数日後、何のかんのとうまい理由をつけ、オスカーは予定どうりリュミエールを
ともなって、サクサイワマンの宙港にいた。
今回は守護聖であることは内緒の、お忍びである。
へたにばれたら、公式のなんとかに忙殺され、幽霊の恋人探しどころではない。
ようやくすべての事情を説明されたリュミエールは、過去の人間に対しても
我が事のように同情し、「絶対、その恋人を探してあげましょう」と
やけに張り切っている。
恋人と永遠に引き離される。その悲しさは、リュミエールにとっては
絶対に他人事ではないのだ。
二人はとりあえず「王立研究員」の名前で遺跡の調査許可をとった。
古く、場所も辺鄙なその遺跡は、観光客などは立ち入りを禁止されているのだ。
麓の町に一泊し、地元の人間から、伝説などを辛抱強く集めるつもりだ
った
のだが、あっさり「巫女」と「戦士」の恋物語は、二人の知ることとなった。
それはこの地方でも有名な話だったからだ。
二人は別々に処刑された。しかし、時の王は、実はこの美しい巫女と戦士を共に
慈しんでいた。二人を哀れみ、遺体は別々にされても、二人の身につけていたものを
一緒に、二人が愛を交わした場所に埋めたのだという。
その二人の形見を埋めた場所は、伝説だけあって分かってはいないそうだ。
宿の部屋でベッドに引っ繰り返りながら、
オスカーは難しい顔つきで天井をにらんだ。
遺体を見付けてくれって事かな、それとも、
その埋めた場所に何かあったって事か

「ですが、その遺体のある場所も、形見の埋められた場所も、
今では分かってはいないのでしょう?」
リュミエールがオスカーの傍らに静かに座り、そう不安げに訊いてくる。
「うーーん

オスカーはうなりながら、夢に出てきた「少女」の背景を思い出そうとしていた。
いつも変わらぬ、霧の中の遺跡
、深い雲、切り立った岩山
ふっと目を開けると、リュミエールは不思議と夢の中で見たような、
すがるような、悲しみと愛しさの入り混じった目でオスカーを見ていた。
目の前の「恋人」と、夢の中で恋人を探す「少女」の姿がシンクロする。
オスカーは腕をのばし、宥めるように恋人の体を抱き締めた。
「大丈夫だから」
リュミエールも腕を回し、オスカーにしがみ付いてくる。
「大丈夫だ。かならず見つかるから」
言い切ってやると、リュミエールはぎゅっと腕に力をこめ、
オスカーの胸に顔を埋めてきた。
大丈夫だから
囁く声に、吐息が混じる。
空にうかぶは、下弦の月。


翌日、彼らは遺跡の入り口にある調査員用の宿舎に入った。
バラックのような粗末な平屋造りで、管理人夫妻の部屋の他に、
簡易ベッドの置かれた大部屋が幾つかと、シャワールームがある。
食堂はあるが食事は自炊である。ここ何年かの利用は誰もないという。
荷物を置き、管理人の老人に案内され、遺跡の中を歩き回った。
岩山の頂上付近。眼下に広がる谷と、連なる山々。
足元に漂う雲。
「見覚えのある場所はありますか?」
うーーん」
オスカーは唸った。見覚えがあるどころか、一月前にきて、
案内されたばかりなのだ。まあ、こちらではもっと時間が過ぎているので、
管理人は変わっていて、オスカーが守護聖であるとはばれなかった。
調査するふりをしながら、夢で見たのと似たような背景の場所を調べてみた。
しかし崩れた石垣なんてのは、どれをとっても似たような雰囲気だ。
土台の石組みと柱だけになった建物。
唸りながら、太陽の神殿跡にきた。
山頂の崖っぷちの遺跡の、更に崖っぷちにあるせいか、損傷は他の遺跡に
比べて激しいようだ。何箇所か地滑りを起こしている。
「遺跡の保護
というのはどうなっているのでしょうか
リュミエールがつぶやいた。
手が回らないんだろう、豊かとは言い難そうだしな」
この惑星は今近代化に躍起になっている。旧い遺跡の補修迄は、
金が回らないということだろう。
リュミエールはひどく寂寞とした想いにかられた。
特に理由はない。廃墟も、打ち棄てられた遺跡も、今までに幾つも見ている。
なぜ、この地だけを特別に痛ましく感じるのか、リュミエールには説明がつかない。
それでもなぜか、この場所。形だけ残っている祭壇の前に立つと、
痛みにもにた悲しみが込み上げてくるのだ。
どこか急かされているような思いのまま、リュミエールは夕暮とともに
宿舎に戻っていった。


