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「たまってっからってだけで、男に突っ込みたがるほど俺が不自由してるよーに見えるのかよ。お前、さっき自分で言ってたろ」
「外で引っ掛けるのが面倒とか…」
「おい殴るぞ、いい加減! ギャグこいてる場合かって」
「俺はまじめに疑問なのっ ギャグってられるか、自分の貞操かかってんだぞ!」
 ああ、と日向はベッドの縁に座り直して、首の後ろに手をやった。真剣になっている若島津の意図が伝わったらしい。これは日向が本気で考え込む時のクセみたいなものだった。
「なんか足んなくなっちゃってさ…」
「足りない?」
 うん、と呟いて日向はしばらく言葉を置いた。
「女とヤんのは…好きだよそりゃ。圏内の女だったら寝るのはいいよ。でも、お前に触られてんのも好きなんだよ。それは全然…なんつーか、俺ん中で別なんだよな。お前だって俺に触られんのは好きだろ?」
「なに確信持って言ってんだ」
「事実だ」
 と、そこはえらくきっぱりと日向は言い切った。若島津が赤面したくなるほど、変に自信のある断定だった。
「いや…事実たって日向、……これもう刷り込みみたいなモンだし…」
「刷り込みでもいいよ、この際は。だからさ、なんで俺ら一番気持ちいい相手が確定してんのに、わざわざ他のヤツと寝なきゃいけないんだよ?」
 正論、──か?
 危うく丸め込まれそうになりながら、慌ててぶるぶると若島津は首を振った。
「だから! それで俺が突っ込まれる理由になると思ったら大間違いだぞ!」
「お前が俺に突っ込めるもんならやってみろ!」
 若島津は大きく息を飲み、同時に派手なアクションで後ろにのけぞった。一瞬とはいえ目眩がした。物理的にも、壁に後頭部をぶつけて火花が飛ぶ。
「──しねえよ!」
「だろ? しょうがねえから俺が上かなって…」
 バカかー!、こいつ。「しょうがねえ」で男にヤられる身にもなってみろってものだ。
「ちっげえよ、問題が根本からズレてんだよ! やりたいのはお前なのっ お前一人の問題なのっ なんでそこに俺を巻き込むよ!」
「一人でできねえから巻き込んでんだろっ そんな器用なマネが可能かよ」
「そうじゃない、そーじゃなくてだなッ …俺はさ、別にこのまんまでいいんだよ。お前がそこまでこだわってる理由が、結局ゼンッゼンわかんねえの!」
「愛だろ」
 今度こそ後ろにのけぞるのも忘れ、若島津はぽかーんと日向の顔を見返してしまった。それは五秒もたったろうか、「そのアホヅラやめろっ」と日向に叫ばれるまで続いた。
「あーいィ?」
「愛だろ、愛。あるよ俺は! お前に触りたいし舐めたいし突っ込みてえよ」
 どっ…かの昔のアルコールのCMじゃないんだから。
 まだ大分惚けている若島津に、チッと日向は舌を打った。それから唐突に、おかしいんじゃないかと思うほどの迫力で、若島津の両肩に手をかけた。言葉そのものも相当にヤバかったが、その目付きと迫力の方がもっとヤバかった。
「あ待て、待て待て待てッ その理屈でいくと俺はお前に愛がないぞ!」
「お前のはダメだ、アテになんねーから」
「なんでッ」
 だってお前、と日向は効果的に声を落とした。
「───ズルイからさ」
 わからん、その理屈はまったく判らん。
 若島津がパニくっている間に、日向は若島津の身体をベッドの上に押し倒した。立てていた膝も器用に下半身を使って押さえ込み、逆襲が不可能な体勢にまで持っていかれる。
「日向、ウソ、マジ?!」
「もうちょっとマトモな悲鳴上げろよ、色気ねえな!」
 あるかー、そんなもん。
 求める日向の方が絶対におかしい。
