翌日、早朝からの呼び出しに守護聖一同宮殿に集まっていた。
しかもいつもの集いの間ではなく、補佐官ロザリアの私的な居間にである。
普段は華やかなお茶会に使われるテーブルにつくと、一同はロザリアが現れるのを待っていた。
しかし、――そこでやはりジュリアスが眉をしかめる。
 
「ルヴァとリュミエールがまだ来て居らぬではないか」
クラヴィスでさえ珍しく時間通りに来ているというのに、普段ならあり得ないような人物の遅参に、
ジュリアスはピリピリと肩を怒らせていた。
ややあって。
女王アンジェリーク、そしてロザリアが続けてその場に現れた。
 
普段はいつも明るい女王が、何やら酷く困惑顔である。
宇宙に大変な事態が起きて、それで困っているというより、本当に「何が何やら」といった雰囲気で、
眉をへの字形に顰め、しきりにこちらも困惑下なロザリアを突っついていた。
何か奇妙な違和感を感じつつ、それでもジュリアスは規律正しく立ち上がり、礼を取る。
そしてルヴァとリュミエールがまだ来ないことを、自分の責任のように詫びる。
また女王とロザリアは目を見交わした。
 
「…実は、その事でお集まりいただいたのです。昨夜、その、なんともうしますか、緊急事態がありまして…
詳しいことはルヴァから説明していただいてくださいませ」
いつになく歯切れ悪くロザリアは言うと、隣の部屋の人物に向かい、小声で忙しなく招く。
守護聖達は顔を見合わせた。
「ルヴァはもう来てるの?」
オリヴィエが訊ねると、ロザリアと女王はまたもや目を見交わせ、二人して困り顔をする。
何事かと一同が妙な心持ちになったところで、これまた困惑顔のルヴァが、非常にばつが悪そうに
入ってきた。
 
「説明…と言われましても、その、なんと言いますか、はあ…」
「何でもよろしいですから、先ほど陛下にご報告下さったことを、そのまま仰ってくださいませ」
その様子は、どう見ても「押しつけ合ってる」ように見えた。
しびれをきらしたジュリアスが、いかめしくルヴァに向かい、
「女王陛下の御前で見苦しい前をするのではない、ルヴァ、どういうことか承知しているのならば、
説明するがよい」
と説教口調で告げた。
 
ルヴァが言いづらそうにため息を付いた。
「はあ、このような内容は、ロザリアの方から言っていただけると、助かるのですが…」
「…ここはやはり、直接具合をお確かめになったルヴァの方が…。なんと言っても、わたくしに会うことは
リュミエールの方から、止めてください、ともうされたのですもの…」
酷く同情下なロザリアに、一同はまたもや顔を見合わせる。
ロザリアに会うことを、あのいつでも他人の都合を考えて行動するリュミエールが拒否するなど、正直考えられなかった。
 
おそるおそる、と言ったようにマルセルが手を挙げた。
「あの…、具合を確かめたって、リュミエール様、どこかお体の具合が悪いのですか?」
「ふん、あの水殿が体調を崩すなど、別に珍しいことでもないだろう」
嘲笑するような憎まれ口を叩いたのは、リュミエールとは日頃反目し会っているオスカーである。
この一言は当然ジュリアスの耳に入り、
「女王陛下の御前にて、そのような人の身体をあざけるようなことを言う物ではない」
低く注意を受け、オスカーは「失礼いたしました!」と実に素早く頭を下げる。
その間もおろおろと両手を握っていたルヴァは、ついに覚悟が付いたのか、ぽそぽそと話し出した。
 
「…実はですね、夜明け前に、リュミエールの具合が悪くなったから、来ていただけないかと、水館から知らせが入ったのです。このような時間に知らせをよこすなど、何か大変なことでもあったのかと、とる物もとりあえず
水館に行ってみましたところ…、その、執事も詳しいことは判らないと、非常に混乱した様子で…」
「前置きがなげーんだよ」
面倒くさそうなゼフェルのまぜっかえしが入り、ルヴァはまたもやアワアワと何度も首を振る。
「ああ、そうですね、それでリュミエールの寝室に案内されていきましたところ、リュミエールが私1人だけ
入って下さいと、彼らしくもなく慌てた様子でそう言いましてね。それで1人で寝室に入ったところ、
なんと言いますか、その、彼も混乱した様子で、説明も何やら要領が得ませんで…」
そこでまたゼフェルの「おっさんの話の方が要領を得ない」というつっこみが入る。
ぎろっとジュリアスに睨まれても悪びれる様子のないゼフェルに、ランディとマルセルが同時に「しーっ」と
口に指を当てた。
「それで、どうだったの?」
オリヴィエが先を促す。
 
気を取り直したルヴァは、息を吐いてしゃべり続けた。
「え〜〜と、とりあえずですね。今現在のリュミエールの体調についてです」
袖の中から、メモのようなものを取りだし、それを読み上げた。
「早朝から、胃のむかつき、下腹部の張り、足の付け根のつっぱり感。深刻なのはひっきりなしの吐き気です。
水でも何でも口に入れた側から、胃の内容物がなくなってもなかなか治まらないようです。
それから、立ちくらみ、貧血症状なども現れてます」
そこまで聞いたオリヴィエが、可笑しそうに吹き出した。
「あのさ、ルヴァ。こんな事いっちゃなんだけど、それって『つわり』みたいじゃない?」
冗談のつもりだったらしいオリヴィエは、ホッとしたように頷いたルヴァの返事に思わず惚けた顔で口を開けた。
「ああ、そうです。察してくれて、嬉しいですよ。リュミエールは『つわり』なんです」
 
