嵐のような勢いで玄関のチャイムが鳴った。
予想はしていて、でもだからこそ若島津は死ぬほど出たくなくって、20秒ほどは懸命にシカトこいていた。だけどチャイムは鳴り続けるし、やっぱりそりゃナケナシの良心だって咎めてくるし、隣近所の手前もあるし…───。
くそ。いっそ居留守を使えるぐらいの度胸が、なぜ俺には無い。
仏頂面を隠しもせずに玄関を開ける。と、そこにはあまりに予想通りの顔で、本日、天皇杯準決勝のMVP君が立っていた。
「今ッ、何分だよ!? 間に合った!?」
「……多分」
「よっしゃーッ!」
叫んで、日向小次郎君は思いきり若島津に抱き着いてきた。てめぇ玄関口で何さらすんじゃと、怒る暇はもちろん無かった。
「───誕生日、おめでとうっ」
どん、と若島津は横の靴箱によろけてぶつかった。気分的にもかなりよろけた。甘ったるい方向にじゃありません、敢えて言うなら、怒りと呆れの中間ぐらいとでも言う方向に。
「あ、ごめん。…痛かった? 大丈夫?」
「大丈夫じゃない…」
離れろよ、とにかく。
ぶつぶつ突き放して、若島津はとにかく彼を室内へ招き入れた。玄関を開けた時点でもう「負け」なのは判ってる、しょーがない。
「お前、今何時だと思ってんだよ…?」
「抜けられなかったんだよ。だから俺だってメチャクチャ焦って……マジ何分? うっわ、11時57分って、ほんとギリギリじゃん。外から電気付いてるのは見えてたんだけどさ、なに、風呂にでも入ってたの?」
言いながら、ひょいと若島津の後ろ髪に触れる。乾いた感触を確かめてか、「あ、違うな」とか勝手に一人で納得する。
「触るな、気軽に!」
「…機嫌悪いね」
だーれのせいだと思ってるんだー。
若島津は深々と嘆息して、それからキッと日向を振り返った。
「俺はな、今誰の顔を一番見たくないって、お前の顔を見たくない気分だったわけ。判ってんのか?、そこんとこ」
日向は真顔になってちょっと黙り込んだ。それから真顔のままほざいた台詞が、
「…でも、それって俺のせいか?」
ぐっと若島津は言葉を飲み込んだ。
珍しく!、日向の方が正論を吐いているのを理性では知っていた。天皇杯準決勝の試合が毎年、若島津の誕生日と重なるのも、今年のカードがこの坊やのチームとの対戦だったのも、あまつさえコテンパン(死語)にこっちが負けたのも、おそらく日向小次郎君の責任ではない。(いや、向こうが勝ったのは日向の「おかげ」かもしれないが)
だけど心情的にはそうもいかない。これが反町辺りが言った台詞だったら、自分は間違いなく一発殴るかはたくかしているところだ。
作動したストッパーは、相手に対する恋愛感情なんてものより、己が年上だという自覚からだ。こういう時、若島津はこの年齢差を損だなと本気で思う。例えば同い歳だったら、俺だってもう少し傍若無人に振る舞っちゃったり出来るのに。だいたい向こうには得してる自覚が無いってのも腹立たしい。
「あ、えと、だけどあんたのせいってのでも多分無いから! あれは…えーとあの後半ラストのFKは、城山さんのアタリのせいだよ! 確か城山さんだったよな? …そりゃ、そりゃ俺も派手にひっくり返ったけどさ、イエロー狙いでわざとコケたんじゃないぜ? あれ本気でコケたんだ、膝後ろに思いっきし蹴り入ったんだよ、担架乗ろうかと思ったくらい……、」
「───わかった! その話はもういいッ」
こいつ、わざとか。わざと俺が切れるネタを振ってんのか。
そうじゃないのは重々承知で、若島津はひきつりそうになる口許を押さえた。でないとマジでこの手は拳を作って、こいつの顔面に飛びそうだ。
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