『初めて出会った時のことを、覚えていますか?』 『はい』 「 冒険の始まり 」 冒険のはじまりにふさわしい、まだ夏の日差しを残した初秋の、すがすがしい朝。 準備してあった荷物を載せて両親に車で送ってもらうと、出発の1時間以上前にキングズ・クロス駅に到着した。 そのまま車を止めて、入った駅前の小さなティーショップで、温かい紅茶とスコーンをかじり何とはないことをとりとめなく喋りながら、しばらくの別れの寂しさと、もうすぐ踏み出す新しい世界に大きく胸を膨らませた。 「気をつけてな」 「いってらっしゃい、がんばるのよ」 「分かってるって」 「ああ、それと…」 「『いたずらは、ほどほどに』でしょ?」 「…分かってるなら、努力なさいね」 「いつだって、努力してるって」 「それが成果に結びついてないのよ」 「そうかな?」 苦笑する両親に背伸びをしてちゅ、と頬にキスをして、男らしく別れを告げた。 やっぱりホームまで送るとまた言い始めた両親の言葉を、きっぱりすっぱり断って、荷物を全て載せてもらったカートを力いっぱい前に押し出す。 「持っていけるのか?」 「へっちゃらだって」 「そう…」 「じゃあね」 「ああ」 「ええ」 ふわりと笑う両親に、びしっと親指を立てて片目をつぶる。 「行ってきます」 『いってらっしゃい』 そうしてくるりときすびを返して、はるか遠い目的の9/10番線までごろごろとカートを押しながら歩き始めた。 待ちに待った11歳の夏の終わり。 晴れてホグワーツ魔法魔術学校からの入学許可証が届く年を迎えた僕は、すぐさまフルーパウダーを使ってダイアゴン横丁に向かい、同封されていた持ち物リストの全てを買い揃え、指折り数えながら今日という日を待ち続けた。 それまで通い続けたスクールでもそこそこの…いや、謙遜はいけない、大変良い成績であったし、運動神経だって抜群だった。 そんな頭もとてもよろしいいっぱしの11歳が、両親に連れられて冒険を始めるなんて、どう考えたってあんまりだろう。 けれども現実に重過ぎるカートを力いっぱい押し、見送りを断った自分を少し後悔しながらやっと目的のホームに到着をした。 手に持ったチケットを、もう一度確認する。 「キングズ・クロス駅 11時 9 3/4ホーム発 ホグワーツ行き特急電車」 いよいよ始まる冒険の旅に胸をどきどきさせながら、憎たらしいほど重たいカートを再び押して、ホームの「9」と「10」の改札口の間に向かって歩き出す。 一度止めてしまったので、なかなか動かないカートを足をふんばってぐううっと力いっぱい押し出して、やっと動き出したカートのもち手に手をかけなおして顔を上げた視線の端、壁の前にぽつんと立った人影を捉えてくるりと振り向いた。 大きな茶色の鞄を脇において、手に持っているチケットとホームの案内板を何度も交互に見ながら眉をひそめている長い髪の女の子。 「あの…」 「ん、もうっっ……」 「きゃあっ」「うわっ」 カートの車輪をロックして、後ろからそっと近づいて声をかけたと同時、俯いていた顔を思い立ったようにぐいっと上げて、そのまま鞄をひっつかんで回れ右されて、真正面からどしんとぶつかった。 「っとと。大丈夫」 重そうな鞄ごとそのままこてんと後ろに倒れてしまった少女に慌てて手を伸ばして助け起こすと、もううんざりといった感じ、いらいらとしながら立ち上がった。 はああっと肺の中の空気を全部吐き出したんじゃないかと思うほど大きなため息をつくと、さっきまでの不機嫌を放り出すように勢いよく顔を上げ、にっこり笑って視線をあわせてきた。 「ありがとう。ごめんなさい、ぶつかっちゃって」 「こっちこそ。考えごとしてるって分かってたんだから、横か正面かから声をかければよかったんだし」 「横から声をかけられるのは分かるけど、突然真正面からのぞき込まれたらやっぱりびっくりするわよ」 「そうかな?じゃあ、壁の中から顔を出せばオッケーだったかな?」 「そんなの、もっと驚くわよ」 冗談めかしてにやりと笑いかけると、クスクスとおかしそうに笑う。 ハズレかな? どうやら普通のマグルの娘らしい。 「迷ってたみたいだから、声をかけたんだけど。この駅は初めて?」 