トムラウシ遭難事故の法的問題


1、ツアーガイド及びツアー業者の法的責任
(1)ツアーガイドの責任
 ツアー業者は契約に基づいて客を案内するということを業務とし、ツアーガイドには客を安全に案内する義務がある。
 ツアー登山の引率者(ツアーガイド)が注意義務に違反した場合に、民事、刑事上の責任を負う。民事責任は損害賠償、刑事責任は、業務上過失致死傷、保護責任者遺棄罪などである。ここでいうツアー登山は、旅行会社、山岳ガイド、山岳団体などがあらかじめ登山内容をアレンジして参加者を募り、多数の参加者を引率する形態の登山をさしている。トムラウシの遭難のケースはツアー登山に該当する。
(2)ツアー業者の責任
 @ツアーガイドに過失がある場合に、ツアー業者は使用者として損害賠償責任を負う(民法715条)。
 Aツアー業者はツアー登山を安全に管理する注意義務があり、ツアー業者がこれを怠った場合には、損害賠償責任を負う。
個人としてのツアー業者やツアー会社の幹部がツアー登山を安全に管理する注意義務を怠った場合に、刑事責任を負うことがありうるが、刑事責任の対象は個人の行為であり、会社幹部の具体的な行為と事故の間の因果関係の立証が困難なことが多い。

2、過去の裁判例に表れたツアー登山におけるガイド等の注意義務
(1)春の滝雪上散策ツアー事故
 @事故の内容
 1998年1月28日、北海道のニセコアンヌプリ山付近の通称「春の滝」付近で、2名のガイドによるスノーシューによるツアー中、傾斜30度を超える沢の下部で休憩していた時に沢の上部で雪崩が発生し、ツアー客1名が死亡し、1名が負傷した。事故のあった沢は雪崩危険区域に指定され、30〜40センチの降雪の直後であり、事故当時、大雪、雪崩注意報が出ていたが、ガイドはプレッシャーテストなどを実施して雪崩の危険性がないと判断した。
 A判決の内容
 刑事裁判で、ガイドは客の安全を守るべき職務上の注意義務があり、樹木の疎らな雪崩の危険区域に入らないようにする注意義務があったこと、地形や積雪状況から雪崩を予見可能だったとされ、業務上過失致死傷でガイド2名のいずれも禁錮8月執行猶予3年の判決がなされた(札幌地方裁判所小樽支部平成12年3月21日判決、判例時報1727号、172頁)
(2)羊蹄山登山ツアー事故
 @事故の内容
 1999年9月25日に、北海道の羊蹄山(1898m)でツアー登山に参加した14名の客のうち2名が凍死した。事故当日は台風の通過直後で、暴風・大雨・洪水警報が出ていた。添乗員1名が引率したが、8合目までに集団が離散し、客2名が道に迷って山頂付近でビバークし、凍死した。
 A判決の内容
 刑事裁判で,添乗員は業務上過失致死罪で、禁錮2年執行猶予3年の判決を受けた(札幌地方裁判所平成16年3月17日判決)。
 判決は以下のように述べている。
・添乗員にはツアー客の安全かつ円滑な旅行の実施を確保する義務がある。
・添乗員には、天候等を考慮して、行程の注視や客に指示する権限がある。
・ツアー登山は通常の旅行以上に生命身体に対する危険を伴い、添乗員は客の生命身体の危険を防止する業務に従事していた。
・客が離隔すれば悪天候の中で判断を誤り、迷走するなどし、体力を消耗して凍死することを添乗員は予見できた。
・添乗員は客を待って引率することが容易だった。
・添乗員は9合目付近でツアー客が自集団に合流するのを待ち、その安全をはかるべき注意義務があった。
(3)八ヶ岳静岡文体協遭難事故
 @事故の内容
 1978年4月29日に、静岡県社会人体育文化協会の職員1名が一般公募した30名の参加者を引率して、横岳付近の岩稜をトラバース中に27歳の女性が滑落して死亡した。その女性はアイゼンを着用しておらず、引率者からそのような指示もなかった。
 ツアーの主催者に対する民事裁判で裁判所は、静岡県社会人体育文化協会、引率した職員らの損害賠償責任を認めた(静岡地方裁判所昭和58年12月9日判決、判例時報1099号、21頁)。被害者が登山の危険性をある程度認識できたはずだとして3割の過失相殺がなされた。この事件は刑事事件として立件されなかったようである。
 A判決の内容
 民事裁判で裁判所は以下のような注意義務を認定した。
・ツアーの主催者は、責任のある相当の登山経験、技術を備えた者に担当させること
・ツアーの主催者は参加申込者に対し、装備、技術、経験、体力等の有無を審査し、不適当な者の参加を拒絶すること
・ツアーの主催者は参加申込者に対し、必要な指示、助言をするなどして十分な登山準備をさせること
