第90回原宿句会
平成9年2月6日

   
兼題 バレンタインデー クレソン 東風
席題 冴返る


            東 人
罅はしる大黒柱冴返る
無事無沙汰重ねてバレンタインの日
クレソンの葉先を揃へ根を打てり
青鉾の葱を鋤をり節の忌
いしぶみは山を背にして筑波東風

            千 恵 子
冴返る義肢のかさばる脱衣篭
バレンタインデーは他人事魚焼く
強東風に散りてまた寄る群雀
鼻先に寒さ張りつく骸かな
クレソンの茎苦く噛み中年期

            法 弘
秘仏の扉かたく閉ざして冴返る
強東風が煽る楠公馬上像
クレソンや婚の荷乗せて舟重し
雪折れやいのち死にゆく人の耳
バレンタインデーか人妻のやはらかし

            白 美
利休忌や高台歪む陶の碗
クレソンの置かれし皿の金の縁
強東風や横に倒れし植木鉢
枝に差す鳥の食餌や冴返る
欠席児にはかに増えてバレンタインディ

            利 孟
墨匠の名に梅の文字東風渡る
クレソンや蝋の封切る芥子瓶
冴返る小田原攻めの一夜城
バレンタインデー硝子の壁のエアロジム
室に住む黴を揉み込む杜氏かな

            希 覯 子
はかどらぬ除油の作業や東風の浜
贈り物なきバレンタインの日なりけり
耳かくしてふ髪型や寒明くる
クレソンを活かすコップの水替へる
繰り残す雨戸一枚冴返る

            正
ほろ苦きクレソン噛んで巴里の夜
君とゐてシューベルト聴く春隣
電話鳴る車内やバレンタインデー
大伽藍バッハの調べ冴返る
東風吹きて利根の流れのゆたかなる

            義 紀
日曜の朝クレソンのサラダかな
朝東風や始発電車を待つ女
バレンタイン今日も別れを告げかねて
合格に拳固めし受験生
冴え返る体育館や線交る

            笙
封閉ぢる指のためらひバレンタインデー
風花や木屋町通り灯の入る
クレソンの群きらめかす峽の川
山頂へ続く鳥居や桜東風
雪しんしん丹後の浦の朝ぼらけ

            美 子
勇退の机上にバレンタインチョコ
クレソンを噛んで抵抗する世代
強東風にはためく一筆書きの龍
南天に雪積もる帯母の老
笹鳴きに空軽くなる赴任先

            梅 艸
一陣の東風一瞬の二十歳われ
バレンタイン降圧剤の無味無臭
風琴のごと頁繰る東風の窓
クレソンの棚適温の判子かな
バレンタイン知るや丁字の浮き沈み

            武 甲
深山の大日如来冴返る
数よりも中身とバレンタインの日
東風ありと稚魚に告げたる投網かな
クレソンや箸置きて嵌まるたまごつち

            健 一
冴返る大きな雲のある梢
薄皮を剥ぎてたちまち葱香る
バレンタインデー妻の包みに笑みしこと
朝東風や鼻歌まじる漁支度
若霧のめぐりクレソン花盛り

            萩 宏
クレッソンの茎噛むくらいのじれつたさ
ベランダでのぼる紫煙や東風の中
気がつけばバレンタインデー過ぎにけり
さざ波も東風吹く方へ押されけり

            香 里
クレソンを添へて一品腕ふるふ
一つだけカードを添へるバレンタインデー
六時起き水の冷たさレタスむく