「いいえ、うちはここから5駅南に行ったところだから」 「なんだ、じゃあ初めてなのは僕の方か」 「貴方、初めて来たのに案内しようとしてたの?」 「ま、ね。案内板くらいは読めるし」 呆れて目を丸くした女の子に、ちょっと首をかしげながら片目をつぶって合図する。 「いやね、私だって読めるわよ」 「じゃあ、初めてじゃない見知った駅のホームで、恐ろしく簡単に読める看板を前に、何を悩んでたのさ?」 「それは……」 手に持ったチケットをぎゅっと握り締めながら、視線を左右に振ってどうしようかと言いよどむ。 「……ちょっと、確認したかっただけよ。初めて行く場所で、その電車にも初めて乗るの」 「ふうん」 小首をかしげてうろんげに見つめ返してくる顔に、納得いかないなとあからさまに顔に出すと、更に困ったような顔をして苦笑する。 「もう、行くわ。もうそろそろ出発の時刻だし。ぶつかってごめんなさいね、じゃあ」 誤魔化すように手を振りながら、地面に転がしたままの皮の鞄を手に持ち直して、長い髪をかきあげてくるりときすびを返す。 「行き先は分かったの?」 「ええ、大体ね。じゃあ」 慌てて立ち去ろうとする背中に、かしかしと眉間を掻きながら一瞬考え、声をかける。 「9 3/4ホームは、そっちじゃないぜ」 「えっ?!」 びっくりして目を丸くさせながら振り返った少女に、鮮やかににっこりと笑う。 訂正。 どうやら当たりらしい。 初めに出会ったのがこんな可愛い女の子だなんて、なんてイカした冒険の始まりなんだろう。 「ねえ、何て言ったの、今?」 「その手の中のチケットに書かれた番号だよ、多分ね」 「だから、何て---」 「9 3/4ホーム。 偉大なる大魔法使い アルバス・ダンブルドア校長がおわす、素晴らしき学び家 ホグワーツ魔法魔術学校への直行便が出るホームナンバーさ」 「じゃあ、貴方も…」 「まあね」 驚きにきらきらと輝かせた明るいエメラルドグリーンの瞳に、親指で自分を指差しながらえへんと胸を張る。 「君と同じ、新入生さ」 「…素敵っ!!」 「わあっ!」 両手を広げて勢いよくがばっと抱きついてきた小柄な身体に、数歩よろめきながらもなんとかしっかり受け止めた。 「ああ、なんて素敵なの!感激だわっ!」 「そう?」 「『そう?』なんてもんじゃないわ!初めて同じ仲間に出会ったのよ! ああ、すっごく嬉しい!」 「……それは、それは」 「ああっ、ごめんなさいね!」 おでこにあごがくっつきそうなくらい、間近から見上げてきた顔がぱっと離れて、照れくさそうに笑う。 「初めまして、私、リリー。よろしくね、私と同じ魔法使いのたまごさん」 「…ジェームス・ポッターだ。こちらこそ」 目の前に差し出された白くて案外大きな手に自分の手を伸ばすと、明るい緑の瞳を更に輝かせて、嬉しそうに両手でぎゅうぎゅう握り締めてくる。 どうやらマグルの中に生まれた魔法使いらしい。 感激されたまではよかったけれど、単に初めて出逢った魔法使いだからっていう理由を聞いて、舞いあがった気分がちょっとだけへこんだ。 「もう、どうしていいか分からなかったの。ああ、嬉しいわ。貴方、もしかして天使さま?」 「…黒い帽子と、マント付きだけれどね」 「何だっていいわ。今、私すごく嬉しいの。ああ、きっとこの舞い上がりそうな気持ち、分からないでしょうけれどね」 「そんなことないけど」 「あるわよ。ああ、嬉しい。とっても迷ったけれど、やっぱり自分の選択に間違いなかったわ。 同じ仲間と出逢えるって、なんて素敵なことなの。想像以上だわ」 すっかり舞い上がって今にも軽快なステップを踏んで踊りだしそうな姿を見て、くすりと笑う。 「まあ、喜んでもらえたのは光栄だな」 「勿論!なんて言っても、仲間に、それもクールな男の子に声をかけられて、こんなに幸せなスタートなんてないわ!」 「そうかな?」 さらりと流された、けれども好感触の評価にちょっとだけ気分をよくして、再び地面と仲良しになっている重そうな鞄を持ち上げて、自分のカートの上に載せて、中世の魔法使いのようにうやうやしく頭を下げる。 「じゃ、リリー嬢。