voice
 
忘れられない声がある。
低く、そして強く、耳に残る懐かしい声。
たとえ、この先永遠に耳にすることは出来なくとも、
きっときっと忘れない、優しい声。
 
 
「やはりここか」
丘の上に1人立つリュミエールを見つけ、ゆっくりとオスカーが近付いてくる。
リュミエールが見つめる先は聖地の門。
ほんの数時間前、この門を超え、1人の守護聖が外界へと戻っていった。
闇の守護聖、クラヴィス。
リュミエールが長い間、まるで家族のようにしたい、仕えていた守護聖である。
 
リュミエールは傍らに来たオスカーに微かに微笑みかけると、
また視線を門に戻した。
 
「不思議な気がいたします…、クラヴィス様のお声…、普段あれほど無口で
あまりお話にならない方でしたのに、今でもはっきりと耳に残っております。
小さな笑い声。ほんのわずか、呟く声。そして、なにかのおりに心が乱れたとき、
優しくあやしてくださるような、宥めてくださるような、少し素っ気なくて、
とても優しいお声…」
 
リュミエールは目を閉じた。
共に過ごした長いようで短かった日々。
 
覚えている顔の表情の数は驚くほど少なくとも
わずかな言葉とともに思い出すのは、驚くほど豊かだった優しい声の表情。
 
寂しかったとき、悲しかったとき、けして押しつけがましくなることなく、
優しくすくい上げてくれた声。
些細なことにも心を揺らしがちだった自分を、
どれだけ救ってくれたか判らない、あのお方の声。
 
「おそらく、永遠に忘れることがないでしょう。
何かの時に、ふっと思い出すのでしょう。
あの方のお声を。
あの方がお声に含んでくださった、お心と共に」
 
目を閉ざしたまま、リュミエールの両手が祈りの形に組み合わされた。
 
「祈り続けます。……あの方がゆかれた先で、とこしえの安らぎを手に入れられることを。
あの方がわたくしに――いいえ、あの方が人々に分け与えてくださった幸福な安らぎの時間。
その全てへの感謝と共に、祈ります。
あの方と出会えて…わたくしは幸せでした。
本当に、本当に幸せだったのです」
 
涙を噛みしめるようにリュミエールは祈り続ける。
その傍らで、オスカーも目を閉じた。
 
「俺も祈ろう…俺の愛したお前に、安らぎを与えてくれたあの方への祈りを。
あの方の行く先が、痛みも何もない幸福の地であるように」
 
 
 
こうやって祈るわたくしを、あなたはお笑いになるのでしょうか?
いつものように、かるく笑いを含んだようなお声で「下らぬ」と。
でも言葉は冷たくとも、あなたはいつもわたくし達の気持ちを受け止めて
下さっておられました。
 
わたくしは祈り続けます。
耳に残る、あなたのお声が色あせない限り。
そしてそれは、永遠であると、わたくしは信じております。
あなたのお声をわたくしが忘れる日が来ることは、けしてあり得ないのでしょう。
たくさんの幸福な思い出と共に。