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「なッ、…う…っ」
「はよー。そんなんで寝こけっと風邪ひくぜー」
 殴られる前に、こちらはさっさと梯子段を下りて退避する。ば、とか、て、とか一音ずつを日向は複雑に発声しつつ(おそらく「ば」かヤロー、「て」めえーっ、と続くと思われる)腹を抱えてのたうち回った。
 内心、ちょっとやり過ぎたかなとは若島津も焦ったが、そんなこと今更詫びても意味ねえもんなと、あっさり頭は切り替えて背中を向ける。日向は後ろでしばらく呻いたり罵ったりを繰り返していて、それでもベッドから下りては来なかった。代わりに雑誌が若島津の後頭部に飛んできた。
「おわ、イテ!」
「ばっ…かやろーっ 殺す気か…ッ」
「死なねぇ死なねぇ、こんくらいじゃ死なねーって」
「お前、いつか覚えてろよ、……こんなんじゃ済まねえやり方で見舞うからな……」
 ぶつぶつ唸りながら、一応は上半身を起こしたらしい。その音を背中で聞きながら、若島津は机横の自分のドラムバッグを取り上げた。中から教科書とノートとカンペンを出し、少し考えてから英和の辞書も棚から取って机に並べる。首にかけていた濡れたバスタオルは広げてベッド下段に放って、乾いた別のタオルを頭に被る。
「なんだ、これからやんのか?」
「うち、明日リーダーの小テストなんだよ。やべぇよ、ほとんど何にもやってねえよ。……日向んクラスとは担当違うっけ?」
「ああ、…うん。たしか…」
 ごしごしと片手でまだ濡れた髪をこすり上げ、片手ではついでにシャツのボタンを外す。これはほとんど他意の無い動作で、思ったより肩が濡れていたから、上だけもう寝巻きに着替えちゃおっかなとかその程度の考えだった。
 なのに、斜め上後ろから、今度は日向の枕が飛んできた。
「お前、それヤめろ……っ」
「ああッ? 何がっ!」
 質量の分、雑誌よりこっちの方が衝撃はキツかった。若島津は怒鳴り、落ちた枕を床から拾って叩き返した。
「電気か?! 着替えてから言えよ、つか先に口で言え!」
「違う! えっちくせーんだよ、せめてジーンズのボタンは留めろッ」
「……ボタンっ?」
 己の姿を改めて顧みる。髪は濡れてばさばさで(若島津の主観による)、シャツはだらしなく脱ぎかけで(あくまで若島津本人の主観による)、見えている臍の下には、確かにジーンズの一番上のボタンははめていない。だがそんなのは若島津に限った話ではなく、大抵の男子は部屋の中では、そんなのは外しっ放しでいるものなのだ。もちろん日向だってご同様。
「えっちって…はぁー? どこがよ?」
「どこもかしこもだよ、バカヤロー! お前、エロくせぇんだから少し手前ェでセーブしろッ」
 エ、エロくさいまで言われてしまった。
 若島津が呆然としている内に、だかだか日向はベッドを下りてきて、若島津の胸元を掴んでガバッと閉じた。
「身がもたねえ…」
 俯き、人の胸ぐら、というか襟元を掴んだままで、そんな台詞をぼそっと言う。何ぬかしてやがるんだと若島津は思って、日向の手から自分のシャツをもぎ離した。
「ふざけんな、勝手に人をエロもの扱いしてんじゃねえ!」
「じゃあ言うけどな! 今日の午後練の後のだって、お前、エロくせーから反町にあんな遊ばれ方されんだぞっ」
「ありゃ別だろ! 何でそーくるよ、あんな程度のはシャレだろ誰にだって!」
「じゃあ相手が俺だったとしてだ! お前、反町がボタンまで外すと思うか?! しかも第二ボタンを肩抱いてまで!」
 日向の勢いにつられて想像してみる。
 しない、でしょう。肩を抱くのは冗談でしたとしても、……あれぇ? 確かにボタン外すのは(しかもそう言や首まで触った)…しない、かも。
「…あれ?」