僭越ながら初めて出逢った同じ魔法使いのたまごが、ホグワーツ行き特急電車のホームまでご案内いたしましょう」 「……お願いするわ、心優しき未来の魔法使いジェームス」 スカートの裾を摘み上げて、ゆったりと礼を返してきた動作はとても滑らかで上品で、そのノリのよさに頭を上げて顔を見合わせた後、どちらからともなくくすくすと笑い出す。 「荷物はこれだけ?」 「ええ。重いだろうからって、教員の方が帰られるときに他の荷物は一緒に持っていってくれたの。だから、荷物は着替えと制服くらい」 「いいなぁ。僕なんて全部一人で運んでるんだぜ」 「よくないわよ。こんなに迷うなら荷物と一緒に連れてってくれればよかったのに」 「そのまま荷物と一緒に貨物車両でも?」 「そのまま荷物と一緒に貨物車両でも」 うんざりした顔できっぱりと言い切るリリーに、なんだか可笑しくなる。 「知ってる?ホグワーツには制服でないと入れないから、車両の中で着替えるんだぜ?」 「いいわよ、そうしたら貨物車両の中で大人しく着替えるわ。どうせ相席は荷物とねずみくらいでしょ?構いやしないわ」 「まあね。僕はワイシャツだけは着込んできたけど」 ひょいと薄いライトグリーンのサマーニットの首元をひっぱり下ろして、下に着ていた真っ白なシャツを覗かせると、なんだか辛そうな顔をする。 「ぎりぎりまで制服に腕を通さないって、決めてたの。だから私はつま先から頭のてっぺんまで全て今は私服よ」 「面倒じゃない?」 「それはそうだけれど。少なくとも家を出るまでは、今まで通りって決めていたの」 「ふーん」 頑なに言い切った態度を少しいぶかしみながらも、合わさった視線の先、眉をひそめて困ったような顔に免じて、それ以上追求するのをやめる。 マグルの中で生まれた魔法使いは、とてつもなく大切にされるか、そうでないかはっきり分かれるという。 リリーがそのどちらかなんて知らないけれど、一人でこうしてホームで迷っているのは、そのせいかもしれないし、もしかしたら僕と同じように、これから先の覚悟を決めるため独りの旅立ちがしたかっただけかもしれない。 けれども、それがどっちだとしたってあまり関係ない。 目の前のリリーは、ただの同じ魔法使いのたまごの仲間って事だけ知っていれば、それで十分。 肩をすくめて雰囲気を戻しながら、更に重くなったはずのカートをごろりと押して方向転換させる。 「じゃ、行こうか」 「ええ。ねえ、でもどうやって?」 「簡単さ。9番と10番の柵の間に向かってまっすぐ歩いていけばいいのさ」 「…冗談でしょ?」 「ホントだよ」 疑うような視線にけろりとして答えて、先に立ってカートをごろごろ転がしながら歩き出す。 「リリー、行かないのか?」 「…どうやら本気みたいね」 「ホントだって。ねえ、怖いなら走り抜けるかい?」 「……いいえ。遠慮しておくわ。そんな勢いで壁にぶつかったりしたら大変だもの」 「大丈夫だって」 くるりと振り返ると本当に不安そうな顔をしているリリーに気がついて、やりすぎたかな、と少し後悔する。 「大丈夫、嘘なんかじゃないよ」 「…ええ、分かってはいるのよ」 「ねえ、マグ…生活の中でどこか皆と違うって気がついた自分の素質を信じなよ。 魔法は実在するし、精獣や妖精だってホントは存在するんだ。この世は不思議でいっぱいなんだから」 「……そうね」 ひとつ深呼吸して、伏せた瞳と一緒にきっぱりと顔をあげ、意を決したおももちでずんずん歩いてきて横に並ぶ。 「魔法は確かにあるのよ。だから私はホグワーツに行くことを選んだんだから」 「そうそう」 「ちょっとの不思議くらいで驚いてたら、この先やっていけないわ」 「その意気」 「でもねっ!」 ぐりんっと首を向けてきて、びしいっと指をつきつけられ、思わず両手をあげて降参する。 「嘘はやめてね。二度と貴方を信じられなくなるわっ」 「…分かった」 「ねえ、貴方には分からないかもしれないけれど、ホントに私、魔法世界に触れるのは初めてなの。 何も分からないだろうから特別にって来てくださった教員の方と一緒に初めてダイアゴン横丁に行った時だって、そこで初めて逢ったグリンゴッツでゴブリンを見て、自分の杖を買った日は、今日見てきた事が信じられなくて、夢じゃないかって一晩中眠れなかったわ。 