夢を見た。

 此処はどこだろう。
 気温は低い。
 雲が足の下に見える。
 薄い空気に、高い山の上だ、と気が付いた。
 どこかの岩山だ。
 冷たい、枯れた、乾いた霧があたり一帯を包んでいる。
 なぜこんな所に居るんだろう。
 ああ、思い出した。
 此処は惑星「サクサイワマン」だ。
 確か、先日、視察で行った星の古い遺跡のあった場所だ。
 崩れた石組みに石畳の街路。
 この先にあるのは、古い崩れた太陽の神殿。
 かつて、何十人もの乙女が、巫女として仕えていたという。
 今はなにもない、ただの廃墟だ。


「俺」はどこへ向かって歩いているんだろう。
 天には硬質な輝きの下弦の月。
 淡いプラチナの月光が、霧を溶かすように薄れてゆく。
 人の気配がする。
 呼ぶ声も聞こえる。
 
女性の声だ。それもかなり若い。
 声の方へ行ってみた。

 名前を呼んでいるようだ。
。『はばたく鷲』よ
 声が近付いてきた。
「私の愛しいあなた。『はばたく鷲』どこへ行ってしまわれたのですか?」
 霧が晴れた。
 目の前に立つ麗人が、こちらに向かって手をさしだした。
「愛しい人。『はばたく鷲』。やっと戻ってくださったのですね」
 長い髪をいくつにも束ね、白い衣裳に、色とりどりの重たげな、
幾重にも連なる石のネックレス。耳には大きな黄金の丸い平打ちのイヤリング。
 差し出した手の主の顔は

「リュミエール!」
 叫んでオスカーは飛び起きた。


どうしたのですか?」
 傍らで擦れた声がした。
 聖地のリュミエールの寝室だ。
 カーテンの隙間から見える空には、まだ月が高くいる。
 夢に見たと同じ、下弦の月。
 眠そうに目を半開きにしたリュミエールが、上半身を起こしたオスカーをぼんやりと
見つめている。
「すまん、おこしたか?」
 そう言って、額に軽く口付けると、リュミエールは小さく首を傾げて体を起こした。
白い上半身を覆うう長い髪が、とろりとした月光に、プラチナの光沢を放っている。
「夢でもご覧になったのですか?」
 その夢見るような美貌は、間違いなくさっきの夢のなかに表れた人物と同じだ。
だが、オスカーは夢の中でその人物を「少女」と、認識していた。
 意識の混乱に、オスカーはじっとリュミエールの顔を見つめている。
「オスカー?」
 再度問われ、オスカーはリュミエールを腕の中に抱き込んだ。


「『はばたく鷲』よ
。まだ戻ってはいただけないのですか?」
 夢の中でリュミエールが悲しそうに囁く。
 だがそれはリュミエールではない。
 夢の中の「俺」は、少女と会っているのだ。
 「俺」は少女のもとへと帰りたがっている。
 しかし夢が醒めれば、俺は「少女」の元をさる。
 そして夢は繰り返される。
 夢の中の俺、『はばたく鷲』は、愛しい少女といつも引き離されるのだ。


「う〜、くそ!すっきりしない!」
 同じ夢を毎晩繰り返す。
 もう一月にもなる。そして目覚めるたび、オスカーはいわれのない罪悪感と、
喪失感に悩まされる。
 これはもう、例のあの星になにかいわくがあったのだろうと、
オスカーは図書館に調べにきていた。
「おや、珍しい。あんたが図書館?」
 惑星資料室に入ると、自分こそ珍しいんじゃないか?
というオリヴィエがきていた。資料室は普段人の出入りが殆どないので、
うっすらとかび臭い。
「ほっとけ!おまえこそ、何だ?古代の化粧の仕方でも習いにきたのか?」
「今度祭礼に招かれる星の歴史を調べにきたのよ!あんたと違って、
私は行き当たりばったりなんてまね、しないの!」
「ああ、そうかい」
 オスカーは寝不足気味で機嫌が悪い。
 そっけなく言って、惑星「サクサイワマン」について書かれた資料を探した。
古代の遺跡についての資料は、分厚いファイルが一冊だけだった。
「おや、この間行った星じゃない。復習なんて、けっこう律儀ね」
「うるさいな。必要にかられての事だ。邪魔するな」
 ペラペラとファイルをめくりながら、オスカーは一枚の写真に目をとられた。
それは遺跡からの出土品の写真だった。
 黄金の大振のイヤリング。そのデザインは夢の中の「リュミエール」が
身につけているのと同じ物だった。
 急いで説明文を読んでみた。
 それはサクサイワマンの太陽の巫女が身につけるものだった。
 他に残っている衣裳や壁画の写真を丹念に調べてみると、
髪型や服の形や、ネックレスなども、間違いなく巫女の物だとわかった。
(どういう事だ?俺は、あの星でこんな物は見なかった。
潜在意識に残ってた、なんて理由は成り立たないぞ?)
 ファイルを前に考え込んでしまったオスカーに、
オリヴィエが不思議そうに覗き込んできた。
「ちょっと、どうしたの?マジじゃない?」
(ええい、夢のことは、夢の担当者に訊け!)とばかりに、
オスカーは夢の事をオリヴィエにすべて話した