室内の空気がブリザードのように冷たく凍り付いた。
 
◆◆
 
凍り付いた一同とは裏腹に、ルヴァはオリヴィエが理解したと思ったのか、急に口調がはきはきとなる。
「え〜とですね。とりあえず執事には、しばらくリュミエールを安静にさせて、食事はできるだけあまり刺激のない、普段から好んでいるようなものを少量ずつ出してください、というように言ってきました。何しろつわりというのは、物を食べると吐く、そのくせ空腹でも吐く、というやっかいな物らしいですからね。
いえ、これは帰ってから急遽調べたことなんですが」
ジュリアスが引きつった顔で、ルヴァを遮た。
「つ…、つわりという事は、つまりリュミエールは…」
「そうですね、いわゆる『妊娠』している状態、といえますね」
 
あっさりと答えたルヴァに、金縛り状態だった年少組が一気に騒ぎ出した。
オリヴィエでさえ、頭を抱えている。
一見冷静に見えるのは、首座のジュリアスと、日頃から慌てたところを見たことがないクラヴィスの二人だけだ。
オスカーが呆れたように零した。
「…普段から女みたいな顔だと思ってたが、まさか妊娠するとは思わなかった…」
「…オスカー…あんた、まさか、リュミちゃんに手を出した訳じゃないよね!」
オリヴィエが低く低くそうのたまう。
なんとなくルヴァの台詞を冗談で終わらせたい、という願望が込められてるような言い方だったが、
オスカーは苦笑いをした。
「馬鹿言え、俺は関係ないぜ。あいつが本当に女、ってのならともかくな」
「いいえ、関係がない、とも言えないの」
それまで黙っていた女王が口を開いた。
 
注目を一身に浴び、女王は昨夜の夢を思い出しながらいった。
「必要な力は3つ。水と炎と、そして…、最後の言葉は聞き取れなかったの。でもリュミエールもこれと同じ言葉を聞いたらしいの。そうよね」
確認するように問われたルヴァは急いで頷いた。
今度はオスカーが注目を浴びる。
 
「恐れながら、私は何も身に覚えがありません」
慌ててオスカーが言い切ると、ようやく女王が小さく笑った。
「もちろん、オスカーが何かした、なんて思ってないわ。リュミエールの体に何が起きたのか判らないけど、
私も感じるの。リュミエールの中に別の存在がいるのを。小さくて頼りない、無垢な胎児のような、そんな存在を。
でもそれはけして、通常の妊娠のように赤ん坊がいる、と言うわけではないの。
詳しいことは、これからまだ調査しなくてはいけないわ。私が心配なのは、水と炎という言葉。
つまり、オスカーにも何かあるかもしれない、という事なのよ」
 
その意味に、少し遅れて全員が気が付いた。
「それは、その、オスカー様も妊娠するかもしれない、という事ですか?」
聞きづらいことを、あっさりと口にしたのは、勇気をもたらすランディである。
「そんな事があるか!」
さーっと顔を青ざめさせたオスカーが勢いよく立ち上がり、女王の前だというのに大声を出した。
「…リュミちゃんのつわりだって、『そんな事あるか』の世界よね…」
オリヴィエがぼそりと呟く。
 
女王は大きく頷いた。
「そうなの。これから何が起きるか判らないけど、これはけしてオスカーにも無関係、って事ではないはずなの。
それで女王命令です」
毅然とした口調に、オスカーは条件反射でぴしっと直立不動の姿勢をとる。
「リュミエールのこの一件が完全に落着するまで、オスカーはリュミエールに付き添うことを命令します。
リュミエールはもちろんだけど、オスカーだって、要注意人物であることは変わらないもの。
どうせなら一緒にいてくれた方が、調査する方だってあちこち動かなくてすむし、一石二鳥だと思わない?」
 
完璧硬直状態のオスカーを気にせず、女王はにっこりとした。
「それで、リュミエールの体調や、あとあまり騒ぎが大きくならないようにと考えると、生活は水館でしたほうが
何かと都合がいいと思うの。身の回りの物を持って、当分はそちらにいてちょうだい」
「あ…、陛下、それは…」
慌てて何か良いわけを考えようとするが、女王はすでに決定事項のように、ルヴァの方を向いて、「妊婦に対するときの注意点とかを教えてあげてね」、なんて話している。
救いを求めてオスカーはジュリアスの方を見た。
しかし、尊敬する首座殿は、この信じられない事態にすっかり放心した様子で頭をふっている。
そして
「…女王陛下のご命令である。オスカー、しっかりリュミエールの介護をするように」
と疲れ果てた口調でそう告げた。
 
オスカーは自分も貧血を起こしかけの気分になった。
(…なんで俺が、あいつの世話なんぞ…)