『ひょっとして?』 と言う思いが、かの
洋行事件から続いていました。
セールス、特に電話セールスの場合、マニュアルに従い、ターゲットの心理を
揺さぶってくることを挙げたのですが、裏を返せば、マニュアルから
逸脱した対応をされると意外にもろく、後が続かないのではと言う考えです。
百戦錬磨のベテランセールスマンならば、経験を基に、応用力を発揮するとは
思うのですが、駆け出しのセールスマンは、必ずと言っていいほど、
これに当てはまるのではないのかと・・・
前にも書いた、○○洋行の手口は、まず、同じ高校卒業ということで、安心感、
信頼感、仲間意識を植え付けます。見ず知らずの人との接点を
『同じ高校』 に
求めた結果、電話をするごとに、自分の卒業高校を相手の卒業高校に合わせます。
とりあえず、糸口さえ見えれば、相手の疑う余地を埋める為、深入りすることなく、
あっさりと引き下がり、好印象を与えておきます。
しばらく間をおいて、2度目の打診です。
「ああ、◆◆さん、久しぶりです」
時間を置くことと、姓を呼ぶことで、しつこさを消し、かつ、昔の知り合いに
出会ったような感動で親密さをアピールします。
「先だっては、どうも」
日本語の曖昧さの象徴、
『どうも』です。いったい、
『どうも』、何をしたと言うのか
分かりませんが、儀礼的な言葉で礼儀正しさを装います。
ここまでで、少しでも好感が得られれば、次は、直接、会おうと試みます。
セールスマンにしてみれば、会えば、もう、80%は成功と言えます。
「今日、そちら方面を回っているのですが、お会いできませんでしょうか?」
あくまでも、
『そちら方面』 と言う言葉で、ターゲットにしている素振りを隠します。
これが、何度か繰り返され、それでも、良い感触が得られない場合、
心理的な揺さぶり作戦に出ます。人の持つ欲という部分に狙いを定め、
今までの大もうけをしたケースを出してきます。セールスマンにとって、
それが嘘か本当かは重要ではなく、いかに、ターゲットにとって、おいしそうかどうかが
肝心です。さらに、
『同じ高校』 を強調し、
『あなただけ』 と言う特別性を加味します。
そこまで来ると、今までつちかった信頼関係(あくまでも○○洋行側が思い込んでいる)で、
馴れ馴れしさが増しているはずです。
そして、それでも駄目なら、最後の切り札、意外性と切迫感を武器に、
このまま放置すると大変なことになるとの錯覚を与えようとします。
闇金融の
『内臓を売れ!』 に引けを取らないほどの迫力で、
先回の話でお馴染みの、
『大変です!』 に至る訳です。
一年を一日に例えると、春は目覚めの時期、人間様もご多分に漏れず、世も体も、
急に活発の度を増します。自分の知らないうちに、一日の疲れが溜まり、
『春眠、暁を覚えず』、春はもう少し、寝ていたい季節です。
そんな時期の、窓際の昼寝は実に気持ちの良いもので、
その分、邪魔されたときの気分は最悪です。
内線呼び出しの
『ピーピーピー』と言う感情のない電子音は、昼寝するものにとって、
非常に耳障りなものです。そもそも、昼寝自体、浅い眠り、レム睡眠故に、
きっと楽しい夢でも見ていたに違いありません。突然、現実に呼び戻され、
楽しかった内容も頭の中から、一瞬にして消え去り、何となく損をしたような、
無性に腹立たしい気分のまま、受話器を取りました。
「○○洋行の○田さんから」
と言うと同時に、こちらの対応を聞くことも無く、即座に外線に繋がれてしまいました。
かの先物大手の
『○○洋行』です。これは、意外です。先回、完膚なきまでに
打ちのめしたつもりだったのですが、何とも打たれ強い。と、言うより、
この会社は情報の共有と言うものは存在しないようです。
まあ、とにかく、意外性から言えば、これは、かなり強烈でした。
それにしても、最悪の気分の時に、最悪の種類の人間と話をしなければならないなんて、
今日は、まさに仏滅です。腹立ち紛れに、極力、無気力を装い、感情のない声で、
「ああ、替わりましたけど」
「こんにちは、石田さんですか」
こちらのテンションを下げた応対を意に介することなく、明朗快活な声が返ってきました。
その声の後ろでは、複数の人間が同じようにセールスの電話をしている様子で、一瞬、
カラオケルームで電話を掛けまくる振り込め詐欺グループを連想してしまいました。
かなりトーンの高い声で、まさに、午後のアタッキングタイム、一斉スタートと言った
感じです。
受話器から発せられる高音域が、頭蓋骨内に共鳴するのを和らげるために、
少し、受話器を耳から離し気味にして、
「そうですが、なにか?」
「石田さんは、東高校の卒業でいらっしゃいますよねえ。
実は私も同じ東高出身で・・・」
思わず言葉を失ってしまいました。
おいおい、またかあ? 懲りないなあ、この会社は。
他に引き出しはないのか?
う〜〜ん、このまま、『はい、そうです』 と言った場合、
この先、何度となくアタックされる羽目になってしまうのは
学習済みだし、ここは、ひとつ、新しいパターンで、
「ぁ〜、ちょっと、もしもし、違いますが」
こちらから、相手にとっての意外性をぶつけてみました。
「 えっ、うそ! あっ、失礼、
★★・・・さん・・・ですよねえ」
「いいえ」
「えっ、そちらに、★★・・・さんは・・・」
かなり、困惑気味です。
「いませんが」
「 そんなバカな! あっ、失礼、
そちらに、東高校卒業の★★さんは」
次第にトーンが落ちてきているのが分かります。
「いませんが」
「でも、先ほど★★さんに繋ぐように・・・」
すでに、蚊のなく程度にまで音量は落ちていました。
最後の鉄槌を下すように、今までの気のないムニャムニャ声から一転、
ゆっくり、はっきりとした声で、
「申し訳ありませんが、そのような人物はいません」
「ああ、そうですか。それは、どうも、失礼しました」
えっ、もう、終わりなの?
共通の接点が見出せないままのお別れです。
やはり、もろかった。
たぶん、こちらの嘘に薄々、気付いていたに違いありません。
気付いてはいるけれど、自分もデマカセを口にしている以上、
それを言っても始まらないと言うジレンマがあったに違いありません。
狐と狸の化かし合いでした。