格納庫に戻ってきたエヴァンゲリオン弐号機は大きな損傷を負っていた。引きちぎれたアンビリカルケーブルを取り外すだけでも大変な作業だ。しかし一刻の猶予もない。今も外では神人が暴れまくって街を破壊し、ここジオフロントへ向けて足を進めているのだ。
 隊員が必死にエヴァを整備をしてる間、アスカはプラグスーツを脱いでシャワーを浴びた。温かいシャワーを浴びながらアスカは大きな充実感を感じていた。まるでテレビで格闘ゲームをするように、続々と現れる神人をバッタバッタと面白いように切り倒した。今日は前回のミスを充分取り戻せる素晴らしい戦い振りだった。これで誰もがあたしを認めてくれる。早く整備を終えて戦いたい。アスカは興奮を抑えきれなかった。
 シャワールームから出て、上下にラフな白いスエットに着替えたアスカが司令室に戻ってきた。
「どう、あたしの戦いぶりは」アスカは自慢げに声を張り上げた。
「ええ、良くやってくれたわ」ミサトは素直にアスカを褒めた。
「でしょう」アスカは笑顔を振りまいている。
「アスカ、お客さんを紹介するわ」
 リツコがお客と言った相手を見た瞬間、アスカの笑顔が強張った。あれは綾波レイだ、でも隣に立つ間抜け顔の男は誰だろう?
「優等生、お久し振りね」アスカはレイの前まで歩み寄ると、棘のある口調で言った。そして「わざわざあんたが戻らなくても、この位の相手はあたし一人で充分よ」と、胸を張った。
 自信満々なアスカにレイは無表情なままで何も言わない。まるで肩すかしを喰らったようで、アスカは顔をむくれさせた。
「誰、こいつ?」アスカはレイの隣に立つ見知らぬ男を指差して棘のある声で尋ね、興味ありげにじろじろと眺めた。
 偉そうな口の利き方をする女の視線が、俺の頭の先から足の先まで舐めていく。何て気持ちの悪い奴だ。そんな変な目で俺を見るんじゃない。
「ははあん、あんた向こうで男でも出来たのね。でも大した奴じゃなさそうね」と、アスカは馬鹿にするように口元を緩めて笑った。
 大した奴じゃないだと、そりゃ自分でも自覚しているつもりだが、そうもはっきり言う必要はないだろう。無礼な野郎だ。でもこの女を見て俺は思った。こいつえらくハルヒに似ている。外観もだが、雰囲気が余りにも良く似ている。それはただの偶然だと思いたいが・・・・・・。
「碇くん」レイが紹介した。
 名前を聞いた途端、アスカの顔が呆然とした表情に変化していく。しかしすぐに表情を取り戻して「はあ? この阿保面がバカシンジのわけがないでしょう」アスカは顔を顰め両手を広げて否定した。
 バカキョンの次はバカシンジか、俺はつくづく馬鹿呼ばわりされる人間だな。ひょっとして俺の名字は馬鹿なのか? それに初対面の男に対してこの無愛想さと傲慢さは、全くもってハルヒにそっくりだ。こいつはハルヒのデッドコピーかも知れないぞ。でも俺の周りには何でこんな変な奴ばかり寄ってくるんだ。
 こういうタイプの女と関わり合いになるのは止めよう。それはハルヒとの付き合いの中から学んだことだ。俺はそう決めると避けるように女から目を背けた。
「シンジくん、来たばかりで申し訳ないけれで、早くエヴァに乗る準備をして」ミサトが指示をした。しかしミサトの言うシンジが自分のこととは思えず無視をしている。
「シンジくん、急いで!」
 ミサトが俺の方を向いて何やら叫んでいる。誰に言っているんだ? 後ろを見ても誰もいないし、やっぱり俺を呼んでるのだろうか? 俺は人差し指で自分を指差してみた。ミサトが大きく頷いた。
「ミサト、シンジくんは過去の記憶がないのよ。エヴァに乗れと言ってもすぐに対応出来るわけないわ」リツコがミサトを諫めた。
「でも彼じゃないと初号機を動かせないわ。それともダミープラグを使うつもり」
「ダミープラグはまだ完全じゃないわ。でも彼が乗っても初号機は拒否するかも知れないわよ」
「そんなのやってみなければ分からないでしょう。彼は初めて乗った時からシンクロ率40%だったのよ」ミサトはリツコに喰って掛かった。
