押しつけられたエレキハープとアンプを両手に持ち、オスカーは怒り半分呆れ半分の顔つきで歩いていく。けっこう重い。
(あいつ、意外と怪力だな。細っこい体つきに見えたが、案外着やせするだけなのかもしれんな)
冗談めかして考えながら、手に持った物をどうしようかと考える。
普通に考えればリュミエールの館に届けるべきだろう。
が、そこまでしてやるのも癪なので、聖地の警備への詰め所に落とし物として届けてやろうかと考え、それも大人げないかと考え直す。
 
(…宮殿に一度戻り、あいつのお付きに渡しとくのが一番無難だな…)
なんとなく気が抜けたようにそう考える。
事なかれの御しやすいタイプに見えるくせに、リュミエールは時々とんでもないことを平気な顔でやらかしてくれる。
行動が判りやすいように見えて判りづらい。疲れる。
 
いい加減その事を学習すべきだと自分に言い聞かせつつ、オスカーは宮殿への道を大股で歩いていた。前からマルセルとゼフェルが歩いてくる。
自分がリュミエールのハープを持っていることにきっと何か言うだろうなと予想し、オスカーは咄嗟に横道に入って二人を避けようとした。が、目敏いゼフェルはその怪しげな動き故にかえって目に入ってしまったらしい。
 
「てめえ、何もってやがるんだ!」
ゼフェルはオスカーが手にしている物を見るなり、喧嘩腰で詰め寄ってきた。
「ゼフェル、どうしたの?」
マルセルが腕にぶら下がるようにして止めるが、眉をつり上げたゼフェルは怒り心頭といった顔つきでオスカーを見上げる。
「見て判らないか?これはハープだ」
オスカーは落ち着いて返事をした――つもりだった。
リュミエールのハープを自分が持つことに至った一連の経緯が僅かにオスカーの声に後ろめたさを滲ませる。最初から疑いの目で挑むように見ていたゼフェルには、それが感じ取れた。
ゼフェルは乱暴な口調で怒鳴った。
 
「てめえ!いくら何でも、それは酷すぎるだろーが!」
「は?」
いきなりかけられた言葉にオスカーはいぶかしげになる。
だがこの時のゼフェルの頭の中では、
『オスカーがリュミエールにやったエレキハープを持っている→今日リュミエールはエレキハープの音量の大きさでジュリアスに叱られた→それを知ったオスカーがリュミエールに文句を言った→取り上げた』
という図式がしっかりと出来上がっていたのだ。
 
「ゼフェル、オスカー様が一体何をしたって言うの?」
「こいつ、リュミエールのハープを取り上げやがったんだよ!」
吐き捨てるように言うゼフェルに、オスカーとマルセルが同時に驚きの声を上げた。
「オスカー様がリュミエール様のハープを?」
「おい、いきなりなにを言い出すんだ!」
「そうに決まってんだろーが!じゃなきゃ、なんでてめえがリュミエールのハープを後生大事に抱えてんだよ!戦利品のつもりか!」
「何を訳のわからん事を…」
腹立ち半分ながら状況を説明しようとしたオスカーの声を、マルセルの甲高い声が遮る。
 
「ひどいです!オスカー様!いくら仲が悪いからって、そんな…」
この時のマルセルの頭の中では
『オスカーとリュミエールがいつものように喧嘩をした→リュミエールはショックを受けてハープを落としたのも気が付かずに立ち去った→それをオスカーが勝手に宮殿に持っていこうとした』
という図式が出来上がっていた。
オスカーが進んでいた道は宮殿への一本道だったのである。
「ちゃんとリュミエール様に返してください!あんまりです!」
「そうだぜ、いくら何でも大人げねーだろ?」
年少組二人に食ってかかられ、オスカーは口を挟むタイミングが見あたらない。
 
「おい、お前達、人の話を聞け!」
「聞く耳なんてもたねーよ!」
「オスカー様、言い訳なんて卑怯です!」
なんでアンプをぶつけられそうになってこんな非難を受けなきゃいけないんだと、理不尽さにオスカーは腹が立ってくる。
そこへ再び現れた人影。
ランディだ。
 
「あれ?3人して立ち話ですか?って…オスカー様、何を持ってるんですか?」
場の雰囲気を和らげるような爽やかな質問に、オスカーはようやく説明のチャンスが来たかとホッと息を付きかける――が。
 
「オスカーのヤロウが、リュミエールからハープを取り上げやがったんだ」
「オスカー様がリュミエール様のハープを勝手にどこかへ持っていこうとしてるんだよ!」
ほぼ同時にマルセルとゼフェルがランディにむかって叫ぶ。
「おい!」
いい加減にしろ――と怒鳴りかけ、オスカーは目にしたランディの表情にはっとした。
ランディの生真面目な顔に、それこそ生真面目な怒りが浮かんでいる。
 
ゼフェルとマルセルの叫びを聞いたランディの脳裏には
『オスカーとリュミエールが喧嘩をした→オスカーはリュミエールのハープを取り上げた→その上でハープをどこかへ捨てようとしている→リュミエールはハープを取り返すことも出来ないほどショックを受け傷ついている』
という図式がはっきりくっきりでっかく出来上がってしまったのだ。
正義感の強いランディは悔しそうに拳を振るわせると、憤然とオスカーに食ってかかった。
 