・ツアーの主催者は登山中の参加者の状態、動静を十分に掌握できる体制を作ること
・ツアーの主催者は山の気象に留意して慎重に登山を実施すること
・引率者は登山中に装備、技術、経験、体力の劣る参加者の動静に注意すること
・引率者は危険箇所を通過する際には、装備、技術、経験、体力の劣る参加者の動静に注意し、注意を喚起したり、安全な通過方法を指示すること
・引率者は参加者を助成するなど適切な措置をとること

3、トムラウシ事故において問題となるツアーガイドの注意義務
トムラウシ事故においてツアーガイドが負う法律上の注意義務として以下の内容が問題となる。
・事前に参加者に、コース内容、必要な装備、技術、体力、危険性を説明すること
・ツアー業者とともに、コースの設定、日程、宿泊場所、宿泊方法、団体装備、予備日、ガイドの数、ガイドの教育、緊急時の対処方法などの安全管理を行うこと
・ガイドはテント、ツェルト、ビバーク用具などの装備を携行すること
・天候を把握し、天候の状況に応じて危険を回避すること
・ツアー参加者の行動を子細に観察し、異常が予見できる場合には、行動の変更、中止をすること
・パーティーが離散しないように適切な指示をすること
・ツアー参加者が低体温症に陥らないように適切な指示や対処をすること
 これらは事後的に責任を問う前提として問題にされるので、かなり厳しい内容になる。また、法律的には、結果と直接の因果関係のある注意義務だけを取り上げれば足り、すべての注意義務を認定する必要はない。
 刑事責任と民事責任では似たような注意義務が課されるが、刑事裁判では個人の処罰、非難可能性という観点から注意義務が厳格に認定され、民事裁判では損害の公平な分担という観点を含めて注意義務の認定が緩やかになる傾向がある。
今回の事故については、ガイドに法的な注意義務違反があったことは否定できないだろう。

4、ツアーガイドの注意義務と事故のリスクの回避の関係
ツアーガイドの法律上の注意義務(結果回避義務)は、事故後に責任を課すための規範であり、事故を防ぐための指針としては結果回避義務は基準にならない。
 春の滝雪上散策ツアー事故の裁判では、雪崩は予見可能だったとされ、それを予見せずに沢筋に入ったことが過失とされた。雪崩を予見する能力を向上させることや雪崩を予見することは重要であるが、誰でも弱層テストなどや過去の経験に照らして「今日は絶対に雪崩れない」と確信することがある。それでも雪崩が発生することがあり、裁判で「雪崩の予見は不可能でなく、予見可能だった」とされることが多い。また、1人のガイドが10人の客を引率すれば、10人の安全を確保すべき注意義務が生じるが、1人のガイドが危険箇所で同時に10人の客の行動の補助をすることは不可能である。
 裁判所が認定する注意義務は、現実の人間の行動としてはかなり厳しいことを要求することが多いが、これは、裁判が、「責任の所在を明らかにする」という性格を持つことによる。裁判は私的な制裁を国家が被害者に代わって行うという性格があり、そこで追及される正義の観念に、被害者の応報感情、責任追及、損害の公平な分担などの観点が入り、現実には困難なことでも責任を認めるために事後的に注意義務違反が認定することが多い。
 事故を防止するためには、法律上課される結果回避義務を参考にしつつ、さらに、リスクを回避することを考えなければならない。雪崩に対する対策としては、「雪崩を予見すること」ことよりも、沢や斜面などの雪崩の抽象的危険性のあるルートを避けることが雪崩対策として確実である。「雪崩を予見する」という方法では、確率的に人間の判断ミスが必ず生じるので、雪崩事故を防ぐことができない。行為者の雪崩の予見能力が不十分な場合でも、あるいは雪崩の予見を間違えたとしても、沢や斜面を避けることで雪崩事故を防ぐことができる。仮に、冬の岩登りやアイスクライミングなどのように、どうしても沢に入らなければならないとすれば、リスクを承認したうえで行動するしかない。それは仲間同士の登山やリスクを承認した少人数のガイド登山の形態であって、ツアー登山の対象ではない。
 羊蹄山登山ツアー事故では、法律上、添乗員は客から目を離さないことが注意義務になるが、14人も客がいれば現実にはそれは難しい。一般論としては、わがままな客がいればパーティーは簡単に分裂するので、裁判所の指摘する「添乗員はツアー客が自集団に合流するのを待ち、その安全をはかる」ことが困難なことがある。また、台風通過直後という悪条件下で、体力にばらつきのある客14人を引率すれば、パーティーは離散しやすい。しかし、そのような悪天候のもとで14人の客を引率しなければリスクを回避できる。かなり天候が悪くても客の数が3〜4人であれば、事故のリスクを回避でき、事故には至らなかっただろう。リスクの高い状況下の登山では客の数を限定するか、あるいは登山を中止すればリスクを容易に回避できる。ただし、裁判では、事故と直接の因果関係を持つ直近の注意義務だけを取り上げれば足りるので、法律上の注意義務としては、添乗員に登山を中止することまで要求されない。