 何か理解不明なことをミサトとリツコが言い合っている。妙なことに巻き込まれてしまいそうな嫌な予感がする。
「なあ長門」俺は尋ねた。
「私は綾波レイ」
「ううん、言い辛いなあ」と俺は文句を呟き、仕方なく「なあ綾波、俺ここに居辛いんだが、帰っていいか?」
「駄目」
「何でだ?」
「あなたはここに必要な人」
「必要じゃねえよ」
「あなたはエヴァンゲリオン初号機に乗らなければならない」
 はあ? お前何言っているんだ。その初号機ってなんだよ。
「あれ」長門が指差した先を俺は見た。
 司令部の窓越しの保管庫にアンブリカルブリッジに固定されているエヴァンゲリオン初号機の姿が見える。尖った頭、つり上がった目、肉食恐竜のような凶暴な顔付き。こいつさっき俺を心底ビビらせた人造人間じゃないか。その時俺は思い出した。これが古泉の言っていたロボットなんだ。でもまるで悪魔みたいだぞ。正義の味方にはとても見えん。
「あれが、エヴァンゲリオン初号機。あなたはあれに乗って戦っていた」
「は?」俺の目が点になった。
 ちょっと長門さん、いや綾波さん。あなたは何を仰ってられるのですか? ロボットアニメの世界じゃあるまいし、あんなもんに俺が乗れるわけねえだろう。
「大丈夫、あなたは優秀なパイロット。心配する必要はない」
 こいつはいつまでも冷静な奴だ。しかし俺は、
「ば、馬鹿言うなよ。あんな悪魔に乗れるものか」と、思わず声を荒げてしまった。
「シンジくん、そんなことを言わずにとにかく一度乗ってみて」いつの間にかミサトが俺の側に来ていた。
 冗談じゃない、何で俺があんな物に乗らなきゃならんのだ。そう文句を呟く俺の背中を、ミサトという女は無理矢理押して、人造人間という悪魔のところへ連れて行こうとする。
 強引に格納庫に連れて来られ、俺は嫌々ブリッジの上からエヴァンゲリオン初号機と対面した。
「人の創り出した究極の汎用人型決戦兵器、人造人間エヴァンゲリオン。これはその初号機よ」ミサトが指差して俺に説明した。
 極彩色の巨大な頭部が俺を睨んでいるようだ。やっぱりこれは悪魔だ。下を向くとグレーチングの隙間から遙か下が見える。こいつどれだけの大きさがあるんだ? 桁外れのサイズに目眩いがしてきた。
「冬月先生、後を頼みます」総司令室のゲンドウがそう言い残すと、リフトに乗って下の司令室へ降りていった。
「三年振りの対面か・・・・・・」冬月は呟き、溜息を一つ落とした。

 ゲンドウは保管庫を見下ろす縁からシンジ達を見下ろしていた。この三年で息子は随分背が伸びたものだ。育ち盛りな年頃だから、外観が変化することは止むを得ない。それでも息子の成長にゲンドウが一抹の寂しさを感じたのは確かだった。
「シンジ、早くエヴァに乗れ」
 頭上からゲンドウの声が響いた。皆が振り向き、彼を見上げた。後光のように射す部屋からの光を背に受け、すっと立つゲンドウがそこにいた。
 また変な奴が現れたぞ。こいつらとはもう付き合いきれん。俺は顔を顰めた。
「時間がない、早く乗れ」酷い命令口調だった。俺には見知らぬ奴からこんな指図を受ける筋合いはない。こいつ何様だと思っているんだ。急にむかついきた。
「乗る気がないのなら、帰れ!」髭面の変人オヤジが俺を罵った。
「え、帰っていいの?」無理矢理乗せられると思っていたが、意外にも帰っていいらしい。良かった、助かったぞ。俺は胸を撫で下ろした。
「碇司令、彼は過去の彼ではないのですよ」ミサトがゲンドウを宥めようとする。
「そんなことは関係ない。エヴァに乗らない奴はここには必要ない」ゲンドウは厳しく言い切った。
 やれやれ他人に何て言い草だ。ここの連中は偉そうで口の利き方を知らない連中ばかりだ。俺は溜息を落とすと辺りを見渡し、出口と思われる扉へ向かって歩き出そうとした。
「駄目よ。シンジくん」ミサトが俺の手を取り制止した。
 おい、おい、何で止めるんだよ?