「オスカー様!俺、オスカー様を見損ないました!今すぐリュミエール様に謝ってください!」
此処にいたってオスカーは反論する気力も霧散してしまった。
 
(…なんで揃いも揃って俺が悪いと思い込むんだ…。日頃の人徳か?いや、マルセルやゼフェルはともかく、ランディまでがなんで…)
やっぱり日頃の行いであろう。
 
ランディはオスカーを師として尊敬はしていたが、時には見習っちゃいけない行動を取ることも知っていた。
逆にリュミエールは確かに自分の師とはなり得ないが、日常的な落ち着き、穏やかさ、そして慈悲深さなど、将来に向けて見習わなければならない美徳を満載している人であるとも知っていた。
なにより、いざとなったら手が出る可能性もあるオスカーと違い、リュミエールはおそらく何があっても暴力に訴えることなどしないだろう、という思い込みもあった。
当然リュミエールがオスカーにアンプをぶんなげたあげくにハープを押しつけて走り去った、などと思いつくはずもなかった。そしてそれはマルセルもゼフェルもまったく同じだったのである。
 
強引に出るのはいつもオスカー。
その思い込みは強固だった。
 
敵意むき出しのゼフェルと涙目のマルセルと正義感の固まりと化したランディの3人にワアワア喚かれ、さすがのオスカーも頭痛と目眩が同時に襲ってくる。
 
(今日は厄日か…)
思わずぐらりとなりかけた視界に、第4の人物が現れた。
ルヴァである。
 
 
日頃は無礼にも頼りになるなどと思ったことのない年長守護聖ではあるが、この時ばかりはオスカーは渡りに船とルヴァの登場に感謝した。
「おや〜〜?4人お揃いで、何かの打ち合わせですか?」
ルヴァは相変わらずのんびりとした笑顔で4人に近付いてくる。
「あ、ルヴァ様!」
「ルヴァ!」
そのルヴァに言いつけるように飛び付く年少組に、オスカーは急いで大きな声を出した。
これ以上話をごちゃごちゃにされるのはごめんだった。
「ルヴァ!これには訳がある!」
「おや〜〜、珍しい物をお持ちですね」
オスカーが手にしていたハープに気が付いたらしいルヴァが、相変わらずのんびりという。
「そうだ、これについてこいつ等が誤解をして…」
そう勢い込んで言いかけたオスカーの腕から、ルヴァはひょいっとハープを取りあげた。
それはもうあっけないほど自然な動作で。
 
「これはリュミエールのハープですね。ではこれは私の方から届けておきますね〜〜」
「あ…」
オスカーはあまりのあっけなさに言葉を無くしてしまった。
一瞬の間をおき、年少組三人が歓声を上げる。
「そうですね、それがいいです!」
「あ、僕もご一緒していいですか?」
「俺も行くぜ。こいつが乱暴なことして機械がおかしくなっちまってるといけねーから、調整してみねーと」
「そうですね、それではみんなで届け物に行きましょうか〜」
「はい!」
「あ、俺それ持ちますよ」
「僕も!」
のんびりとしたルヴァの言葉に、さっきまでぎゃーぎゃー喚いていた3人は引率される幼稚園児よろしくあっさりとルヴァの後をついて行ってしまった。
 
ルヴァはもちろん年少組のように一方的にオスカーが悪いなどとは思っていない。ルヴァはオスカーとリュミエールのことをよく知っている。
オスカーはいくら仲が悪くても反撃しそうにない相手に力を振るうことなどあり得ないし、リュミエールはおっとり穏やかに普段は人の輪を優先的に考えるが、一対一で理不尽な言いがかりを受けた場合にやられっぱなしになる程か弱くないという事も知っている。
 
どういう経緯でオスカーがリュミエールのハープを持っているのかは判らないが、一応ルヴァの中では
『ハープがオスカーの手に渡った→リュミエールがオスカーに頼んだのなら問題はなしだが、普段の様子を見ていると平和的に渡った可能性は薄い→オスカーがハープの始末に困る可能性は大あり→リュミエールがハープを無くしたら悲しむ可能性大→だったら間に誰かはいって返してやるのが一番無難』
という結論が導き出されていた。
それ故の行動だったのだが、それの説明が完璧に省かれてしまったので、オスカーとしてはやっぱり信用が無いせいなのか、と落ち込むには十分だった。
 
 
1人取り残されたオスカーは4人の後ろ姿を呆然と見送った後、空っぽになった自分の両手を眺め、やっぱり呆然と呟く。
「……おい…あいつ等、俺をなんだと思ったんだ…?」
釈明も説明も出来ないままに勝手に非難されたあげくに放置され、さすがのオスカーの頭も真っ白になりかける。気のせいかも知れないがわびしい風が「ひゅるりら〜〜〜」という寒々しい音と共に自分の回りにだけ吹いているような気までしてきた。
今からあいつ等を追いかけて、「これはリュミエールが俺にアンプをぶつけようとしたあげくに押しつけられた物だ!」と言ってみたらどうするだろうか?
多分誰も信じはしない。それどころか、ますます非難囂々になる気がしてきた。
 
物静かで争いを好まぬ優しくてか弱いリュミエール。
好戦的で何者にも怯まない激しさと強さを持ったオスカー。
人が持つイメージというのは、時に真実を覆い隠してしまうほどに強力である。
オスカーは1人握り拳を振るわせる。
 
「それもこれも、すべてはあいつのーーーー!!!」
全部リュミエールが悪い!
オスカーはまたもやリュミエール探しに精魂を燃やすのであった。