 八ヶ岳静岡文体協遭難事故では、1人の引率者が30人の参加者について判決で指摘する義務を履行しようとすれば、スーパーマンのような神業を求められ、現実には無理である。このケースでは、「残雪期の登山」、「初心者を含む30人の参加者」、「引率者の技術、経験不足」というリスクのもとで登山をするからそうなるのであって、これらのリスクを回避すれば引率者はスーパーマンである必要はない。例えば、技術、経験のあるガイドが、夏に4〜5人の客を引率してこのルートを登るのであればリスクは小さい。
 自然のメカニズムは複雑であり、人間は完全性に欠けるので、人間は必ずどこかでミスを犯す可能性がある。人間のミスがあったとしても、事故を防止し被害を最小限に抑えるためには、リスクが少ない条件のもとでツアー登山を実施する必要がある。安全なツアー登山のためには、ガイドが法律上の注意義務を完璧に履行することをめざすのではなく、法律上の注意義務が問題となるような状況を回避すること、すなわちリスクの回避が必要である。
 ツアー登山は、ガイドとの間の信頼関係が稀薄、ガイド間の意思疎通、参加者のレベルがさまざまであること、中高年の参加者が多いこと、参加者のレベルを把握することの難しさ、営利性、自己責任の意識が希薄、参加者の数の多さ、客が初対面であること、日程に予備日がないことなど、もともと事故のリスク要因の多い登山形態である。
 通常の登山パーティーにはメンバー全員で力を合わせて、判断し、行動するという機能があるが、ツアー登山ではこの機能が弱い。法律的には、仲間同士の登山では委任関係に基づく相互援助協力関係があるが、ツアー登山ではガイドと客の関係は相互的ではなく、客相互の間に援助協力義務はない。仲間同士の登山ではリーダーの判断を他の参加者が是正できるが、引率登山では引率者だけが判断し、その判断にミスがあっても是正できるシステムがない。
 ツアー登山の参加者のレベルはさまざまであり、ガイドは参加者の状況を十分に把握できない。トムラウシの事故の場合、同じルートを遭難せずに通過した別パーティーがあり、パーティーの態様如何で遭難を回避できたことがわかる。その人が悪天候下でどこまで困難に耐えることができるかは、長年山行を一緒にしていなければ把握しにくい。長年の困難な山行を通して互いの長所、弱点、性向などを把握でき、そのような者で構成される登山パーティーの強さと信頼感が生まれるが、ツアー登山ではガイドが参加者の属性を十分に把握するのは難しい。
 もともとツアー登山には内在的なリスクが存在しているが、今回のトムラウシでのツアーでは、客の数が15人いたこと、荷物を背負って何泊もするツアーであること、行程の長さ、参加者の年齢、体力、参加人数分のテントや炊事用具を携行していなかったことなどの点で、さらにリスクの高い登山になっていた。リスクの高い登山ではガイドの判断ミスが生じやすく、それが事故に結びつきやすい。

5、ツアー業者の安全管理義務
ツアー業者は契約に基づいて客の安全を確保すべき義務を負う。
 自己責任の原則のもとでは、自分の安全は自分で確保すべきであるが、消費者が常に賢明な判断と自己管理ができるとは限らない。事業者と消費者ではその情報量や判断の能力の違いが大きいので、事業者に一定の義務を課して消費者を保護しようというパターナリズムが消費者保護の考え方である。契約締結に伴う安全配慮義務の一態様として、ツアー業者は対象山域、ルート、参加者の数、行程、歩行時間などを適切に管理し、客の安全を確保すべき義務がある。
 営利的なツアー登山はパック旅行(パッケージツアー)が登山に拡張された形態である。パック旅行において、初対面の者で構成される集団が、旅行業者があらかじめ決めた行程に従って共同行動をとることができるのは、それが客の体力、性別、年齢を問わず、誰でも可能な危険性のない行程だからである。パック旅行は客の属性(年齢、性別、体力、体調、経験、嗜好など)や添乗員の個性、ツアーの時期、天候などの偶然的事情に左右されることなく安全でなければならない。