「う〜ん」
 オリヴィエは、真剣なオスカーの顔つきを見ながら、
何やら探るような目をしている。それから、きっぱりと言い切った。
「それはきっと、夢だけど、夢じゃない。
何かの暗示と思ったほうがいいだろうね」
「どういう意味だ?」
 オスカーがなぜか声を潜めて聞き返した。
「夢の中のあんたは、多分恋人とはぐれて、お互いを探しあっている。
その相手の顔がリュミエールなのは、単純に今あんたの恋人だからでしょう」
「ふうむ

「その星で、あんたはその「少女」に見込まれた
、というか、
とにかくあんたは「恋人」である、そのなんとかの役目を振られている。
これは、本当の恋人をその少女に返してやんないかぎり、夢は止まないと思う」
「そんな事を言われてもな。幽霊
の恋人探しなんて無理だ」
 オスカーが憮然とする。
「何あきらめてんの。無理かどうかなんて、やってみなきゃ、
分からないでしょ。とにかく、その「少女」が太陽の巫女だって事は
分かってんだから。そうだ、ルヴァの所に、行って何か話を聞いてみましょう!」
 オリヴィエは妙に嬉しそうに、オスカーの腕を無理遣り引いて、
別室に居たルヴァの所へ連れていった。
(幽霊取り憑かれネタ
。こんなおいしい話、滅多にないって!)
 オリヴィエの本心は、まあ、こんなものだった。


「太陽の巫女、はい、聞いたことがあります。でも変ですね
、巫女に恋人ですか
 今日は一日読書の日だったのか、ルヴァはジャンルの違う本を何冊も閲覧室の机に
積み上げ、嬉しそうに読み耽っている最中だった。
 しかし、教師体質のルヴァは、聞かれると答えるのも大好きだ。オスカーが
持ってきたファイルを繰りながら、色々と説明をしてくれた。
「巫女とは、生涯、清らかにして、神の花嫁となった少女たちのことです。
実際の恋人を持ったりした巫女は、掟に従い、断罪されるのですよ」
 恐ろしい内容を淡々と説明しながらページをめくり、一枚の遺跡の写真を差した。
「これが処刑場ですね。ここで首を切られ、死体は谷に捨てられます」
 それは、オスカーがこの前にいった視察で見てきた遺跡の一部だった。
「サクサイワマンはですね
、『はばたく鷲』という意味で、大昔の文明の呼び名でも
あるんですよ」
 ルヴァの言った何気ない一言に、オスカーははっとした。
「はばたく鷲?」
「そうです、この星最初の文明の呼び名でして、それが今惑星の名になっているん
ですね。当時は「最高の戦士」に与えられた尊称でもあったらしいです」
オスカーとオリヴィエは顔を見合わせた。
 話が繋がったのだ。


「その巫女と戦士は禁忌を破って恋仲になった。それで、掟に従い、処刑された。
そう言うことね」
「そして巫女は今だに戦士を探して、恋い慕っている。そして、多分、
その戦士も巫女の元に戻りたがっている。そう言うことだな」
「それしか考えられないねぇ」
「だが話によれば、何千年も昔の話じゃないか。そんな物、どうやって解決しろって
言うんだ」
「とりあえず、もう一度その惑星に行ってみれば?守護聖にとりつくくらい根性の
ある巫女だもの、向こうから何らかの働きかけがあるんじゃないの?」
「人ごとのように言うな」
「人事だもの」
オリヴィエはにべもない。
「実際行ってみて何も分かりません、変わりませんじゃしゃれにならない」
「考えてみたらそ〜よね。あんた鈍そうだし、いくら働きかけても全然気がついて
くれないから、その巫女さん、ここまでついてきちゃったんじゃないの??」
「オリヴィエ

思いっきりからかいの口調に、オスカーは眉根を寄せた。
実のところ、自分でもそう思わないでもない。
守護聖なんて商売をやってる割には、意外と現実主義のオスカーだ。
夢占いだって実害が出ない限り、気にしない。
無言で考えてしまったオスカーに、オリヴィエはおかしそうに告げた。
「リュミちゃん、連れて行ったら?はっきり言ってあのコ、あんたの千倍は感覚が
鋭敏だと思うよ〜」
その一言に、オスカーが一も二もなく浮上したのは言うまでもない。


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