第1点 原判決には、つぎのとおり民法709条に定める過失の解釈を誤った
     違法があり、判決に影響を及ぼすこと明らかである。



一.原判決が認定した事実は以下のとおりである。

(被上告人小〇の過失について)

 1. 昭和61年9月のレントゲン写真には、その胸部につき右下肺野内側
   寄り第9肋骨に重なるところに、境界不鮮明なやや高濃度の異常陰影が
   存在することが認められる。

 2. 右異常陰影の存在する部位は、・・臓器の背景から、この部位の正常
   以外のもの陰影が指摘しにくい部位であるといえることや、集団検診に
   おいて数百枚のフィルムを読影するのなどの読影条件などを考慮すると
   本件レントゲン写真については、間接フィルム読影に熟練したもので
   も「異常なし」とする可能性があり、本件レントゲン写真が、定期健康
   診断において撮影され他の数百枚のレントゲン写真と同一の機会に、当
   該被検者に関する何らの予備知識なく読影された場合、当時の一般臨床
   医の医療水準を前提にすれば、右異常を発見できない可能性の方が高い
   ことが認められる。


 3. また、右異常陰影の存在する部位は血管が錯綜し、前後の肋骨陰影が
   重なり異常が指摘しにくい部位であること、右異常陰影は大きいともい
   えず、濃い陰影でもなく、輪郭もはっきり追えず、癌の特徴とされるス
   ピキュレイションやノッチなども指摘できないこと、乙第40、41号
   証の実験結果などから、昭和61年当時の一般臨床医の医療水準を前提
   とすれば、本件レントゲン写真が定期健康診断において撮影され他の数
   百枚のレントゲン写真と同一の機会に、当該被検者に関する何らの予備
   知識なく読影された場合、右異常陰影を指摘することは困難であるとさ
   れている。

 4. 以上に対し、控訴人らは、定期健康診断におけるレントゲン写真の読
   影医の注意義務の水準としては、一般的な臨床医ではなく、レントゲン
   写真読影専門医を基準とすべきであり、そうでないとしても、被控訴人
   小〇はレントゲン写真読影専門医であったから、少なくとも本件ではレ
   ントゲン写真読影専門医を基準とすべきであるところ、これを基準とす
   れば、本件レントゲン写真について異常陰影の存在を指摘することは十
   分可能であったもので、このことはM医師ほか各医師の意見からも明ら
   かであると主張する。

   
    しかしながら、債務不履行又は不法行為をもって問われる医師の注意
   義務の基準となるべきものは、当時のいわゆる臨床医学の実践における
   医療水準であって、定期健康診断におけるレントゲン読影医の注意義務
   の水準としては、これを行う一般臨床医の医療水準をもって判断せざる
   をえないというべきであり、このことは、被控訴人小〇がレントゲン写
   真の読影につき豊富な経験を有していたとしても異ならない。
    昭和61年当時に定期健康診断において被検者について何らの情報も
   なく大量のレントゲン写真を短時間に読影する場合とはおのずから読影
   条件が異なることをも考慮すると、結局、これらの意見をもっては前記
   2の認定を左右するものとはいえない。

 5. そして、定期健康診断は、一定の病気の発見を目的とする検診や何ら
   かの疾患があると推認される患者について具体的な疾病を発見するため
   に行われる精密検査とは異なり、企業等に所属する多数の者を対象にし
   て異常の有無を確認するために実施されるものであり、したがって、そ
   こにおいて撮影された大量のレントゲン写真を短時間に読影するもので
   あることを考慮すれば、その中から異常の有無を識別するために医師に
   課せられる注意義務の程度にはおのずと限界があるというべきである。


    したがって、被控訴人小〇が本件レントゲン写真につき「異常なし」
   と診断したことに、過失を認めることはできない。


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