 一般に、パック旅行(旅行業法上の募集型企画旅行契約)の形態をとるツアー登山については、安全性の要求が厳しい。EC(ヨーロッパ共同体)の「パッケージ旅行指令」(1990年。EC加盟国はこれを履行することを義務づけられた)は、パック旅行の安全性に関してツアー業者に重い責任を課している(「欧州のパッケージ旅行における旅行者に対する旅行業者の責任」廣岡裕一、政策科学12−1、「エコツーリズム教本」スー・ビトン、小林英俊訳、平凡社、295頁)。
 日本と欧米ではパック旅行の形態がかなり異なり、ヨーロッパのパック旅行は保養や休養目的のリゾート滞在型が一般的であるのに対し、日本のパック旅行は、引率型、周遊型、共同行動型の傾向がある(「パッケージ観光論」玉村和彦、同文館出版)。この点は旅行における「自立」の意識の違いのように思われる。このような日本的なパック旅行の形態はツアー業者とガイドの役割と関与が大きくなり、ツアー中の事故に関して法的紛争が生じやすくなる。日本のツアー登山は日本特有のパック旅行文化が生み出したのであり、そこには自立性と依存性、自己決定などに関わる日本の文化や社会の構造に関連する問題がある。
 日本にはEC指令のようなパック旅行に関する厳しい法制度はないが、裁判所(平成元年6月20日東京地裁判決、判例時報1341号20頁など)はパック旅行に関して、旅行業者に安全確保義務を課している。さらに、裁判所はツアー登山について一般の旅行よりも主催者やガイドに重い注意義務を課す傾向がある。一般のパック旅行の場合には旅行会社の損害賠償責任を否定した裁判例は多いが、ツアー登山中の事故についてはツアー業者に損害賠償責任が生じやすい。ツアー登山は一般の旅行よりも危険性が高いために、引率するガイドの注意義務が重くなると考えられる。
 ツアー登山はパック旅行的な登山であり、客の属性やガイドの資質、時期、天候などに関係なく、安全な商品として企画、販売される。あらかじめツアー業者が登山内容を決定するというツアー登山のパッケージ的性格に、ツアー登山が商品としての安全性を要求される根拠がある。商品の安全性は、消費者の落度や不可抗力がなければ安全であるという期待に基づいており、たとえツアー登山中に悪天候に見舞われたり、体調不良者が出現しても、迅速な避難や救助により安全を確保できることが必要である。ガイドの判断ミスが生じやすく、あるいは、ガイドの些細な判断ミスが遭難をもたらすようなツアー登山は、消費者の誤作動をもたらしやすい構造の石油ストーブと同じく、商品として欠陥がある。ガイドの判断ミスが事故を招いたとしても、それは消費者の責任ではなく、「ガイドの判断ミスが生じないような安全な商品」であることが求められる。
 営利的なツアー登山が商品としての安全性を欠いたために事故が起きた場合には、ツアー業者の安全管理義務違反があったと言うべきである。ツアー登山の安全性とは、リスクが少ないか、もしくはリスクをコントロールできることを意味する。バンジージャンプのように極めて危険な行為でも、リスクの管理ができれば商品化できるが、登山は自然条件と人間の条件によって危険性が変化し、安全管理が難しいので、危険性を伴う登山をパッケージ商品にすることにもともと難しさがある。
 一般に、「登山に危険が伴うのは当然である」とされるが、これは自己責任のもとで成り立つ考え方であって、商品としてのツアー登山では「登山に危険が伴うのは当然」ではない。
 非営利的なツアー登山は商品としての安全性の問題は生じないが、八ヶ岳静岡文体協遭難事故のように非営利的なツアー登山であっても、主催者に安全確保義務が生じる。引率という契約形態の点では、営利的なツアー登山も非営利的なツアー登山も違いがないが、営利的なツアー登山は安全性の対価としてツアー料金を支払うので、営利的なツアー登山の方がより厳しい安全確保義務を課されるだろう。
 ツアー業者の安全管理は組織として行われるので、組織の中の個人の刑事責任を問うには予見可能性や因果関係の点で困難が伴うことが多い。民事責任に関しては、ガイドに過失があればツアー業者の使用者責任(民法715条)が生じるので、ツアー業者の安全管理義務違反を問題としなくても、ツアー業者に損害賠償責任が生じる。
 今回の事故についてツアー業者に法律上の安全管理義務違反があるかどうかは微妙であるが、参加者の荷物の量、歩行時間、日程、参加者の数、年齢、参加者の経験、テントなどの装備の有無、ガイド間の連携、この山域での過去の事故事例、地形、営業小屋のないこと、エスケープの困難さなどの点で、今回のツアー登山はリスクが高かった。それが、ガイドのミスを生じやすくさせ、事故に至ったものと考えられる。
