ネルフ内の物理実験室の中に楽器の防音室のような鉄製の四角いコンテナが置かれている。その中に入ってリツコが奇妙な形の装置を組み立てている。50センチ程の円形に端子が配置され、それらが巨大なトランスに接続されている。その位置と距離をリツコが調整している。
「ミサト、精密ドライバー取ってくれない」
 リツコの依頼にミサトはコンテナの外に置いた道具箱を開き、中から精密ドライバーを探した。
「あんたって本当に狭い場所が好きね」呆れたようにミサトが言った。
 ミサトの脳裏にリツコがMAGIシステムの中枢室に入って身体を屈めながらプログラムをしている場面が想起された。
「そうでもないわよ」リツコは腰を曲げたまま片手で端子を押さえ付け、ミサトからドライバーを受け取るとネジを強く締めた。
「でもこれ何なのよ?」変な物体でも見るような不審な目でミサトが装置を見ている。
「何だと思う」思わせぶりな口調でリツコは問い返した。
「分かんないから訊いているんでしょ」ミサトはむっと膨れた。
「神人の弱点を見つける装置よ」
「はあ? この不格好な物が」
「実験装置なんてみんな不格好よ」
「でも神人に弱点なんてあるの?」
 N2地雷さえ全く効かないあの怪物に弱点があるとはとても思えない。ミサトは懐疑的だった。
「ええ、あるわ」リツコはそう言うと背中を伸ばした。そして、「あなたが採取してくれた大気を分析したら、通常よりもオゾンの量が僅かに多かったの」と言った。
「それに何の意味があるの?」
「オゾンは紫外線や高電圧によって生産されるわ。私は神人の外観を見てあの身体はプラズマから出来ているんじゃないかと思っていたの」
「プラズマはオゾンを発生させる」
「そう、あなたにあの場所の大気を採取してもらったのもそれを実証する為よ」
「でもプラズマにあれだけの破壊力があるの? 相当の質量があるように思えるわ」
「地球上ではあり得ない超高密度のプラズマね。それをこの装置で証明するの」
「こんなもんで?」まだミサトは疑っている。
「文句言わないで、これを着けて」リツコはサングラスをミサトに渡した。
 ミサトは渡されたサングラスを掛けた。リツコがコンテナの分厚い扉を閉じる。ドンと低い音が響き、ドアの重さが想像出来た。ドアに開けられた30センチ四方の強化ガラス製の窓からのみ中の様子が見える。
「電源を入れるわ。少し離れていて」
 ミサトが装置から離れたのを確認して、リツコがトランスに付いたスイッチを入れた。途端、複数のトランスがブーンという低い振動音を上げて、バシッという感電したような音がしたと思った途端、円形装置の真ん中に目映い真っ白な球体が現れた。サングラスを掛けていても目を伏せてしまう程の明るさだ。
「高密度のプラズマよ。これでも神人を形作っている物の数百分の一しかないわ」
 リツコはコンピューターゲームに使うようなジョイステックを手にして、コンテナの中のロボットアームを操作し始めた。アームの先端に50センチの長さの金属パイプが取り付けられている。
 リツコがアームを操作すると、球体の中にパイプを差し込み始めた。耳をつんざく轟音がして、球体が更に明るさを増す。プラズマは高濃度のオゾンを発生させる。オゾンは強い毒性があるので、オゾンを吸収するフィルターの付いたこのコンテナの中に装置が入っていなかったら、とてもこの場にはいられないだろう。
 アームを下げると球体は元の明るさに戻り、音も静まった。アーム先端の金属パイプは半分が失われていた。
「溶けたの?」ミサトが驚いた顔をして尋ねた。
「分子レベルにまで分解されたのよ」
 リツコはアームを操作して別の部品を掴んだ。薄く細長い金属で、30センチ位の長さがある。こんな薄い金属、プラズマの中へ入れればあっという間に消えてしまうだろう。リツコが別のトランスのスイッチを入れると、金属板の周辺が仄かに紫色に輝き出す。金属板の後端のコードから電気が流れているようだ。