簡単な食事の後、オスカーはシャワーで軽く汗を流し、
割り当てられた部屋を覗いてみた。
「お前もシャワーをどうだ?」
言い掛けて、辺りを見回した。リュミエールの姿が部屋にない。
無論、狭い宿舎のなかだ。すぐにどの部屋にも居ないことが分かった。
あわててオスカーは上着を引っ掛けると、外に飛びだした。
落ちてきそうなほどに近く見える月の下、リュミエールが遺跡を歩いているのが見えた。
真っすぐ力強い歩みなのに、どこかおぼつかない足取りだ。
オスカーは不意に感じた焦りを押さえこみ、急いで跡を追った。
白く長い夜着をはおり、それこそ幽霊のようにリュミエールは歩いている。
一直線に、崩れかけた太陽の神殿に向かって。
「リュミエール!」
神殿の祭壇跡に立ち尽くすリュミエールに追い付き、オスカーはその名を呼んだ。
振り向いたリュミエールが、少女の声で愛しげにオスカーに向かい、微笑みながら呼び掛ける。
「『はばたく鷲』、愛しい人
。やっと来てくれたのですね?」
微かな風にゆれる細い前髪が、白い顔に微妙な陰影をつける。今まで見たこともない妖艶な笑みを口元に浮かべ、リュミエールは手をオスカーに向かって差し伸べた。
オスカーがふらりと一歩近付いたとき。
ぐらっとリュミエールの体が揺らいだ。
足元の石畳がずるっと滑り、崖を滑り落ちていったのだ。
傾いだ体をオスカーはしっかりと抱き締めた。
ぼんやりと座り込んだリュミエールに、オスカーは息が止まりそうな気がした。
「おい、リュミエール!しっかりしろ!」
何度かゆさぶると、ようやくリュミエールの瞳が焦点を合わせ、かえってぎょっとしたようにオスカーを見返してくる。
「オスカー!こんな夜中にどうしたんですか?」
その言葉を聞いて、オスカーはぐったりと力抜けしてしまった。
どうしたって、それは俺のセリフだ
リュミエールは、ようやく自分が遺跡に夜着のままいるのに気が付いた。
「オスカー、私はいったい

不安そうに訊いてくるのに、オスカーは自分の驚きを無理遣り押さえ、
宥めるように背中を軽くたたき、自分の上着を着せ掛けてやった。
「いや、正気に戻ったんならいい。それにしても

質が悪すぎる!リュミエールを取り殺す気だったのか!と、オスカーは今まで同情してきた「少女」に、激しい怒りを感じた。
にらみつけた崖の先に、その時、何かチカリと光る物を見付けた。
もう出来ることなら、何にも関わりたくない!という心境のオスカーだったが、
それを言うより早くリュミエールが崖下に身を乗り出そうとする。
殆ど反射的な行動で、危険だということは考えなかったらしい。
カラカラと崩れそうになる足下に、あわててオスカーはリュミエールの体を抱き留めた。
これはもう、とことんつきあうしかないらしい。

ため息をつきつつ慎重に身を乗り出してみると、崖の斜面に埋まっている崩れた石畳の隙間に、
何か袋のようなものが引っ掛かっているのが見えた。
そっと腕をのばし、それを拾ってみる。
それはすでに原形を止めていない、ぼろぼろに崩れる寸前の布の袋だった。
その袋の切れかけの糸に絡まるようにして、例の黄金のイヤリングが変わらぬ輝きを放っていた。
「オスカー。ひょっとして、それは伝説にあった

