THANKS
 
 
忙しかった。
なんだかめちゃくちゃ忙しかった。
朝から夕方まで、ひたすら忙しかった。
そして夜、オスカーは主星の某所にあるという、何とかいう場所に向かい
無理矢理シャトルに乗せられた。
 
その強引ともいうべき仲間達の仕業に、ありがたすぎてオスカーは涙がでる。
今日は彼の誕生日だというのに。
 
 
一年に一才歳をとる。
普通ならば当たり前のことだが、こと守護聖であればそれは当たり前ではない。
誕生日を祝うのは、単なる習慣とか、便宜上のことである。
 
実際にオスカーは聖地で何度目の誕生日を迎えたのだろうか?
外界であれば、とっくに化石なってるんじゃないか?というくらいの
年月が過ぎているだろうが、聖地にいても、守護聖はやはり歳の取り方が
仕える者とは違う。
 
オスカーは聖地にきて4回以上の誕生日を迎えているのは確かである。
しかし彼の肉体年齢は、精密に検査してみても22才。
22才のまま、何度誕生日を迎えたのだろう。
今更歳を数えるのも馬鹿馬鹿しいが、それにしたって、
これが「祝い」とばかりに、ひたすら仕事ばかりプレゼントしてくれなくとも
良いのではないか、とシャトルの中でオスカーは一人憤然とする。
 
おかげで今日は欲しかったたった一言すら聞けなかった。
たおやかで優しい恋人の。
「お誕生日おめでとうございます」という当たり前のたった一言。
オスカーは、リュミエールと今日は朝から一度もあって無かった。
 
早朝、夜が明けてすぐ、宮殿からの使いでオスカーは叩き起こされた。
別に誰かのように惰眠をむさぼる習慣はないが、
それにしても、日が差してすぐ!とは、ちょっと早すぎる。
 
呼ばれた用件は、昨夜の夜番の衛兵からの報告だった。
いい加減にしろ!!(怒)
 
かっかしながら仮眠でも、と仕方なく執務室隣の寝室に行こうとしたら、
今週の警備担当者から予定の確認を頼まれた。
そんなに急ぐことか??
 
すでに日はすっかりと昇っている。
仕方なくオスカーは通常執務に入る。
とりあえず気分直しに恋人に朝の挨拶でも、と腰をうかしかけると、補佐官殿の呼び出し。
 
「朝早くから出仕されてたと、お聞きしたので」
気をつかって朝食を用意してくれたのは嬉しいが、なぜに2時間も…?(女王のお茶会になだれ込んだ)
 
補佐官の居間から、直接リュミエールの部屋へ、とけなげに考えてると、
その扉の前から秘書どもに連行された。
 
「書類が回ってきております」
急ぎ以外のも混じってるぞ?
それなのに、何で机の側で監視してるんだ、お前ら!!(怒)
 
昼までびっしり、わき目もふらずにチェックとサイン。
どうだ、完璧だ、文句はあるまい、文官ども!
デスクワークからようやく解放され、オスカーは立ち上がる。
すると、待っていたように執務室にやってきた使いが、彼に言う。
「ジュリアス様が、お昼をご一緒に、とのことです。用意は整っておりますのでどうぞ、ご一緒に」
有無を言わさぬその態度、さすがジュリアス様の使い…、と感心している場合じゃない。
食事のあと、ジュリアス様への報告会になだれ込み、気が付けば、もう4時。
泣ける。
 
もう我慢が出来ない、廊下を殆ど走る直前の急ぎ足でリュミエールの執務室に向かう。
その途中でまたもや邪魔者が立ちふさがる。
「申し訳ありませんが、王立研究院まできていただけませんか?」
と慇懃な主任が。
「後にしてくれ」
考える前にその言葉が口から出た。
「急いでおります。大至急、オスカー様のご意見を伺いたいのです」
緊急事態であれば、後回しにはできない。
渋々ながら、オスカーはエルンストと一緒に研究院に向かう。
そこで、なにやらモニターを見ながら、ことさら専門用語を連発で説明される。
「もう少し、素人にも分かるように言ってくれ」
不本意ではあるが、オスカーはそう言う。
理解できなかったと明言するのは悔しいが、それで肝心の内容が分からなくては本末転倒。
とにかく情報は正確に把握しなければならない。
 
エルンストはこともなげに言った。
「直接、現地に赴いていただき、その目で確認していただけるのが一番かと」
 
だからって、その場で研究員用のシャトルに乗せることは無かろうが〜〜!!
 