「でもあのおっさんが帰って良いって言いましたよ」
 ミサトは俺の耳元に口を寄せて小声で「あの人はちょっと変わった人なのよ」と、言うと、今度はおっさんの方を見上げて「司令、彼以外にエヴァを動かせるパイロットはいないのですよ」と、説得を試みた。
 ミサトの言葉にエヴァンゲリオン初号機がダミープラグを拒否して起動出来ていないことをゲンドウは思い出した。不本意だが仕方ない、シンジを乗せるしかないか。
「シンジ戻って、一度だけ起動させてみろ。嫌なら帰れ」
 はっきりしないおっさんの態度に俺は遂に切れた。「おい、おっさん、はっきりしろよ!」と、思わず怒鳴ってしまった。
 彼の言葉に皆が驚愕して固まった。ここで絶対君主のゲンドウを罵る者などいない。顔面蒼白となってシンジを遠巻きにすると、怯えた顔で見つめた。
 ”お、おっさん・・・・・・?”その言葉にゲンドウは面食らった。あの気弱で気難しい息子がまるで別人になっている。DNA鑑定でもしない限り、どう見ても他人に思える。本当にこいつはシンジなのか? ゲンドウは猜疑的な気分になった。
「おい、俺にこれに乗ってもらいたいなら、乗って下さいって頼めよ。お前いい歳して人にお願いも出来ないのか」俺は後輩に説教でもするようにおっさんに言い放った。
「何! お、お前親に向かって何て口の利き方をするんだ!」余りの言い草にゲンドウは顔を真っ赤にして怒り出した。幾ら記憶を消されているとはいえ、何という口の利き方だ。人としてなっていない。
「何であんたが親なんだ。お前なんか俺は知らん。馬鹿言ってんじゃねえ」
 二人の諍いを聞いていた冬月は堪らず頭を抱え込んで机に伏っした。
「やれやれ、人の性格というのは環境で大きく変わるようだな。碇も息子がここまで別人になるとは思いもしなかったろう」冬月の大きな溜息が部屋に洩れた。
「さあ、俺は帰らせてもらうよ」俺はおっさんに背を向けて出口へと歩き出した。
 マズイ、ここでシンジを帰してしまっては、誰がエヴァに乗るんだ。冷静に考えると、確かに今はあいつに乗ってもらう必要がある。
「待て、シンジ」ゲンドウはシンジの背中に声を掛けた。
 何だよ、まだ何か用があるのか? 俺は足を止めておっさんを見上げた。
「・・・・・・悪いが、エヴァに乗ってもらえないか」ゲンドウは悔しさを顔に滲ませ、声を震わせてシンジに頼んだ。
 おっさん、その気になればお前もやれるじゃないか。ちょっと感心したが、でも俺には関係ないことだ。俺は再び前を向くと歩き出した。
「シンジ、待ってくれ・・・・・・」
 おっさんの悲壮な声が耳に入ったが、俺の知ったことじゃない。妙なことにはこれ以上首を突っ込まない方が良い。とっとと帰るのが正解というもんだろ。
 俺は長門に連れて来られた動線を遡り、ここから出ようとした。有り難いことに道順は複雑でなく、帰ることは簡単に思えた。
 司令部の中を通り、皆さんに会釈をしながら出入口のドアを開ける。簡単に開くと思ったらロックが掛かっていた。何だそりゃあ! 落ち着いてどうするか考え、セキュリティカードがあったことを思い出した。ポケットからカードを取り出して溝に通す。ピッという音と共に司令部の分厚いドアが解錠された。
 さて、これでここの皆様ともさようならだ。俺はにこやかに微笑みながらドアを開けて、控えめに手を振ると司令部を出た。後はこのまま通路へ出て、来た道を戻るだけだ。
「シンジくん戻りなさい!」
 後ろで怒声が聞こえた。振り向くと鬼神の如く怒った表情のミサトが突っ立っている。やべえ、怒っているよ、この人・・・・・・。しかし何で俺が叱られなければならんのだ? 俺が立ち止まっていると、ミサトは怖い顔をして近づいてくる。これは困ったぞ、俺は弱り切って目を伏せた。
「どこへ行くつもりなの。すぐに戻りなさい!」命令口調でミサトが怒鳴りつける。
 おい、おい、止めてくれよ。もうややこしいことはご免なんだ。
「すみませんが、ここで起こっていることは俺には関係のないことですので・・・・・・」言い難かったが、俺は本心を言った。
「何を馬鹿なことを言っているのよ。碇司令も怒ってられるわ。早く戻って謝りなさい」
 俺にはこの女の言うことが全然理解出来ない。何故俺があの変人おっさんに謝る必要があるんだ。考えるだけで腹が立つ。俺が憤慨していると、司令部のドアを開けて白衣を着たリツコが出てきた。
「ミサト、シンジくんには過去の記憶がないのよ。今の彼は別人なの、エヴァに乗ることを強要することは出来ないわ」
 リツコという女は冷たい感じはするが頭が良く、ミサトというこの自己中女とは違い、物判りも良さそうだ。
「リツコ、あなたまでそんな無責任なことを言って」
「仕方がないわ。彼は昔のシンジくんじゃないのよ」
「じゃ、元に戻してあげて」