この世界、たとえ道端の小石が突然笑い出したとして貴方にとってそれが普通であっても、今の私には心臓が止まるほどびっくりするほどの出来事なのよ」 「うん」 「貴方を信じるわ、初めて出逢った私と同じ、小さな魔法使い。 でも、一度でも右も左も分からない一般人をからかうような嘘をつかれたら、もう二度と貴方を信じられない」 「わかった」 パニックで今にも泣きそうなリリーに向き直って、宥めるようにできるかぎり優しく、そして真剣な瞳を向ける。 「約束するよ、嘘は言わない。そんなふうに、からかったりもしない」 「…ええ、どうかそうして」 「でもさ、」 「何?」 すっかり疲れたような瞳を向けてきたリリーに優しく笑って、ちょっと首をかしげてみせる。 「小石が突然喋ったら、そりゃ僕だって驚くさ。だって、突然声をかけられるんだぜ?」 「……そうね」 おどけた顔で肩をすくめてそう言うと、一瞬何のことか分からなくてあっけにとられたリリーが、次第にクスクスと笑い出す。 「突然、壁から顔が出てきてもね」 「やだな、その時はちゃんと『ハイ!』って片手を上げて挨拶するよ」 「そういう問題じゃないでしょ」 こみ上げてくる笑いを止めようとして両手で口を押さえたけれど、可笑しくてたまらないらしく綺麗な緑の瞳を細めてクスクスと笑う。 「…ごめんなさい、少し気が張ってたみたい」 「しょうがないよ、冒険の始まりなんてみんなそんなもんだよ。君はよくやっている方だ」 「貴方にとっても、冒険なの?」 「勿論。偉大なる大魔法使い誕生の、華麗なる1ページ目だぜ?」 「なるほど」 指で顎をさすりながら得意気ににやりと笑うと、やっぱり可笑しそうに笑いながら長い髪を手で梳いて直し。 「さて、改めて案内をお願いするわ、偉大なる未来の大魔法使いどの」 「了解。じゃ、そっちのカートの端を持って」 「ここでいい?」 「うん。あ、柵にぶつからないように気をつけて」 「分かったわ」 カートを正面に持って並んで押しながら、柵の前で一旦止まると、左右の「9」と「10」の改札口を交互にじっと見つめ、最後にその真ん中、これから僕らが通る見えない通路に視線を向けたリリーが、声をうわずらせながら小さく呟く。 「…うん、なんだか分かるわ」 「ホント?」 「ええ。信じてよ、嘘なんか言わないわ」 「分かってるって、疑ってなんていないよ」 振り返ってきた愛らしい顔にきっぱり答えると、なんだか幸せそうに微笑まれる。 「じゃあ、行こうか」 「ええ、歩いてでいいかしら?やっぱり走るほうが怖いわ」 「かまわないよ。ゆっくり見えない道路を堪能してくれ」 「そうするわ」 にっこりと微笑みあって、どちらからともなく正面に視線を戻す。 「9」の改札口に立つ駅員がちろりとこちらを見るが、すぐに視線を手元に戻す。 そう、ここまで近づいてしまえば僕らの姿はマグル達には見えはしない。 目の前にあるのは、魔法使いだけに分かる冒険の扉。 「じゃあ、行こうか」 「ええ」 |
そうかい、始まりかい…(遠い目) 因みに、6人プラス1人出あわせて、ちょっと正確に整理していないんですが多分10話くらいまで続き、最後に「And After…」でしめる予定。 ポッター夫妻死亡、シリウスはアズガバン行きまでですね。 各ストーリーは大まかに出来上がっており、そのせいもあってChapter1から書いている始末(ばかすぎ) 全て貰ってくれるとMisagoは言ってくれましたが、増殖する可能性は非常に高い(きっぱり) ………終わんないって、絶対。 Misago、はじめだけ勢いよかっただけなの〜、ごめんよ〜(遠吠え) 02.3/20 冬花 |
実はこの創作で一番初めに見せていただいたのがこの部分だったり いや、ジェームズパパが美味しくて見事にやられました(笑) 謎が多いジェームズパパの両親につては今後の展開に注目(笑)ということで でも、ジェームズパパって自分的にも物凄く自分に誇りを持ってるイメージが あるので、冬花さんの描くパパも結構ツボだっり(ぐっ) うふふふふ〜、ええ、増殖した分も含めてきっちり美味しく戴きますことよvv なので、きちんと続きを書かないとダンブルドア校長に代わってお仕置きよん♪ |