「無意識にやってんだよ、そりゃ知ってるけどなっ 別に誰もおかしーと思ってないんだ。判るか?、この意味! あそこはグロくて笑うとこなんだよ! あいつらみんな気付いてねーけど、お前がえっちくせぇから、そこで笑いが別の方向に滑ってたんだよ!」
 ええと。若島津はうまく言えないが、うまくは表現出来ないが、非常にサムくなって思わずシャツを今は自主的にかき合わせた。
「……あれ?」
 えっとー。
「お前、──…野放しに出来ねーよ、怖すぎて。頼むから自分でそこいらセーブしろよ」
「どうやって!」
 日向もかなりムチャクチャなことを突き付けている。百歩譲って…もしくは一万歩くらい譲って(若島津の心象的距離としてはそのくらいだ)日向の言ってることが正しいとしよう。俺にはむやみにエロくさい部分があるとしようッ
 だが、それを一体どーやってセーブしろと言うのだろうか。そんなん、わざとやってるんでは無いんだからして。う、泣けそうだ。
「くそ、そんなん俺のせいかよ…」
「お前以外の誰のせいだよ!」
 だ、誰のと言われても。少なくとも俺だけのせいってのはおかしい気が。とゆーか、日向はこっちのことだけやけに追求するが、
「あのさァ! そこで俺だけ責められんのっておかしくね?! 日向の方がよっぽどエロい時があんだろーが!」
「いつだよ!」
「いつって、…ふっ、風呂場でとか、寝てる時とか、声と、手、手の指がエロくさい! あと、目を下からゆっくり上げて…見る、正面顔とか…」
 言いながら若島津は途中でしまったと気が付いた。
 しまった、大失態だ。これじゃ自分が日向のどこにエロを感じるか全部バラしたも同然だった。ちゅーか、感じてるのか、俺。びっくりだ。やー、そうか。エロ度を日向に感じてるってことは、そーいうことか。
「手…?」
 日向は自分の手をまじまじと見て、それからゆっくり、指先まで丁寧に開いて、若島津の顔の前に突き出した。当然、つられてそっちを見てしまう。それは普段の日向の指より滑らかな──つまりそう、えっちくさい動きで若島津の顔に近付き、ついに口許を覆った。
 わ。
 きた。今、下半身に直下型でキた。
 慌てて、口を無理に開けて何か言おうとしたら、舌先に節くれだった指があたった。砂っぽい味がしたのは多分気のせいだろう。ピクリと、その途端に日向の肩と腕が揺れたのが判った。
 押されるように身体が後ずさり、机にジーンズの太腿がぶつかった。もー無茶苦茶に、最低サイアクに互いに交わす視線はエロくさい。
 あと、俺何つっちゃったっけ、声、と目が───。
 日向は目線を一度下げ、そうしておいて焦れったいほどの動きで上げながら、若島津の頬の側に顔を近付けて囁いた。
「……わかしまづ……」
 その瞬間、思考する間もなく、若島津はとっさにかん高く叫んでいた。
「───やめてっ、イヤッ えっちーッ!」
 ガタ、と日向が横に崩れた。ギャグコントのように脱力して膝を落とした。
 そのまま椅子も巻き込み、ついでに若島津も巻き込み、派手に二人して床に倒れ込む。
「お前なあ…ッ!」
「俺、明日小テストだって言ってんだろーッ」
 寒い。マジ寒い。この悪寒はいつまでも濡れた髪に薄着でぶったるんでたせい。テストなのにぃ、これで風邪引いたらどうしてくれる。
 盛大なくしゃみを連発した若島津に、日向はもの凄い形相で、椅子の背にかけてあったハンテンを叩き付けた。
 
 ───真理。この世に巡るシンリって一体何なの。それは食べられのかしら、もしかして美味しい?
 ああ神サマ、プリーズ。どうかおせーて。
 

 

.......つーびー・こんてぃぬー

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意外と(?)笑いを取れたらしき事にホッとし、晴れて続編掲載。予告通りに、赤裸々な割にまったく色っぽくなくてすいません。