 プラズマの中へ金属板の先端を挿入すると、明るい光を放って分解され始めた。リツコがトランスのツマミを回して電力量を増やしていくと、金属板の周りのプラズマが反発されて空間が出来ている。
「どうなってるの?」ミサトは怪訝な面持ちをして首を傾げた。
「良く見てて」
 金属板がプラズマを横切っていく。金属板が触れていた部分は二つに広がって、金属板が離れてもプラズマは元に戻らない。とても不思議な光景だ。金属板が最後まで球体を横切った瞬間、ボッという音を最後にプラズマの光が消え、部屋が静かさを取り戻した。
「実験成功ね」リツコが言った。
「何をしたの?」
「この金属板はエヴァのプログレッシブ・ナイフと同じ材質で出来ているの」
「でも初めは溶けたわよ」
「だから振動量を増やしたの」
「振動量を増やした?」
「そう、大体十倍ね」
「はあ? 十倍も」
「そう、それによってプラズマを分離することが出来たわ」
「と、いうことは神人もプログレッシブ・ナイフで切り刻めるというわけ」
「そう」リツコは頷いた。
 リツコは回復したアスカから赤い光が”電子を与えると容易に切断をすることが可能”と言ったことを聞いた。神人の内部はプラズマの粒子が安定していないので脆く、そのお陰でプログレッシブ・ナイフを使って内部から脱出することが出来た。しかし外部は粒子が整列していて強固な為、従来のプログレッシブ・ナイフでは切ることは不可能だ。それでも振動量を増やしてやれば切断することが出来るのではないかと考えた。そしてその案は今実証された。
「凄いじゃない、リツコ大発見よ」ミサトは顔を綻ばせた。
「でも余り喜んでもいられないのよ」
「何故?」
「これだけの振動量にするには大量の電力が必要なの。アンビリカル・ケーブルで繋がれている場合は、さほど問題にならないけれでも、切り離した後が問題よ」
「活動限界が減る」
「そう」
「どの位減少するの?」ミサトが尋ねた。
「はっきりとした時間は分からないけれど、大体半分位ね」
「半分・・・・・・」答えを聞いたミサトの表情が急に曇っていく。
 エヴァンゲリオンの活動限界は最大で五分だ。それが二分半に縮まることを意味する。でも二分半あれば神人を殲滅することは可能なのではないか? それよりもあれだけ苦労した神人の殲滅方法を見つけられたことの意義は大きい。
「神人が一体だけ現れるなら問題ないわ。でも複数現れたらどうするの?」
「複数? 今までは単体でしか現れていないわ」
「今まではね。でも同時に何体も現れたら、お手上げよ」
 リツコの言う通りだ。今稼働出来るエヴァンゲリオンは弐号機だけで、同時に複数の神人には対応出来ない。その上アンビリカル・ケーブルを着けたままでは、活動範囲が限られて一部しか守れない。これじゃまるで鎖の付いた犬だ。
「その場合は、ダミープラグを使うか、レイを呼び戻すしかないわね」ミサトが提案した。
「そう簡単に言わないでよ」リツコは眉を潜めた。
 確かにそうだ。ダミープラグは未だ未完成で、無理に使うとエヴァが暴走しかねない。レイにしても何度もこちらに戻ることが出来るとは思えない。せめてシンジがここにいてくれたらと、ミサトは思わずにいられなかった。
「この実験をあなたに手伝ってもらったのは、活動限界を犠牲にしてもプログレッシブ・ナイフの改良をするかどうかの指示をしてもらいたかったの」
 確かにエヴァンゲリオンの戦闘指揮官は自分だ。自分が指示をしない限り、エヴァの改造は出来ない。従来のプログレッシブ・ナイフが神人に対して大きな効果を認められない限り、活動限界を犠牲にしても改良するしかないだろう。
「分かったわ。大至急改良を進めてもらえる」ミサトはリツコに言った。
「いいのね」分かっていた答えとはいえ、リツコは頷いた。
「ええ、申請書類はこれから上に回しておく」
「分かった。すぐに改良を始めるわ」
「お願い」
 この実験結果からプログレッシブ・ナイフの改良が決まった。しかし次に神人が現れる時までに改良は間に合うのだろうか? それが最大の問題だ。それまで神人が現れないことをミサトは祈るしかなかった。