元旦に向けての天皇杯準決勝戦、おめでとう、ウィナーは日向君のチームでした。本日午後一番で始まったその試合で、若島津のチームはボロ負けした。どの程度を「ボロ」と形容するかはまあ人それぞれにしても、若島津にとっては「ボロ」もいいとこ、やられまくりの試合だった。
 しかも失点三点中、二点取ったのが目の前のお坊っちゃんときた日には(エリア内でのイエロー、直接FK含む)。
 てめえ、しばらくそのツラ見せんな!、という気分になってても、仕方がないことではないでしょうか。
「なんだよ……。嬉しくないのかよ?」
 背中を向けて、キッチンでだかだかコーヒーの準備をしていた若島津は、日向のそのしょげた台詞に思わず止まった。
「え…──はいィ?」
「…嬉しくねえの!? 俺、すんごい焦って飛んで来たんだよ。今日中にちゃんと言いたかったんだ、電話とかじゃヤだったんだ。競技場じゃなくて、あんたにちゃんと、おめでとうって言いたかったのに…全然、そーいうのって、あんたには迷惑だったりすんのかよ!?」
 う。…おー…。
 ストレートで、あまりストレート過ぎて、若島津はうっかり息まで止めてしまった。ぎくしゃくと、回復するまで数秒かかった。
「め、……」
 うわぁ、言いたくない! が、言わないとこの沈黙はいかんともしがたい。ってか、負けですか? 試合に引き続き、ここでも俺は負けてるのか?
「……迷惑じゃ、ないよ…」
 はいはい、嬉しいよ、ちくしょう。ドアを開けた瞬間、ぱあっと真夏の向日葵みたいに笑顔になった日向を見て、ちょ、ちょっと可愛い、とかアホくさくも思ったよ。
「ホント……?」
 そっと近付いて来た気配が、後ろから腕を回して抱き締めてきた。インスタントコーヒーのビンを握ったまま、諦め、若島津は肩の力を抜いてその腕に身体を任せた。
「ホントに、ちゃんと、そう思ってんの…?」
「ああ、ホントに。…ごめん悪かった。日向がそうやって祝ってくれるんなら、…ちゃんと嬉しいって…俺も思うよ」
 左肩の上に押し付けられていた日向の頭が、ふっと動いたかと思うと顎を取られた。なんかなー、もうなー。
 いつの間にか手の中のビンも抜き取られている。いささか苦しい姿勢で雰囲気に乗せられたキスを二回して、それから若島津は腕を外させ、自分で向き直って真正面に日向を見た。
 日向は「なに?」という表情を浮かべはしたが、視線を逸らそうとはしなかった。何のてらいも飾りもなく若島津を見返していた。その見慣れた茶色がかった瞳の色。パサついて荒れた髪。
 だから自覚はあるんだ。甘やかしてるって。それぐらいには──この坊やが特別だって。
「俺だって…嬉しいよ。お前にこうやって会えるのは」
「じゃ、俺も嬉しい。すげぇ嬉しい。こうやって、あんたに好きだって言えるのが」
 くしゃっと照れたように笑って、日向はまた若島津の肩に腕を回そうとした。それをさり気なく躱す素振りで、若島津は少し悪戯心も含んで言葉を続けた。
「で、お前まさかこれで終わりってんじゃないだろう? 何くれるんだよ。人の誕生日にわざわざタクシー飛ばして来たからにはさ」
「ワイン一本と、…あと何かな。何がいい?」
 ───何でもするよ、あんたがして欲しいこと何だって。
 その眼差しときたら本当にまっさらで、若島津はいつも呆気無くヤられてしまう。頭の芯から熱に浮かされたみたいにくらくらして、こっちこそ何だってしてしまいたくなってしまう。
 僅かに屈ませ(ムカつくことにこの坊やは身長が二センチ高いのだ)若島津は日向の耳元で呟いた。
「じゃあ、…いつもより、サービスして?」
 
 かなりギャグを含んだ台詞のつもりで、だが後に、若島津はそんなことを言った自分を激しく後悔するはめになる。墓穴というのは、気付かず掘るから墓穴なのだ。
 でも言っちゃ何だが、結局はラブラブ。そんなわけでお誕生日おめでとう。
 
 

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