ツアー登山の安全管理の考え方として、ガイドに高い安全管理能力を要求する方法には限界があり、ツアー登山のリスクを回避し、人間のミスが事故に直結しないようにしておくことが必要である。

6、ツアー登山におけるリスクの回避
 ツアー登山におけるリスクを回避し、安全管理するうえで、以下の点が問題になる。
(1)対象山域、参加者の数、時期などの限定、及び、日程、行程、歩行時間などの安全管理
 一般に、登山のリスクは、対象山域、ルート、天候、登山者の年齢、能力、経験、体調、時期、日程、歩行時間、荷物の量、宿泊形態などによって左右される。日本の高山は、ヨーロッパの登山とハイキングの中間的形態の山岳であり、条件がよければハイキング的な登山が可能であるが、天候や体調不良、疲労、荷物の量、参加者の態様などによって、一気に危険な登山に変貌する。また、食料やシュラフを背負って何日も宿泊し、1日に長時間歩くツアーでは参加者に一定の体力が必要になる。営業小屋に泊まる場合とテント泊では疲労の回復度も異なる。
 他方で、ツアー登山では、ツアー業者があらかじめ参加者の体力、技術、経験を的確に把握することは、それほど簡単なことではない。ツアー参加者にそれなりの登山経験があっても加齢に伴う体力低下や体調不良などが予想される。ツアー登山は参加者の属性と無関係にあらかじめパッケージとして企画されるので、ツアー業者は、対象山域、ルート、参加者の数、行程、歩行時間、荷物の量等に関して、誰でも歩ける程度のレベルに設定する必要がある。
 数日に及ぶテント泊または避難小屋泊の登山は、日帰り登山や営業小屋泊の登山と異なり、天候、体調管理、荷物の量、疲労などの影響を受けやすい。客が15人いることがパーティーのペースの遅さにつながり、行動時間の長さは疲労につながる。今回のように参加者が食料とシュラフ等約12.5キロの荷物(トムラウシ山遭難事故調査中間報告書。以下中間報告書という)を背負って数日間歩く場合の疲労の程度や影響、回復力の個人差が大きい。衣類を濡らさない工夫やテントもしくは避難小屋での宿泊技術の差が疲労の回復に影響する。どこでも眠ることができるかどうかも個人差がある。
 今回のトムラウシの事故パーティーは、悪天候の点を除いたとしても、もともとかなりのリスクを伴う形態のツアー登山だった。今回のツアーは健脚向のツアーとしてある程度の経験のある人が参加条件になっていたが、ツアー登山は気軽に参加できる安全な登山として実施されるので、ツアー登山におけるリスクを客の自己責任とすることはできない。むしろ、ツアー客の負担が重ければ、ツアー業者の安全管理義務も重くなると言えよう。
 客がある程度の荷物を背負って数日間、高山を歩くような引率登山はリスクの高い登山であり、ガイドが個別的に客をフォローし、客の体力や体調に合わせて登山を実施すべきだった。その場合にはおのずから客の数が限定されるが、これは、従来ガイド登山と呼ばれていた形態である。今回のケースでも客の数が5〜6人で、客の状況に応じた登山行程であれば、登山を強行するにしろ途中でビバークするにしろ、いずれの場合でも低体温症を回避することが可能だったと思われる。仮に、低山の山歩きで近くに営業小屋があり、あるいは、エスケープや救助の容易な山域であれば、初対面の15人の客がいるツアー登山でもリスクは低い。
 ツアー登山と伝統的なガイド登山(狭義のガイド登山)の違いは、対象山域の危険性の違い、客の数の違い、信頼関係の有無、ガイドが客の属性に基づいて山行を企画し、個別的なフォローができるかどうかなどの点にある。ツアー登山は誰でも参加できる登山としてツアー業者があらかじめ登山内容をアレンジして参加者を募るが、ガイド登山は客が決まった後に、客の属性や能力に応じて登山をアレンジするという理念の違いがある。
 狭義のガイド登山の場合には、ある程度のリスクを伴う登山が可能であり、客もある程度の登山のリスクを承認することが可能となる。1975年の谷川岳ガイド登山事故(岩登りでの滑落事故、「山で死なないために」武田文男、朝日新聞社99頁)、1988年の穂高岳ガイド登山事故(冬山での雪崩事故、「リーダーは何をしていたか」本多勝一、朝日新聞社、268頁)、 2007年の八甲田山事故(スキーツアー中の雪崩事故)では、ガイドは刑事事件として起訴されなかった。谷川岳ガイド登山事故はガイドが客のロープを外した直後の事故であり、穂高岳ガイド登山事故はガイドが一般ルート以外の雪崩の危険の高いルートをとったために起きた事故であり、八甲田山事故は沢での雪崩事故であり、いずれも引率したガイドに過失を認定することは容易である。しかし、岩登りや冬山にはこの種の事故の危険性があり、客はそれを認識したうえで参加すべきことなどの事情が、刑事処分で考慮されたものと考えられる。
