最初の印象が悪かったのは判っている。
各地域、惑星事に違う風俗風習があり、その土地の気候にあわせて衣装の形も様々になる。
判ってはいるが――やっぱり当時のオスカーは若かったのだ。
 
オスカーの生まれ育った故郷は草原の国。馬に乗る男はズボンにブーツが当たり前。
裾まで来るローブをまとう男など、長老達や一部の文官などだけで、当然オスカーの周りにはそういう長い裾を引きずる若い男などいなかった。
 
守護聖として聖地に召還され、紹介された年長の3人が長い衣装を着ていたことは『やはり高位の方だから』と
実に簡単に納得はしたものの、それは3人が自分より長くこの聖地にいる、イコール自分より遙か昔の時代に生まれた方々なので、当時の古くさいデザインのままである、という認識のためである。
今の自分と同年代の人間が、まさかあんな動きづらい服装で普段過ごしている筈がない、という思い込みがあったことは否定しない。
でもそれだけじゃない。
あの当時、守護聖に成り立ての頃のリュミエールは、どうしても少女にしか見えなかったのだ。
 
せめてもう少し体格がはっきり判る服を着ていればともかく、全体的にずるっとした衣装の形では肩や首の形もよく分からなかったし、動き方もゆったりとした、むしろ『良いところのお嬢さん』といった印象だった。
身長も妙齢の女官に囲まれると少し小柄かな、といった程度で、リュミエールの身長が今ほどに高くなったのは守護聖になってしばらくしてから。故郷にいた頃は病気がちだった身体が、病気のない聖地で健康を取り戻したせいか、ここぞとばかり成長しまくってくれた。だが、初対面の頃のリュミエールはまだ小柄だった。
ここが勘違いの大きな原因の一つでもある。
 
小さくてほっそりとして、柔らかい長い髪を背に垂らし、自分を見上げて微笑む綺麗な瞳の少女。
オスカーは騎士のたしなみとして保護欲をそそるようなタイプを見ると、つい気がいってしまう。
当時のリュミエールの外見は、文字通り『保護欲をそそりまくる可憐で華奢な少女』だった、外見だけは――。
思いっきり勘違いをして恰好つけて恭しく挨拶をし、ついでに『何かあったらいつでも頼って欲しい。君のような可憐なレディの頼みであれば、空の星を集めて花束を作ることも無理とは思わない……』などと言う口説き文句を決めたつもりだったオスカーに、リュミエールは綺麗で可憐な瞳に剣呑な光を浮かべ、これまた形が良く愛らしい唇に辛辣な返事を載せてくれたのだ。
 
『そうですね、どこかの誰かさんが女性の頼みで空の星を花束にしてしまったら、相談させていただきましょう。
同じ守護聖として、宇宙に害をなした不届き者をどの様に処罰したらよいか、お考えをじっくりきかせていただきます』
同じ守護聖、という言葉に思いっきりアクセントを置いて、そうにこやかに言い切ったリュミエールの笑顔の恐ろしさを、オスカーは未だに忘れてはいない。ついでに、側で顔を背けてくすくす笑っていた女官達に対する気恥ずかしさも。
 
あの根性悪!
……だが、儚げな外見に強い意志、というのは、これまたオスカーの好みにしっかりとはまっていたのだった。
結果、無視も出来ずに、だからといって友好的に振る舞うことも出来ずに今に至る。
リュミエールは露骨にオスカーを友人外と認識しているようで、普段もの柔らかに紡がれる言葉をオスカーの前でだけ細い剣に変える。
ちくちく痛めつけられるのを避けようと、つい、先手必勝とばかりに先に言葉の剣を振り下ろし、オスカーは仲間連中からは『優しいリュミエールを苛める意地悪』と時に嫌みを言われる。
 
『根性悪はどっちだ!』
オスカーは密かにそう嘆くしかない。だが、そういうと、飲み仲間のオリヴィエからは笑い混じりに言われてしまう。
『最初から近付かなきゃいいじゃないか。仕事の話しだけしてるぶんには、リュミちゃんだって普通に話すでしょ。
あんた、意識しすぎだよ』
 
……意識……してるのだろうか、リュミエール相手に。
オスカーは消えてしまったリュミエールを探しながら、ぼんやりと考えていた。
 
 
 