惑星内移動用のシャトルの座席で、オスカーはむっつりと外を見た。
聖地を抜け、主星のどこかに向かっているようだが、パイロットは
「とにかく現場にいらっしゃれば分かります」というだけで、目的地の地名を言わない。
言っても守護聖には分からない、とでも思っているのだろうか?
腹が立つ。
 
外は夜の闇が広がっている。
今外界の日付はいつなのだろうか。
とにかく、「自分の誕生日」でないのは確かだ。
 
シャトルの窓と水平に、後ろに白い物が流れるように飛んでいく。雪だ。
いったいどの辺りに今いるのだろう。
細い月の光をはじき、積もった雪が白く頼りなく浮き上がって見える。
 
町の上空を抜け、辺りは一面の雪景色。
白く雪化粧した針葉樹の森は、まるでクリスマスツリー売り場のようだ。
ここまできて、オスカーはようやく諦めがついた。
もともと、いつまでもじたばたとするような性格ではない。
 
リュミエールの顔を見ずにここまで来てしまったことだけが残念だったが、
聖地に戻ったら、真っ先に謝りに行こう。
きっと、彼だけは用意していてくれたはずだ。
誰が忘れていようが、恋人のための祝いの準備を。
 
どこへ連れて行かれるか、小さくため息を付きつつ、じっとシャトルの行く方向を
窓から見据える。
戻るのはいつだろうか。明日には帰れるか。
時間の流れが違うから、こちらでは明日でも、聖地ではひょっとしてまだ「今日」かも…。
未練がましく考え、オスカーはもう一度ため息を付きながら、その期待を振り切る。
気持ちを切り替えて、調査に専念しなければ、ますます帰るのが遅くなるだけだ。
 
やがてシャトルの向こうに、暖かな明かりが見えてきた。
山のホテルを連想させる、小さいが暖かみのある雰囲気の洋館。
シャトルが辺りの雪を乱さないように、静かにその正面に降りる。
 
ドアが開き、降りようとして、オスカーはパイロットがそのままなのに気が付い。
「お前は降りないのか?」
不思議そうに聞くと、より不思議そうにパイロットが答えた。
「こちらで必要とされているのは、オスカー様だけです」
 
なんだ?とオスカーが眉を潜めたとき、洋館の扉が開き、中の柔らかな明かりが、雪をオレンジ色に染めた。
そして耳に染みこむような柔らかい声。
 
「いらっしゃい。お誕生日おめでとうございます、オスカー」
目をむけた先で微笑むのは、文字通り、今日一番見たかった優しい顔。
「リュミエール…」
 
 
オスカーが何がなにやら分からないまま、程良く暖まった館の居間に落ち着いた頃、彼を送ってきたシャトルは来たときと同じように静かに飛び去っていった。
 
洋館の中にはリュミエールと2人切り。
暖炉の前にしかれた毛皮の上に直接オスカーは座り、パチパチと音を立てて燃える薪をじいっと見つめている。
リュミエールはよく冷えたシャンパンをテーブルの上に置くと、そっとその隣に座った。
オスカーがリュミエールの顔に目をやると、彼は悪戯っぽい目で微笑みながら見返してきた。
 
「みんなで企んだな」
「何の事でしょう?」
とぼけた返事だが、その口元が今にも吹き出しそうだ。
 
「朝からやたら忙しかった。それもこれも、お前に逢わせないためだったんだな」
わざとらしく怒ったように言うが、リュミエールはますますおかしそうに目を輝かせている。
「何でこんな所まで連れ出す必要があったんだ。2人で過ごすなら、聖地でも十分じゃないか」
「聖地には雪は降りません」
リュミエールは子供を宥めるような口調で言った。
「あなたが以前に仰ってたでしょう…?誕生日はいつも雪だった。真っ白い朝、
いつも生まれ変わるような気がしていた…、と」
 
オスカーははっとして記憶をたぐった。
確かに彼の誕生日の頃、故郷はいつも雪だった。
だから?
 
「女王陛下のお計らいです。今日から一週間、ここで休暇を頂いたのです。
…むろん、あなたが不満だと仰るのでしたら、明日にでも聖地に戻っても良いのですが」
「不満だなんて事は、あるわけないだろ!」
とっさに言ってから、オスカーは大きく息を吸い、考え込むように大きく眉をしかめる。
 
「俺は何の準備もしてないぞ。一週間は長すぎないか?」
「大丈夫です。朝、あなたが出仕された後、炎館の方々が必要なものは全て準備してくださいましたから」
「仕事だって、一週間も放っておいたら」
「あなたはとても優秀な方ですから。今日一日で全てが片づいたとのことです」
ああいえば、こういう。
確かに今日一日のことは、全て企みのうちだったらしい。オスカーは降参、とでも言いたげな苦笑を浮かべる。
 
「俺の誕生日を雪景色で過ごさせると?それはありがたいが…」
自分の誕生日は聖地の時間。
別にこだわる気はないが、それでも小さなしこりが残る。
「…ここの日付はいつだ?俺の誕生日は…」
 
リュミエールの笑みが深くなった。
「今日は12月の21日です。あなたの誕生日です」
え?とオスカーが顔を上げる。
「お気づきになりませんでしたか?ここの日付は12月の21日。そうなるように、
女王陛下が時間を調節されていたんです。間違いなく、今日はあなたの誕生日ですよ?」
軽く目を見開いたままのオスカーの視界に、にっこりと微笑むリュミエールの顔が大写しで写る。
 
「お誕生日、おめでとうございます。オスカー…」
今日一番聞きたかった言葉。
柔らかい唇の感触に続き、なじんだリュミエールの体重が、ふわりとオスカーの腕の中に降ってくる。
「あなたが生まれてきてくれたこの日を、私は心から感謝します」
 
自分が生まれた日に、生まれたことに感謝を。
そして愛する人が生まれた日に感謝を。
 
ぬくもりを抱きしめながら、誕生を祝う本当の意味を、オスカーは初めて知ったような気がした。
 
 
Happy Birthday