 日本では、ツアー登山がその対象領域を拡大すると同時に、ガイド登山も初対面の多数の客を引率するようになり、ガイド登山がツアー登山に接近し、「パッケージ・ガイド登山」と呼ぶべき現象がある。「歩いて○○岳登頂1泊2日」といったようなパッケージ化されたガイド登山は、商品としての定型的な安全性が要求され、この点でツアー登山との違いはない。しかし、「剣岳チンネ左稜線2泊3日」などのガイド登山は、対象者が岩登りの技術のある客に限られ、誰でも参加できるわけではない。岩登りなどでは、客の属性に応じた行動をとることが当然の前提になっており、商品としての定型的な安全性はありえない。ガイド登山では個々の客の体力、技術、経験に応じて、安全を確保すべきことになる。
(2)人間のミスを想定したツアーの設計
 ツアー登山では、自然はその多様性やメカニズムを完全に把握できないこと、ツアー参加者の状況を把握しにくいことなどの理由から、ガイドが天候やツアー客の体調等について判断ミスを犯すことはしばしば起こりうる。ツアーを企画する際、「人間がミスを犯しやすい」ことを考慮に入れて設計する必要がある。自己責任に基づく登山では、人間のミスをどこまで想定するかは個人の自由であるが、引率型の登山では参加者の安全を確保する義務が生じるので、人間のミスがありうることを想定して、余裕のあるツアー、つまり人間のミスの許容範囲の広いツアーを企画する必要がある。
 今回の場合、参加者の数が5〜6人であること、1日の行動時間が短いこと、荷物の重量が軽いこと、人数分のテントや燃料、炊事用具等を携行していること、日程に余裕があること、ガイドが食料を持参し客の栄養補給が十分であること、濡れた衣類の着替えなどが可能なことなど客とガイドにとってもっとゆとりのあるツアーであれば、仮にガイドが天候判断を間違えたとしても、早い段階で幕営するという選択も可能だっただろう。ヒサゴ沼を出発した後は、客の人数分のテントや炊事用具、燃料がなければ、途中で幕営するという選択ができない(ツェルトでのビバークは客の負担が大きい)。
 事故パーティは10人用テント、4人用テント、炊事用具、燃料などをヒサゴ沼避難小屋にデポしており(中間報告書)、テントはヒサゴ沼避難小屋を使えない場合に備えたものであり、炊事用具と燃料はヒサゴ沼宿泊用のものだった。ガイドが判断を間違える可能性を想定していれば、当然、途中で幕営する場合に備えてテントや炊事用具などを携行すべきだった。
ツアー登山において、人間のミスがあったとしても安全なツアーであり続けるためには、
あらかじめツアーの内容をリスクの低いものにしておくことが必要である。
(3)ガイドのリスク管理の能力
ツアーガイドは、リスクを察知し、それを回避するリスクの管理能力が必要である。
 地形や気象などの登山のリスクは山域によって異なり、ガイドがその山域に精通しているかどうかは、ガイドとしての経験や技術以上に重要である。道案内という点から言えば、ガイドに過去に一度そのルートを歩いた経験があれば足りるが、その山域のリスク管理能力は長年その山域に通わなければ身につかない。10年その山域に通っても10シーズン分の経験しかできず、自然の複雑さのもとでは微々たる経験でしかない。ツアー登山ではそのパック旅行的性格からガイドが都会から派遣されることが多いが、登山の危険性は地域による違いが大きく、ガイドはその山特有の危険性に精通していることが必要である。今回の3人のガイドは、コース経験者はいたものの、この山域に精通したレベルにはほど遠い。今回の遭難のケースでは広島県と愛知県からガイドが同行しているが、これはガイドがその山域に精通していることよりも、添乗というパック旅行的な側面を重視した企画と言える。
 一般に、ツアー登山のリスクが高ければ、ガイドのミスが事故に結びつきやすく、ガイドに求められるリスク管理の能力が高くなる。
 今回のケースでは、北沼で渡渉という想定外の事態があり、ガイドは、ヒサゴ沼避難小屋に引き返すか、トムラウシ温泉まで下山するかの判断を迫られた。北沼分岐からトムラウシ温泉までは下りが多いこと、北沼渡渉点での時刻が午前10時だったこと、午前8時以降は雨があまり降っていなかったこと(中間報告書)、ヒサゴ沼避難小屋に引き返すことは次に来るパーティーの妨げになること、航空機のキャンセル料がかかることなどがガイドの判断に微妙に影響したことが推測される。