 触ったり触られたり、つまり『お手伝い』をしあった仲でも、ここまで一方的に組み伏せられたのは初めてだった。やられてみるとかなり怖い。二段ベッドは当り前だが天井も低く、おそらくその狭苦しさも圧迫感を倍増した。
 噛むか、こうなったらどこぞを噛んでやるか。若島津が凶暴な決心を固めかけていると、先を見越したのか日向が顎を掴むように掌を回してきた。
「噛むなよ」
 痛え、と思う間もなく、日向の顔がアップで迫る。うひゃー、とか、マジかーっ、とか、日向いわく『色気のない』悲鳴を心中で叫びまくっていると、唇と舌に濡れた感触が絡みついた。
 い、いきなり舌入れるか、この男。
 キスさえ(その必要がなかったので)こいつと交わすのは初めての経験だった。とんでもない。だいたいこーいうのは男として「する」もんで、「される」もんではないはずだ。しかも馬鹿らしく情けないことに、日向のキスはうまかった。顎から指が外れ、唇の角度が深くなる。
 あ。
 ヤバイ。これはけっこー、自分的にヤバイ。
 思いあまって、若島津は決断する。噛むのはさしあたってやめといて──本気で手加減きかなそうで怖かった──右手をどうにか振り上げ、無理な姿勢から一発日向の頬を張り倒す。
「、ってえ!」
 飛ばされはしなかったものの、日向は弾かれたように頭を起こした。親指でかばった唇から血が出ていた。若島津の歯に当たって切れたらしい。
「殴るなよ…」
「殴ったうちに入るかよ、こんなの!」
 日向を押し戻して身体を起こし、咳き込みながら泣き出しそうになっている自分に若島津はびっくりした。声がうわずって掠れてしまう。隠そうとしているのに日向が気づいて、手を伸ばそうとするもんだから余計にムカついた。
「俺はっ、俺はな! 日向が好きだよ、それなりにちゃんと思ってるよ! なのに何だよ、これじゃ強姦じゃんかよ! どう、どーして、そんなふうにされなきゃいけないんだよ…っ」
 ついに押さえきれなくなって、ばたばたーっと涙がこぼれた。もう一発張っ倒したいのをこらえる代わり、胸の内で思い付く限りの悪態を唱える。この鬼畜ヤロー、たわけモン、ヘンタイ、直情馬鹿、セーヨク魔人……。
「…悪かったよ」
「──ンなこと、思ってねえのに簡単に言うな」
「思ってるよ。ツラ見りゃわかんだろ、…思ってる」
 嫌々視線を上げると、確かに日向は神妙な顔つきで若島津をまっすぐ見ていた。
「ほんとに…どーしてこんなふうにさ…なんでだよ、なんで日向はそんなに慌てんだよ」
「本気だからだろ。お前とヤりたい。…お前だけ触ってたい」
 そっと顔が近付き、日向の舌が頬の涙を舐めとった。涙そのものは最初の勢いだけですぐ止まっていた。頭を少し傾け、日向の好きにさせながら、若島津は熱くなってきそうな下半身に気が付いた。それが今の日向の台詞のせいなのか、それとも親しんでしまった条件反射によるものなのかはよく判らなかった。
 くそったれ、なんだってこんなこと。
 俺ら、馬鹿みたいじゃんか。
 半端な興奮とやけくその気分も昂まってきて、若島津は日向の頭を押し退けた。愛ってなんだよと、日向を怒鳴り付けたい気持ちだった。だがそうはせず、複雑な顔の日向の顎を掴み、今度はこっちから唇を押し付ける。
 それから次に吐き捨てた台詞は、もうやけくそ以外の何者でも無かった。
「お願い、やさしくして」
 絶句した日向に、その瞬間「勝った!」と思ったが、もしかしてやっぱり負けたのかもしれない。
 
 ───謎は深まる。
 

 

.......つーびー・こんてぃぬー

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