「馬鹿なことを言わないの、戻せるわけないでしょう」
「あなたが消したんでしょう。何とかしなさいよ!」ミサトがリツコに喰って掛かった。
 俺の目の前でまた二人の女が言い合っている。こういう場合どうしたものか? 何しろ原因は俺のことらしいから下手に口を出すのは憚れる。治まるのを待っているのが良いのか? それとも気付かれないように逃げ出した方が良いのか? 俺が思案しかねていると、リツコが「シンジくん、出て行くか、残るかは自分で決めなさい」と、実に嬉しいお言葉を掛けてくれた。本当にこのリツコという女は物事が良く分かっている。
 今の俺の選択は一つしかない。”SAY GOODBY”これでこの麗しい世界とおさらばだ。
 帰りの道を追いかけてくる者はもう誰もいなかった。俺は悠々と通路を歩き、地上まで延々と連なる長距離エスカレーターの前までやって来た。エスカレーターの前を横切ると、エスカレーターが自然に動き始めた。俺は手摺を片手で握ると、上昇するエスカレーターに身を任せた。このままこれに乗っているだけで地上に到着する。楽なものだ。
 エスカレーターに乗りながら俺はふと考えた。このまま地上へ出てどこへ行けば良い? 長門が落ちてきた綾波とかいう表札の掛かったマンションへ行けばいいのか? でもそれからどうすれば良い? 俺がいた世界へはどうやって戻れば良い? それに気付いた時、頭の中が混乱した。俺はどうやってもこの世界から出ることが出来ないんだ。しかし今更戻ることは出来ない。この天まで続くエレベーターに乗り、地上へ出るしかない。
 不安になった俺を乗せたエスカレーターは終点に到着した。目の前のドアを解錠してこの施設を出れば俺は自由だ。でもこの外に安楽な世界があるとは到底思えない。ここは神人が暴れ回っているような場所で、俺は好んでその世界へ今まさに飛び出そうとしている。
 一瞬迷った。でも俺は決意して、セキュリティカードを通してドアの施錠を解除した。自動でドアが開くと、そこには信じられない風景があった。ここへ来る時通ってきたビル群は何一つなく、視野には灰色の空だけが広がっていた。
 音が聞こえない、動く物が何もない。不気味な程の静寂だ。道路に漂う砂塵が風に舞い上がり、人の気配が全然しない。
 俺は外へ出てみた。街の中はどこも瓦礫の山で、コンクリートの粉で真っ白に染まっている。まるで第二次世界大戦で空襲を受けたヨーロッパの都市のようで、街その物が完全に破壊されている。俺は目の前の状況を信じることが出来なかった。これは現実じゃない、悪夢だと自分に言い聞かせた。
 残骸の下に何かがある。凝視して何かが分かった時、俺は震撼し飛び退いた。コンクリート粉にまみれた物体、それは人間の死体だった。気が付かなかったが、良く見ると真っ白な粉の下には累々とした血まみれの死体が転がっている。生まれてから一度も死体を見たこともない俺は、恐怖とショックで全身に震えがきた。
 どうしてこんなことに・・・・・・。俺はその場に立ち尽くしてしばらく動くことが出来なかった。視界に入った死体は、まだ幼い子供だ。俺の瞳から自然と涙が溢れた。止めどなく涙が流れ、俺は膝を付いて嗚咽を上げて泣いた。
 ここでは俺の住んでいた平穏な世界では考えられない惨状が日常になっている。俺達日本人は知らないが、イラクやイラン、アフガニスタン等の紛争地では、これと同じ惨状が今日も続いているのかも知れない。
 見れば見るほど凄惨な状況だ。死体は瓦礫に押し潰された物がほとんどで、腕や足がもげ、腑が飛び出したり、頭蓋が砕けて脳髄が飛び散っている物まである。余りのむごたらしさに思わず吐き気を催す。ここは地獄だ。俺は目を伏せて駆け出した。走っても走っても悲惨な風景は変わらない。もう何も見たくない、俺は必死に走った。
「おい、お前どこへ行く!」
 突然誰かに呼び止められた。停止しようとして踏ん張った足がコンクリート片で滑る。足を止めて声の方を振り向くと、砂煙の先に黒っぽい服を着た男が立っていた。俺の方に男は近づいてくる。黒ぽっく見えた服は自衛隊のような迷彩服で、胸にULという刺繍がしてある。手に無骨な自動小銃を構えて、睨みを利かす。
「こんなところで何をしている?」兵士は不審な表情をし、冷たい銃口が俺の顔を真っ直ぐに狙っている。心臓の鼓動が高鳴り、思わず生唾を飲み込む。
 頼む、俺は怪しい者じゃない。信じてくれ。ただ逃げているだけだ。
「シェルターへ行かなきゃ駄目だろ」兵士が言った。
「シェルター?」
「逃げ遅れたのか?」
 俺はただ頷いた。その瞬間銃口が下げられ、兵士の強張った顔が温和になった。
「早く避難しないと次の攻撃でやられるぞ」
「次の攻撃?」
「俺がシェルターの入口まで連れて行ってやる」
