★そこは降るような星空の森
 
 
ひっそりとした森の奥のコテージからは、星と月以外の明かりは見えない。
暖炉の炎だけがオレンジに室内を照らす部屋で、オスカーはそっと窓から外をうかがう。
そこには月の雫を糧にしているように、淡い輝きの人が空を見上げている。
 
深い森の上空、コテージの上だけが、切り取られたような空を見せる。
早く戻ってこいよと言ったら、見かけによらず意地っ張りのその人は、
「こんな美しい夜に、時間を計るのですか?」とくすくす笑いながら言った。
1分1秒だって、一緒に居たいのにと言えば、まるでおかしな冗談を聞いたような顔で笑う。
側にいて、夜風にも夜露にも触れさせないように、大事な大事な宝物のように
扱おうと思うと、するりとつかみ所のないしぐさで逃げてしまう人。
きっとおまえは知らないんだろうな、とオスカーは悔しく思う。
おまえは確かにそこにいるのに、俺はいつもおいて行かれそうな気になるということ。
ほんの微かな明かりの中にも溶け込んで、何の手応えもなく、遠くに行ってしまうような
心もとない気になるということ。
だからオスカーはただ黙ってじっと見つめている。
淡い色彩のその人が、星空に消えてしまわないように。
月の光に誘われて、行ってしまわないように。
 
 
リュミエールは空を見上げる。
降るような星空。
大きな月と、それにまけないくらいに輝く星々。
物心ついたときから、リュミエールはこの光景が好きだった。
眩いほどの昼の明かりは、色素の薄いリュミエールには少々まぶしすぎた。
暴力的なほどに、まぶたの裏まで差し込んでくる太陽の光よりも、
リュミエールはこの暗い空に輝く幾千の宝石のような、そんな輝きが好きだった。
暗闇は怖くなかった。
リュミエールはよくこの優しい闇を抜け、波しぶきと重なる星の光のダンスをみに、
海に向かった。
寝巻きのままで、そのままで何時間もあきもせずにじっと。
そうすると、いつも最初に妹が気がついて迎えにきた。
「お母様が心配されるわ。早く帰りましょう?」
そういう妹も、月の影に踊るイルカ達に気がついて、そのまま見入ってしまう事があった。
結局二人して、迎えにきた兄にしかられながら家に連れ帰られた。
共犯者みたいに、こっそりと叉いっしょに見ようと言い交わしたりして。
懐かしい月。この地で見る月は、故郷のものより大きい。
でも、なにより決定的に違うのは、波の音がしないこと。
潮の香りがしないこと。
イルカ達の生命力に溢れた歌が聞こえないこと。
 
不意にリュミエールは気がついた。
ここは故郷ではない。
懐かしい、自分をはぐくんでくれた海はないのだと。
気がつけば胸が痛い。
そこにあるものを探るように、あたりを見回した。
 
そこにそれはあった。
森の中の小さなコテージ。
ドアが開いて、オレンジの逆光の中、背の高い人影が立っている。
黙って見つめると、人影は近づいてくる。
優しい闇夜の中、顔は見えないけど、気配は分かる。
ここにある、今、私を守ってくれる存在。
ただひとつの存在。
ここは、平和だけど。誰も私を傷つけたりはしないけれど。
ほんの少しの胸の痛み。それでも、見逃さずに受けとめてくれる人。
 
その人は間近にくると、一瞬のためらいの後、リュミエールを抱きしめた。
暖かい。
確かな存在。
悲しいほどに優しい闇と、輝く星の記憶。
これからはこの温かさとともにいつも思い出すのでしょうと、
リュミエールは安らぎの中に考えていた。