★★★★
 
 
リュミエールもぼんやりと考えていた。考え事をしようと思うと、いつのまにやら水辺に佇んでしまうのはすでに習慣。ここにいたらオスカーもすぐに気が付いて探し出される、と思って立ち上がりかけ、どうしてオスカーが自分をまだ探していると考えてしまったのかと思い返し、リュミエールは座り直す。
 
……第一印象が悪かったんです。
 
リュミエールはさらさらと流れる小川を眺めながらそう思う。
落ち葉が一枚水に落ち、くるくると回りながら水の流れに沿って流されていく。
それを何とはなしに目で追いながら、リュミエールはオスカーと始めて会ったときの事を思い返していた。
 
大きい人だと思った。
当時小柄だったリュミエールにしてみれば、体格だけで圧倒されるような、そんな雰囲気だった。
がっしりと見るからに固く鍛え上げられた身体に載った、すでに「大人の男」の風格を漂わせた若い顔。
聖地にきたばかりにリュミエールを案内してくれていた女官達が、微かに頬を染めながら、「あれが新しい炎の守護聖様です」と耳打ちをした。
自分よりほんの少しだけ前にきたばかりとは思えないほどに、オスカーは聖地で崇め奉られる存在である守護聖であるという事に馴染んでいるように見えた。
未だに戸惑っている自分とは正反対に、自分の立場をしっかりと自覚した傲慢にも見えるほど自信に満ちた顔。
 
――どうしたら、あんな風になれるのでしょう…。
 
ふっと憧れにも似た感情が浮かんだが、リュミエールはそれをうち消した。
ああいった表情をした人間は、他人に対しても同じような自覚を求める。そう咄嗟に感じたからだ。
(もしも気弱で怯えたような顔をしたら、あの人はきっとわたくしを弱い人間だと嘲笑うのでしょう…)
リュミエールはオスカーの人と成りなどまったく知らない。でも、それは確信だった。
この人に自分の甘さを見せてはいけない。
 
そう頑なな鎧を自分に着せかけたリュミエールに、オスカーは磊落に、そして優しく声を掛けてくれた。
人を安心させるような頼もしくて優しい笑顔に、話しぶり。
自分の弱さを棚に上げ、この人を勝手な評価で決めつけた自分の狭量ぶりと浅はかさをリュミエールが悔やみかけた次の瞬間――オスカーは言ってくれたのだ。
 
『何かあったらいつでも頼って欲しい。君のような可憐なレディの頼みであれば、空の星を集めて花束を作ることも無理とは思わない……』と…。女性と間違えていたのだ、あの男は!
思い出すと怒りがふつふつとわき上がってくる。あの時もこみ上げてくる怒りのままに、何か言い返したような気がする。その瞬間、まるで思いがけないものを見たようにオスカーは目と口を見開き、リュミエールの顔をしげしげと見下ろしていた。
リュミエールが笑顔で頷く以外の行動をとるなど、まるっきり想像外だったと言わんばかりに。
 
あれ以来、リュミエールはオスカーと話をする度に身構えてしまう。
オスカーがリュミエールに微笑みかけたのは、彼を女性と間違えていただけのこと。男だとわかった今は好き勝手に嫌みばかりを言う。リュミエールが反論するなど、まるで身の程知らずだと言うようなとげとげしさで。
 
放っておいてくれればいいのに、と思う。
女性相手が楽しくて仕方がないのならば、女性にだけ声を掛けていればいいのに。
女性と男性を見間違える程度の目で「自称宇宙の女性全部の騎士」もお笑いぐさだ、と辛辣に思いながら
リュミエールは何とはなしにオスカーが女性に声を掛けている様を見ている。
リュミエールはため息を付いた。
 
(わたくしも構わなければいいのに、オスカーが誰と話していようと、目を向ける理由などない筈なのに)
 
どうしてオスカーが女性相手に微笑む顔を見て、あの始めて会ったときのことを思い出すのでしょう。
オスカーがわたくしに優しい顔を向けたのは、思い出すのも腹立たしいわたくしを女性と勘違いしていた時だけ。
思い出すたびに怒りがこみ上げるのに――どうしてわたくしは忘れてしまえないのでしょう。
 
リュミエールはため息を付き、無意識のうちに腕に抱えたハープに指を滑らせる。
軽く弾かれたハープの弦が、澄んだ音を響かせていた。