 俺が妙な顔をしていたので、兵士は親切にもシェルターまで案内してくれることになった。兵士は良く見ると、まだ若く新米兵に思える。
「こちらだ」そう言うと、兵士は銃を肩に掛けて駆け出した。俺もその背中を追いかけて走り出した。兵士の装備品が彼が足を出す度にドスドスと低い音を立てる。良くこんな重装備で走れるもんだ。
「お前、家族は?」兵士が訊いた。
「いえ俺だけです」
「亡くなったのか?」
「いえ、最初から俺だけです」
「お前はよそから来たのか」
 続けざまに兵士が質問を浴びせる。面倒なので適当に返事をしておいた。こいつどこまで走るつもりだ? もう1キロ近く走っているぞ。俺は既に息が上がっている。でも助かったことに俺の目は兵士の背中を見ているので、凄惨な状況に視線を向けなくて済んだ。
 兵士の肩越しに地下鉄の入口のような建物が見えてきた。これがシェルターの入口なのか? 俺が考える間もなく、その前で兵士は足を止めた。天井は崩れ落ちているが、階段を下ったところにある装甲扉は無事なようだ。
「ロックを外す、手伝ってくれ」
 言われるままに鉄扉の真ん中に取り付けられているレバーを二人で力一杯押し下げる。ガチッという大きな音がしてロックが外れた。床に落ちているコンクリート片を足で端へ寄せて思い切りドアを押すと、ゆっくりと口を開き始めた。重い、何て分厚いドアだ、20センチはあるぞ。
「N2地雷にも耐えられるドアだ」
 人が一人通れるだけドアを開けて、兵士は俺を中に入るように促した。
「あなたは?」
「俺は任務がある。お前だけ行け。この通路の奥の階段を下っていけばジオフロントのシェルターがある。そこへ入ってろ」
「はい・・・・・・」
 俺が力なく返事をすると、兵士は扉を閉じた。鉄の軋む音と、ロックの掛かる鈍い音が響く。兵士が最後に見せた微笑が脳裏に焼き付く。彼は神人の攻撃から逃れられるのだろうか? あんな機銃などなんの力にもならない。まさに自殺行為だ。それが分かっているはずなのに、彼は任務を遂行しようとしている。何という強い精神力だろうか。
 俺は後ろ髪を引かれる思いで振り向き、シェルターへの道を急ぐ。コンクリート剥き出しの地下道を、数メートルおきに天井に設置された蛍光灯の薄暗い明かりが照らしている。その中を俺は直走る。突き当たりに階段があった。上から覗くと遙か下まで階段は続いている。
 これを下るようだ。高層ビルの非常階段のような鉄板剥き出しの階段を、俺は早足に降りた。深い。下っても、下っても、地面が見えてこない。五分も降りるとさすがに足が動かなくなってくる。手摺に身体を預けて激しく呼吸をし、体力が回復してくると再び階段を下った。
 地上から100メートルは降りただろう。でもまだまだ下がある。これ以上降りることは体力的にもう不可能だ。踊り場に座り込んで、顔を上げると目の前に鉄扉が見えた。手を掛けてノブを回して扉を開けてみる。
 人のざわめきが聞こえる。こんなところに人がいるのか? 俺は声の方へ向けて歩いていくことにした。混み入った通路を歩いていくと、角を曲がった先に地下鉄のようなホームが見えてきた。そこで大勢の人々が列を作って並んでいる。何を待っているのかと思ったら、上からモノレールの様な車両が降りてきた。車両は二両編成で、下にガイドの付いたレールがある。そこに歯車をはめ込んで上昇下降をするらしい。
 モノレールが停止して、我先にと慌てる人々が乗り込んでいく。あっという間に車両が満杯になる。乗り込めない人を無理矢理引きずり落として、モノレールは発進していく。仕方なく俺も列に並んだ。
 俺の隣には身体を震わせている老人がいる。小さな子供を抱きかかえ、片手でもう一人の子供の手を握る若い母親がいる。前の人も、左右の人も、ここにいる全員が不安を顔一杯に浮かべていた。
 数分おきに到着する車両は、この上から降りて来る人でいつも満員だ。このホームの人達は僅かな隙間に無理矢理身体をねじ込んで、車両に乗り込む。俺も十本以上の車両をやり過ごして、やっと乗ることが出来た。
 殺人的な混み様。都心の通勤、通学時の地下鉄でもここまでは混むまい。身体がペッシャンコになりそうだ。小さな子供の泣き声が聞こえる。「もうすぐだから」と宥める母親の声がする。それ以外は誰もが押し黙ったまま、じっとしている。
 実際モノレールはすぐに到着した。どこか分からないが、全員降りたところをみると、ここが終着駅のようだ。俺は乗客の人並みに付いていくことにした。この人達に付いていけば、シェルターに辿り着けるに違いない。
 通路は俺が入ってきた場所よりずっと広く、天井の照明も増えて明るい。通路を真っ直ぐに進むと、両側に体育館程もある広い空間が広がり、そこに痛心な面持ちをした無数の老若男女の姿があった。一体どこから集まったのかと思える程の避難民が肩を寄せ合って、ひしめきあっている。