ヒサゴ沼避難小屋を出発する前にこの日の行動の中止を決定するか、あるいは、ヒサゴ沼避難小屋から日本庭園までコースタイムの2倍の時間がかかっているので、その時点で行動を中止すれば遭難に至っていないだろう。
 ここで重要なことは、ガイドが早い段階で行動を中止していれば、その後の危険性に関する高度な判断能力はガイドに必要ないという点である。また、悪天候の中を客を無事に下山させようとすれば、ガイドにかなりの技量が必要になるが、早い段階で行動を中止するのであれば、ガイドの技量はそれほど必要ではない。
 ツアー登山では、ガイドは少しでも危険を感じたら、登山を中止するのが賢明である。その意味では、今回のツアーでは12〜13キロの荷物をを背負った初対面の客が15人もいること、登山1日目から体調不良者がいたこと、2日目は朝から雨だったことから、2日目の朝、白雲岳避難小屋の出発前に登山を中止するという選択があり得た。降雨自体は遭難の具体的危険を意味しないが、雨の中で長時間行動をすれば、泥濘や濡れた岩の上での転倒や体調不良に陥ることが容易に予見でき、これらはガイドの責任になりうる。また、この日の長時間行動による疲労が翌日の遭難に影響していると考えられる。
 今回の事故について、「ガイドの判断ミス」、「ガイドの能力不足」を指摘することは簡単だが、それだけでは今後この種の事故を防ぐことはできないだろう。ツアー登山という形態そのものにガイドのミスをもたらしやすい誘因があること、人間はしばしばミスを犯すこと、営利的なツアー登山は商品としての「定型的な安全性」が要求されることから、ツアー登山は、天候やガイドの能力に関係なく、安全性を確保できるように設計、企画すべきである。ツアー登山の安全性は、ガイドの個人的なリスク管理の能力に依存するのではなく、ツアー登山の態様をリスクの低いものにする方が確保しやすい。
(4)パーティー内のコミュニケーション 
パーティーのメンバー構成とパーティー内のコミュニケーションは安全な登山のために必要であり、これらの欠如は事故につながりやすい。
ツアー登山では初対面の参加者が多く、もともとパーティー内のコミュニケーションをとりにくいので、意識的に円滑なコミュニケーションを図る必要がある。長年、山行を共にしている者同士のパーティーでは、互いの体力や癖、性格などがわかっているので、参加者の状況を把握しやすいが、初対面ではそれが難しい。ツアー参加者は互いに「皆に迷惑をかけまい」として無理をし、参加者の体調や心理は外見からわかりにくい。
 ツアー登山では初対面の者が多数参加するのだから、参加者の性格や考え方はさまざまである。何泊もするツアー登山の参加者の1人が途中で「疲れたので、今日は動きません」と言った場合、法律上、ガイドが客に行動を指示し、客はガイドの指示に従う義務があるが、客の行動を強制することはできない。現実にガイドが客を強制する手段もない。このような場合に、日帰りのツアー登山や通常の観光旅行であれば、客が1人でホテルに待機したり、一人でホテルから帰宅することが可能であるが、何泊もするツアー登山ではそうはいかない。エスケープの困難な山岳地帯では、客が動けなくなればトラブルの原因になる。仮に、欧米諸国で今回のトムラウシのようなツアー登山を実施すれば、行程、休憩、宿泊、体調、疲労、天候などに関する不満やわがままな意見が続出し、ツアーが途中で空中分解する可能性がある。仲間同士の登山でも参加者が15人もいれば同様の問題が生じるが、相互に信頼関係のあること、相互協力が期待できること、自己責任が原則であることから、それほど問題は生じない(法的には、仲間同士の登山ではパーティーの解散、解体、離脱はすべて参加者の自己責任である)。
 複数のガイドがつくことはガイドの判断の多様性を確保するために重要であるが、ガイド相互間のコミュニケーションが重要である。ガイド間の遠慮、対立、信頼の欠如などが危険を招くことがある。トムラウシの事故では3人のガイドが初対面だったので、ガイド間の連携に関して疑問がある。
(5)参加者への事前説明
ツアー業者は、天候が悪い場合にはツアーの中止、予定変更のあることなど、ツアーに関する重要な情報やリスクを参加者に事前に説明する義務がある(消費者契約法など)。これにより、参加者の適格性の確保、及び、登山の中止などの措置をとりやすくなるというメリットがある。
