星の流れる気配に、女王は目を開けた。
瞬間的に悲鳴を上げそうになり、慌てて口を押さえる。
 
(…寝室にいたはずなのに…、これは夢?)
女王は宇宙のただ中に一人で浮かんでいた。
辺りでは、暗闇に浮かぶ光を無くした星々が、砂山が崩れるように静かに、
そしてあっけなく粉々になって壊れていく。
 
見間違いようもない、1つの宇宙の終わり。
 
女王はいずことも知れぬ宇宙の終焉に立ち会っていたのだ。
 
アンジェリークは、意識を広く周辺に飛ばした。
すでに生命の力はどこにも感じられず、完全に熱量を失った星々が、何かの法則に従ってでもいるように、
秩序正しく無に戻っていく。
 
音もなく進んでゆく崩壊の様は、まさしく滅びの美と呼ぶにふさわしい。
アンジェリークは、その虚無的な美しさに、いつしかじっと見入っていた。
 
やがて辺りが完全な静寂の安らぎに包まれた頃、その消えた宇宙の中心に小さな光が生まれた。
蛍のように頼りない小さな光。
 
それは、この最後を看取った女王の光に引かれるように、急速に光を広げ、女王に向かって移動してきた。
 
『これは何?』
白熱する強い光に包まれ、女王は悲鳴を上げる。
瞬間、彼女は見慣れた自分の寝室で覚醒した。
 
アンジェリークは、胸を押さえて半身をベッドの上に起こした。
荒い動悸は容易に治まってはくれず、アンジェリークは何度も深く息をつく。
(今のは、夢だったの?)
自分に問いかけ、そしてすぐに首を振る。
(いいえ、あれは違う。私は真実、1つの宇宙の最後に立ち会ったの。そして、…あの光…)
 
完全に光に包まれ、覚醒する直前、彼女の耳に届いた声。
 
『必要な力は3つ。水と、炎と、そして』
 
最後に何を言ったのかは聞き取れなかった。
それでも女王は確信していた。
(あれは真実。そして、あの言葉は何かの啓示)
 
何かが起こる。でもけしてそれは不吉な力ではない。
確証はないけれど、それは確か。
私の、女王のサクリアが、それを教えてくれる。
アンジェリークはそっとベッドから降りると、窓際に歩み寄った。
窓を開けると、さっと澄んだ空気が室内に流れ込む。
 
(何かが変わる)
聖地の空気は、すでにその予兆をはらんでいた。
 
 
同時刻、水の守護聖も自分の寝室で目を覚ました。
理由は分からない。
が、何か胸の奥でしきりに急かされているような気がする。
 
リュミエールは奇妙に落ち着かない気持ちのまま、そっと庭に続くガラス戸を大きく開け放った。
なぜそんな事をしたのか分からない。
でも何かに引かれるように、リュミエールはそのまま庭へと降りていった。
 
細い眉月の光だけが、頼りなく庭を照らす。
星も見えない夜空に、リュミエールはいっそう心が揺らぐのを感じた。
 
ふと。
庭に咲く花の間に、小さく光るものが見えた。
何かと思い近づく。
それはまるで蛍の光ほどの大きさで、微かに脈動しているように見える。
 
(脈動?)
なぜ、そんな言葉を連想したのか、リュミエールは不思議に思った。
まるで生き物のよう。
引かれるままに、リュミエールはその光の側にそっと膝をつき、ゆっくりと手を近づけた。
 
『必要な力は3つ。最初は水、そして炎、それから』
 
幻聴のような言葉が、頭の中で聞こえた。
それっきり、リュミエールは意識を飛ばしてしまっていた。
 
◆◆
 
枕元のあわただしい人の声に、リュミエールは薄く目を開く。
室内はまだ薄暗く、部屋の隅のライトの、暖かみのあるオレンジの明かりが目にはいる。
(なぜ、この夜更けにこんなにも人が動いているのでしょう…?)
ぼんやりと頭を動かすと、それに気が付いたのか、聞き慣れた執事の、少し慌てた声が聞こえた。
(…珍しい事…、いつも慌てたところなど、見たこともないのに…)
リュミエールは、普段落ち着き払った初老の執事の顔に、酷く狼狽した色があるのを見て不思議に思った
執事は主が目覚めたのに気が付き、急いで枕元に膝をついた。
 
「リュミエール様、お加減はいかがですか?一体、何事があったというのでしょうか?」
リュミエールはきょとんとした。
執事曰く、彼は庭に倒れていたのだそうだ。
「このような夜更けに外でお倒れになるなど、何か、お体に異変でもおありになったのではないかと、
今ルヴァ様のお屋敷に使いを出そうかと思っていたところです」
その言葉に、リュミエールは思わず失笑する。
「…ご心配をおかけしてしまったようで、申し訳ありませんでした…。でもこんな夜更けにお呼び出しなどしては、、
ルヴァ様にご迷惑です。使いを出すのは、止めてくださいね」
穏やかな主の言葉に、執事はまだ不安そうではあるが、頷いた。
 
夜中に騒がせたことを執事に詫びてから、リュミエールは1人になった寝室でさっきのことを思い出してみる。
 
…あれは何だったのだろう…。
不思議な光。
だが執事が私を見つけたときは、そのような光は何もなかったのだという。
それに、耳にしたあの言葉は。
どういう意味だったのだろうか??
 
リュミエールは軽く眉を寄せて寝返りを打った。
その時、彼は不意に気がついた。
自分の体の変調に。
背筋を流れる冷たいものに、自分の勘違いだと言い聞かせつつ、落ち着いて
もう一度自分の身体の様子を探る。
だが何度探ってみても、「それ」は変わりなかった。
リュミエールは蒼白になって体を起こし、そっと自分の腹部に手を当てた。
 
(……)
リュミエールは震える声で、下がらせたばかりの執事をもう一度呼び寄せた。
「何かご用でしょうか?やはり、どこかおかしいところが?」
忠実は執事は急いで主の元へくると、そう心配げに聞いた。
 
主は血の気の失せた顔で、ようやく声を振り絞るようにして言う。
「…やはり、ルヴァ様のもとへ、使いを出してください…。こんな時刻に申し訳ありませんが、どうしても
至急にご相談にのっていただきたいことがあるからと…」
そのせっぱ詰まった様子のリュミエールに、執事は急いで部屋を出てゆく。
 
リュミエールはもう一度腹部に手を当て、文字通り、信じられないといった顔で呟いた。
 
「…こんな事は、あり得ない…、あり得るはずがないのに…」