 俺は部屋の隅に座ることにした。隣には手を取り合った老夫妻が俺を見て無理に笑顔を作っている。俺は会釈をすると、膝を抱えて腰を下ろした。これだけの多くの人がいるのに整然とし、皆無口で静かだ。逆にそれが不気味に感じられる。

 ここに座って一時間程が経過した。一体いつになったら解放されるのだろう? トイレに行きたくなったが、この世界の人も同じように排泄をするのか? それ以前にトイレという場所が存在するのか? 良く分からないが、それらしい物を探すしかない。
 俺は立ち上がって通路へ出た。向かいの空間を覗くと、俺のいた部屋よりも若者が多い。制服のような物を着ているところを見ると、学校単位でここへ避難しているようだ。
 通路を奥へ進んでいくと、目指すトイレはすぐに発見出来た。信じられないことにトイレの男女別マークも同じだ。ドアを開けて更に驚いた。小便器の形も同じだし、大便器は個室になっている。この世界は何から何まで俺のいた世界と酷似している。
「おい、お前碇か?」
 声の方を振り向くと、二つ先で用を足していた男が俺の方を熟視している。目が合ってしまったが、俺はこんな奴を知らない。それにこんな場所で会話はし難い。
「俺だ、鈴原トウジだ」
 男がそう名乗ったが、そんな名前に心当たりはない。
「間違いない。碇、何故俺を避ける!」
 男は声を荒げてきた。大体この世界に来たばかりの俺が言いがかりを付けられるようなことをしているはずがない。こいつは一体何者なんだ? 良く見るとこの男は俺と同じ位の年齢だ。それに気の毒なことに左足が無く松葉杖をついている。
「これが気になるか?」男は尋ねた。
 俺が無視をしていると。
「気にするな。お前が悪い訳じゃない。お前は任務を遂行しただけだ。エヴァの暴走は誰にも予期出来なかったことなんだ」
 俺にはさっぱり分からないことを一方的に捲し立てる。面倒なことになりそうなので、俺は先にトイレを出ることにした。
「おい碇。何故俺を無視する。友達だろう」
 以外な言葉が俺の背中に届いた。”友達”それってどういうことだ? 振り向いた俺の顔を男はじっと見ている。男は松葉杖をついて更に近づき、俺の目を覗き込んだ。
「皆もいるぞ。会ってやってくれ」妙に優しい口調だった。
 何かさっぱり分からないが、俺は警戒心を解き、鈴原というこの男の後に付いていくことにした。皆の意味も気になったしな。
 俺が連れて行かれたのはさっき座っていた部屋の向かいだった。そこは俺と同じ年代の若者が多く、部屋に入ると皆が俺を注視しているのが分かる。それは敵視するのとは違う視線で、さっきの司令部で受けた視線と同じ類の物だ。
「おい碇が帰ってきたぞ」鈴原が皆に向かって大声を発した。
 俺を見る者は皆、不安な表情の中でも必死に笑顔を作ろうとしている。でも何なんだこの重苦しさは・・・・・・。
「碇、良く戻ってきてくれたな」
 丸い眼鏡を掛けた童顔な男が側に来て言った。親しく話し掛けられても、お前のことを俺は知らん。
「相田ケンスケだよ」
 名乗られても同じことだ。やはり俺はお前を知らない。それにこいつは何故かビデオカメラを手にしている。記録係か何かか?
「碇、エヴァに乗って戦ってくれるんだろう」相田という男はそう言うと、目を輝かせた。
 だから俺はそんな物に乗ったことなどないんだ。戦えるわけがないだろう。でもどいつもこいつも碇、碇だ。この世界で碇という奴は格闘家かなんかで、相当の人気者だったんだろう。でも俺は違う、人違いだ。それが俺にとって迷惑極まりないことを、こいつらは分かっているか? 馬鹿げた期待などしないでくれ。
「碇、お前だけが頼りなんだ」
 やっぱりこいつら分かっちゃいねえ。
「碇、エヴァに乗ってくれ。そして俺達を助けてくれ」
 眼鏡の奥の縋るような瞳が痛い。ふと辺りを見渡すと、この部屋の住人が皆立ち上がり、俺の方をじっと見つめている。この状況を打破してもらえるという願望の混じった、まるで救世主でも見るような熱い視線だ。
 俺は背筋に悪寒が走り、恐ろしくなってきた。過度な期待をされても困る。第一俺は碇シンジとかいう男じゃないんだ。エヴァなんて物に乗れるわけないだろう。分かってくれよ。
 祈るような気持ちで伝えても、それを信じる者は誰もいない。それどころか俺を凝視する熱い目はどんどん近づいてくる。心臓の鼓動が益々高鳴り、額に汗が滲むのが分かる。俺は少しずつ後ずさりした。
 耐えられない、耐えることが出来ない。こんな期待の眼差しに耐えられるわけがない。
「うわ!」
 俺は無意識に声を上げていた。そして彼等に背を向けて思わず駆け出した。ここから逃げ出したい。彼等のいないところへ行き、そのまま消えてしまいたい。通路まで一気呵成に走り、シェルターへ向かう人の群れを掻き分けてホームに駆け込む。人が降車して空になった車両に飛び込むと、ドアが締まって車両が上昇していく。俺は車両の床に膝と両手を付いてへたり込んだ。