(6)登山のリスクを回避する方法として、営業小屋の設置や登山道を整備すべきだという主張がある。これは、登山や自然の価値の理解の問題である。登山やエコツアーなどでは、可能な限りあるがままの自然を維持することがその理念に合致する。これに対し、観光やレジャーの対象物は人工的に管理した方が安全で便利である。トムラウシ周辺の山岳に人工的なものが増えれば、登山ではなくレジャーになり、自然の価値が損なわれる。

7、ツアー登山に関する規制
(1)自主規制
 ガイドに安全確保義務が課され、安全であることが要請されるツアー登山は、リスクの低い山域、ルート、形態で実施する必要がある。欧米に日本的なツアー登山が存在しないのは、山岳地形の違い、パック旅行文化の違いと同時に、登山(mountain climbing)に対する考え方の違いがある。欧米にツアー登山が存在しないのは、おそらくそのような需要がないからである。しかし、世界のどこの国でも、ハイキング・ツアー、トレッキング・ツアー、安全管理を前提とする危険なレジャーやアクティビティはたくさんある。ツアー登山の自主規制は、ツアー業者と消費者の双方の「賢明さ」を意味する。
(2)EC指令のようなパック旅行に対する製造物責任的規制は、パック旅行としてのツアー登山を規制することになる。しかし、ツアー登山は旅行業法上の旅行に限られないので、旅行という観点からの規制には限界がある。
 ガイド登山は、本来、客の個性に応じて多種多様なので、商品としての定型的な規制になじまないが、前記の「パッケージ・ガイド登山」についてはパック旅行と同様の規制が問題になる。
(3)ツアー業者の資格やツアーガイドの資格に関する規制、ツアー業者やガイドの安全管理能力の向上は必要であるが、それに依存するだけでは不十分である。
(4)ツアー登山の個別的規制
 事前に法令等で個々のツアー登山を規制し、ツアー登山におけるリスクをあらかじめ回避することが考えられる。例えば、一定のエリア内で参加者が一定数以上のツアー登山の届出と行政によるチェック、勧告という方法が考えられる(群馬県谷川岳遭難防止条例や富山県登山届出条例は届出、勧告という手法をとる)。トムラウシの事故の場合で言えば、事前の届出により、参加者の数を制限し、テント、シュラフ、炊事用具などの携行を義務づけることを勧告することなどが考えられる(今回の事故パーティーは10人用テントと炊事用具をヒサゴ沼避難小屋にデポした)。
 営利的な登山の規制は営業の自由という憲法上の自由権の制約になるが、ツアー客の生命身体の安全という憲法的価値を保護するために必要最小限の範囲で正当化される。
 地形や気象など登山のリスクは地域によって異なり、ガイドが引率可能な客の数、パーティーの形態、装備、行程などは、山域、ルート、時期などによって千差万別であり、全国一律に規制するのは無理である。ツアー登山の規制は地域に応じて個別的に考える必要があり、事故のリスクの高い山岳地域では自治体の条例やガイドライン等で個別的にツアー登山を規制することが考えられる。
 非営利的なツアー登山は商品としての安全性が問題にならないが、ツアー参加者の安全を確保すべき要請がある点は営利的なツアー登山と同じである。
 ハイキングクラブなどが行う多数参加型の登山は外形的にはツアー登山と類似するが、参加者の自己責任が原則である。しかし、このような登山の場合でも参加者が「連れて行ってもらう」という意識で参加することがあり、リーダーが未熟であれば大量遭難事故につながりやすい。このような自己責任に基づく登山は、引率型ツアーのように参加者の安全を確保すべき義務は生じない。法が自殺を禁止して自殺未遂者を処罰することがないのと同じく、個人の危険な行為を「危険である」という理由で禁止することは、憲法が保障する個人の自由に対する過剰な干渉になる恐れがある。しかし、危険性の高い山域でのリスクの高い形態の登山に対し、登山の禁止ではなく登山の届出、勧告という限定された方法であれば登山の規制が可能だろう(トムラウシ遭難事故を考えるシンポジウム・報告、2010、神戸市)。

  


「登山の法律学」、溝手康史、東京新聞出版局、2007年、定価1700円、電子書籍あり

                                

               
  
 「山岳事故の責任 登山の指針と紛争予防のために」、溝手康史、2015
        発行所 ブイツーソリューション 
        発売元 星雲社
        ページ数90頁
        定価 1100円+税