リュミエールが息を弾ませていった。
伝説にあった、形見を埋めた場所。それが此処なら、戦士の物もどこかに

もう一度オスカーは崖の斜面を慎重に調べた。
気を付けてください
リュミエールが上から心配そうに声をかける。
月明かりの中、オスカーは手探りで斜面にへばりつくようにして、辺りを捜し回っり、
そしてついに見付けた。
斜面の土のなかに殆ど埋まっていた、これも黄金の小手。
よく見るとイヤリングと同じ紋章が、平打ちされた小手の中心に入っている。
崖を這い上って神殿に戻り、そこで待っていたリュミエールに見せると、
彼も確信があるかのようににっこりしながら頷いた。
「多分これでしょう。埋まっていた場所が地滑りで、中身が別々になってしまったのですね

「それで探してくれか
。女ってのは、死んでも執念深い
思わず呟いたオスカーを、リュミエールは軽く睨んだ。
「生きて結ばれず、死んだ後も共にいられなかったのですよ。
これだけが二人の想いの拠り所だったのです。笑えるのですか?」
悲しそうに言われて、オスカーも軽口をたたいた事を後悔する。
すまんな。二人を茶化すつもりじゃなかったんだが
リュミエールも、過剰反応だったと思ったのか、うつむいて小さく謝ってきた。
「すみません。あなたがそんな方ではないと、知っているのに

伏せた睫毛が、月光を受けてプラチナのように光っている。
どこか不安定さを感じさせるリュミエールに、オスカーは気にしていないと軽く
リュミエールの肩に手を掛けた。
「いや、いいさ。
この二つはどこか別の場所にきちんと埋め直したほうがいいな。
思い出の場所を離れるのはいやだろうが、ここではまたバラバラになってしまうかもしれない」
そうですね」
リュミエールが言い掛けたときだ。
ふっと風に紛れたような声が響いた。


……此処に居るの私達は永遠に
……ようやく一つになれるのだから

どこか嬉しげな二つの声。
袋の上に並べておいてあった小手とイヤリングが、突然発光し、煙を上げと思うや、
ぱっと火花を上げて燃えだした。
オスカー達は瞠目した。黄金がこんな反応を示すなど、聞いた事がない。
だが目の前にあるのが事実だ。
二つの恋人たちの形見は、もう二度と離れないというように燃え上がり、
あっという間に真っ白な一握の灰となり、彼らの故郷である山々に風に乗って散っていった。


始めて会ったその瞬間に恋は始まっていた。
掟は何の妨げにならなかった。
一緒にここで愛し合った。
月だけが祝福をくれた夜の狭間で。
二人だけがいれば良かった。
愛しいあなた。
二人の間に、隙間はもうないの。

散っていく灰がキラキラと光っている。
月の雫のように。
すごいな
人間の愛し合う思いってのは

茫然としたオスカーの言葉に、リュミエールはどこか陶酔した表情のまま、頷いた。
そこに他の想いはない。自分たちを引き離した掟や人間に対する怒りも、憎しみも。
離れ離れの時間の悲しみも。
共にある、それだけがすべて。
抱き合う二人の姿が、微かな光の残像のなかに浮かんだように見えた。
その想いの波動にうっとりとしたまま、リュミエールはオスカーの肩に頭を預けた。

『共にある、それだけがすべて』

少女の言葉が、リュミエールの声で紡がれる。
少女と、リュミエールの想いがシンクロする。
微笑みながら見つめるリュミエールの顔が別人のように見え、オスカーは慄然とした。
これは誰だろう。リュミエールなのか、「少女」なのか。
そして此処にいる自分は誰だろう。
オスカーなのか、「はばたく鷲」なのか。
遠い時代の恋人同士の想いが重なる。



共にあることを望む「少女」と、守りたいと願う「はばたく鷲」と。
想いは今の恋人たちの中で結晶化する。
隔てられた時間を繋ぐ、祈りのように。
オスカーは考えることを止め、いま、全身を満たす感覚にすべてを委ねた。
共にいるこの瞬間だけが、限りなく尊く感じる。
寄り添う恋人の指先に、そっと口付けた。
かつての二人だけが知っていた誓いの儀式。
プラチナの輝きをふりそそぐ月の祝福のなか、オスカーは長い夢が終わったことを知った。


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