 俺はそのまま激しく呼吸をした。呼吸が落ち着いてくると頭の中を様々な思いが巡る。長門のマンションの風呂場からどういう魔法を使ったかは知らないが、この世界へ送り込まれてから全てが滅茶苦茶だ。以前ハルヒに言うことを聞かないと、異世界へ吹っ飛ばすと脅されたが、まさか長門の手で吹っ飛ばされるとは思いもしなかった。
 どうしてこんな騒ぎに巻き込まれてしまったんだ? 俺が碇シンジだと。何故そんな奴と間違わられなければならないんだ? どこでおかしくなってしまったんだ? 俺はもう一度皆のいる元の世界へ戻りたい。でもどうすれば良いんだ? どうしても答えを見つけることが出来ない。
「君、シェルターから出ちゃ駄目じゃないか」
 声の方を振り向くと、駅員の制服を着た男が立っていた。
「次の駅で止まるから、そこでシェルターへ戻る車両に乗り換えなさい」
 俺は次の駅に停車した車両から、無理矢理降ろされた。ホームで下りの車両を待つ人が皆変人でも見る目付きで俺を見ている。その視線を避けるように俺は奥の方へと移動した。列の後ろに並ぶと、ここが最初に辿り着いたホームであることに気が付いた。ということはホーム端のドアを開けて、非常通路から階段を使えば、地上に戻れることになる。
 俺はすぐにホームを端まで走って非常口の標識のあるドアを開けた。俺が入ったのはここだ! 間違いない。通路から階段に通じるドアを開けて上を見る。遙か上まで非常階段が続いていて、ぞっとする。でも登ってやる。俺はここから逃げ出すんだ。
 下りでも膝をガクガクいわせていた地下100メートルの階段を逆に登るというのは、自殺行為にも等しい。半分も登ると心臓が破裂しそうな程鼓動を刻み、もう足がパンパンに張っている。それでも登りきるしか方法はない。気力を奮い立たせ、俺はこの階段を登りきって再び元の世界へ帰還するのだ。
 どれだけ時間が掛かったのか分からない。全身が汗だくになり、俺は疲労困憊になりながら、遂に頂上へ到達した。まるでアイガー北壁を制覇した登山家のような気分がする。それはちょっと大袈裟か・・・・・・。
 両手で装甲扉のロックを握りしめ、全力を込めて押し下げる。ガンという鈍い音がした。確か外側からこのドアを開けた時には、もっと甲高い音がしたはずだが・・・・・・。嫌な予感がしたが、ドアを思い切り引っ張った。分厚いドアの隙間からコンクリートの破片が大量にドア内に侵入してくる。ロックを外す音が鈍かったのは、外に瓦礫が積もっていたからだ。
 ドアの向こうに堆く積もった瓦礫の山を四つん這いになりながら登って外へ出ると辺りを見渡した。灰色の世界がどこまでも広がり、建物が何一つ無かった。この様子では俺が目指そうとしていた綾波のマンションは、綺麗さっぱりと消え去っているだろう。
 俺は意気消沈して、瓦礫の頂上にヘナヘナと座り込んだ。あの部屋が無くってしまった今、俺はこの世界から逃げ出す術を完全に失ってしまった。絶望感に打ちひしがれて俯いていたので、とんでもない物が目の前に迫っていたのに全然気が付かなかった。
 異様な気配に顔を上げると、俺は腰を抜かしそうになった。目の前に巨大な神人が仁王立ちし、俺を睨み付けているではないか。こんなに間近で神人を見たことはない。この青白い怪物はまるで聳え立つ高層ビルだ。多分奴に俺の姿は蟻のような大きさにしか見えていないだろう。もっとも奴に眼球があればの話だが・・・・・・。
 神人は巨大な身体から右腕を大きく持ち上げて俺に向かって振り下ろした。こんな巨腕に殴られたら俺の身体など一瞬で粉々に砕かれるだろう。でも痛みを感じる間もなく死を迎えられることがせめてもの幸いだ。俺は覚悟して目を閉じた。
 ガンッという鈍い音が響いた。勿論その音は神人の右腕から発せられた音だ。しかし俺は何の感触も得ていない。恐る恐る目を開けてみると、驚きの光景が飛び込んできた。俺に目掛けて振り下ろされた神人の巨大な拳を、緑と青色の人造人間が両手で受け止め支えている。これはエヴァンゲリオンだ。
 エヴァンゲリオンもかなり巨大だが、それでも神人の腕の大きさほどしかない。拳を受け止めるのには相当の力を要しているに違いなく、その証拠に全身が子犬のようにブルブルと震えている。
『早くここから逃げて』
 エヴァンゲリオンの中から声が響いてきた。これは長門の声だ。ということは乗っているのはあいつなのか・・・・・・。俺はまた長門に救われた。
『早く・・・・・・』
