトが目くじらを立てて怒り出した。
「さて、もうすぐ解析が終わるわ」怒るミサトを無視して、リツコは煙草の火を灰皿に押し付けた。
 コンピューターに向き直ってすぐピーという電子音と共に、MAGIシステムに繋がれたディスプレイに、分析結果が表示され始めた。完成したDNAの螺旋構造が人間のDNA構造と重なる。整合率100%と表示された。
「変ね。これは全く人間と同じね」リツコが首を傾げた。
 人間にかなり近いとされる使徒であっても、そのDNAは99・89%までだ。なのにこのサンプルははぼ100%人間と同一だ。こんなことがあり得るのか?
 MAGIが、そのDNAと同一の人物が存在することを示唆している。この地球上に住む全て人間は産まれてすぐにDNAを解析されてデータ化される。そのデータバンクにMAGIシステムは繋がっているので、瞬時に照会することが出来るのだ。
 画面に該当者のDNA構造が並んで表示される。それを見たリツコの目が驚愕し、大きく見開いた。
「こ、こんなことって・・・・・・」
「何、これ・・・・・・」ミサトも画面に現れた該当者の名前を見て呆然としている。
「DNAが同じっていうことは、一卵性の双生児以外にないのよ。これは絶対にあり得ないわ」リツコの声が震える。
「どういうこと・・・・・・」いつも冷静なリツコが動揺している。その様子だけでミサトには目の前で起こっている出来事が大変なことであることが理解出来る。
「MAGIが間違いを冒すことは絶対にない。だからこれは真実なの、だけれど信じられない・・・・・・」リツコはゆっくりと首を左右に振った。
 覗き込むティスプレイに次々と現れるデータに二人の顔は凍り付き言葉が出てこない。沈黙の時間が流れ、「ミサト、分かっているわね。このことは極秘事項よ」と、我に帰ったリツコが低い声で念を押した。
「ええ、言われなくても分かっているわ」茫然としながらミサトは頷いた。
 そうは言ってもこのことはどう説明すればいいのだ? 別次元の世界にいる生物のDNAと、この地球上でピッタリ合う人間がいることを・・・・・・。