 苦しみ耐える長門の声を聞いて俺は立ち上がり、瓦礫を下って急いで走り始めた。恐ろしくて上を見られない。今はただ前に向かって必死に逃げるしかない。後方で地鳴りが響く、何かが倒れる音、神人? それとも長門の乗ったエヴァンゲリオンなのか? 何が起こったのか気になっても俺は振り向けない。長門が神人を倒した音だと信じて俺は走り続けた。
 視線の遙か先に赤色のエヴァンゲリオンが神人と戦っているのが見える。あれはアスカとかいう女の乗った方だ。視野の中にうじゃうじゃと蠢く神人がいる。圧倒的な数の神人と、僅か二体のエヴァンゲリオンが戦っている。これじゃとても勝ち目はないのに、二人は必死に戦っている。神人の鉄拳を喰らい、エヴァンゲリオンがぐらりと大きく揺らいだ。
 前方に立ち塞がる神人が一体見える。横を見るともう一体。どれだけ地上を逃げまどっても、いつか神人の餌食になるのは目に見えている。必死に地上へ舞い戻ったのに、やはり地下に潜って時を待つのが最善だったようだ。

「神人が一カ所に集まり始めています」マヤのモニターに神人を表す無数の赤い点が、四方から画面の一点に向けて集合してくる様子が表れている。
「何をしようとしているの?」大型モニターに切り換えられた映像を見てミサトは戸惑っている。
「この地上の位置はジオフロントのどこになるの」リツコが尋ねると、マヤがキーボードを叩いて計算している。
「場所出ました。え?」茫然としてマヤは声を詰まらせ、「ネルフ本部の真上です」と、言って青ざめた。
「あいつはここを直接攻撃しようとしているのよ」リツコは戦慄した。
「でもどうして神人が集合しているの。ジオフロントまでは特殊装甲板が二十四層もあるのよ。破壊出来るわけないわ!」ミサトは自分に自信を持たせるように声を張り上げた。
 無数の神人が一カ所に集まり、ドンドンと大きく足を踏み始めた。全ての神人の足がシンクロしたように、リズミカルに足を踏み鳴らしている。その度に凄まじい揺れが地上を襲う。揺れはドンドン大きくなり、上部を破壊されたビルが次々と倒壊していく。マグネチュードで測ると一体どの位の揺れになるのだろうか? 
 シェルターに向かうモノレール車両が振動に耐えかねてレールから外れ、猛スピードで下へ向けて転がり落ちていく。ホームが崩れて、人々が瓦礫と共に深い地下へ落ちていく。シェルターの中も壁が崩れ落ち、その破片が避難民の上に降り注ぐ、悲鳴を上げて逃げまどう人、人、人・・・・・・。
 ネルフ本部内も巨大な揺れに誰もが立っていることが出来ない。皆が机の下に潜り込んで床に伏せている。
「共振させているのよ」リツコが言った。
「アブソーバーを全開にして、揺れに耐えろ」ゲンドウが指示を出した。
 共振を発生させた神人の力は凄まじく、遂に地面が割れ出した。一度砕けた地面は大きな割れ目を作り出して、大轟音と共に二十四層の特殊装甲板を全て破壊した。
 地面の割れた隙間から次々と神人がジオフロント内に落ちてくる。凄まじい数の神人が地下都市の地面に落ちる時の衝撃は凄まじい。ネルフ本部は落ちてくる神人の質量をまともに受け、ピラミッド形の地上施設が粉々に倒壊していく。
 司令部は地下のセントラルドグマの中に設置されているので、地上施設が破壊されてもまだ問題はない。しかし神人が落ちてくる時の凄まじい揺れは司令部を襲い、机の上の物が床に転がり落ちる。司令部の正面モニターには無数の神人が落下してくる様子が映し出されていた。
「もう終わりだわ・・・・・・」マヤは怯えながら必死に机の脚にしがみついた。

 あれだけ地表に大勢いたはずの神人の姿が半減している。俺は助かったのか? と思ったのも束の間、正面から神人がこちらにどんどん近づいてくる。その姿は余りにも大きく、方向を逸らしても視野から離れない。神人が足を進める度に地鳴りのような振動が大きくなる。向かってくる神人に恐れをなして振り返ると、いつの間にか真後ろにも別の神人がいた。俺は完全に二体の間に挟まれた形になってしまった。マズイ、もう逃げ場がない。
 ちくしょう、ここまでなのか。いつぞのトチ狂った朝倉涼子に追いつめられた時と同じような恐怖感が蘇る。俺はどれだけ死の恐怖と向き合えばいいんだ。でもきっとこれが最後だろう。
 二体の神人は俺を中心にして互いの距離を縮めてくる。距離が狭まると益々地面の震動が大きくなった。そして巨大な高層ビルが覆い被さるように俺の頭上の空を埋めた。
 ああこれで終わりだな・・・・・・。そう思った瞬間、突然俺の下の地面が割れた。何が起きたのか分からない。多分二体の神人の重さに耐えかねて、地面の下に空洞があった場所が崩れたのだろう。そうとしか思えない。
 俺の身体はその大きな空間に向けて落ちていく。神人に潰されようが、空洞に落下しようが、死ぬことに変わりはない。
 さようなら・・・・・・。それが最後の思考だった。そして空洞の暗闇に吸い込まれると共に俺の意識は消失した。