男の無神経と女の無神経◆
 
城の扉が開き、中からぷんすかとした将軍殿が出てきた。
その後ろからは、照れ隠しなのか首の後ろに手を当てた苦笑いの総司令官殿。
子供のじゃれあいのような2人の会話を、少し離れた場所で衛兵が笑いをこらえながら聞いていた。
 
「信じられない!自分の婚約者のご機嫌伺いに私を連れてくるなんて!」
「従姉妹に紹介しただけだろうって」
「ゼネテスって、以外とタラシなんだ!口が巧くて、鳥肌が立っちゃった!」
「いやあ、我ながらいい例えだと思ったんだがな。どこが悪かった?」
「全部!」
リュミエはにやにやしているゼネテスに向かい、そう言って思いっきり嫌な顔をして見せた。
 
王城から市街へ戻る道すがら、ゼネテスはリュミエの機嫌を伺うようにして話をしている。
「叔母貴からも頼まれてるしな。たまには顔を見せてやれって」
「一人で行けばいいじゃないの」
「俺ぁ、嫌われてるんだ」
「あんなふざけた態度をとってるから」
「やっぱりそう思うか?」
「自覚があるなら、真面目にやれってば!」
足を止めたリュミエが拳で殴る真似をすると、ゼネテスは大げさに痛がる振りをして笑った。
 
「エリス様、心配してるよ?ちゃんと総司令官らしくしてるかって、私に訊いたもの」
「へえ、そんで、お前さん、なんて答えた?」
「ぜんっぜん!司令官らしくありません、全然普段と変わりませんって」
こっちの様子をうかがってる衛兵の目をさけ、木の陰に座り込んで2人は真面目(?)に話し込んでいる。
ゼネテスはこの娘と話すのが楽しいらしい。すぐにムキになって手が出るリュミエを、可笑しそうに見ている。
ゼネテスは頭をかきかき、とぼけた様子で話をする。
「叔母貴も心配性だからな。俺のことは、ほうっておいても大丈夫だってのに」
「そうよね、こんなごつい男、殺したって死なないもの」
(私が殺させないもの)という言外の含みを込め、リュミエはゼネテスを睨む。
 
「ティアナもなぁ、もうちょっと叔母貴と仲良くしてやれば、叔母貴も心配事が減るんだろうに」
「仲良くないの?」
と、リュミエは不思議そうに訊いた。エリス王妃からは、以前に王女を心配するようなことも訊いている。
物に動じなさそうな外見の下で、本当に苦労性な人だなとリュミエは感じていた。
「なんかな、まあ、親子だけに色々と複雑なんだろうな」
面倒くさそうに、ゼネテスはまた頭をかきながら言った。
それからにやりと笑い、謎かけのような口調でリュミエに訊く。
 
「たとえばお前さんならどうする?突然命をねらわれる。自分が何かをしたわけじゃない。
ただ、存在自体が目障りだ」
「それは戦う!黙って殺されてやる義理はないもの!」
間髪入れずリュミエは答えた。
「そう、正解。そんじゃ、次は兵法の初歩。敵は複数、徐々に包囲されつつある。放っておけば囲まれて袋叩き。
そんな時は?」
リュミエは、はなしらんだ顔でゼネテスをじっと見た。
「何でそんなこと訊くの?」
「将軍様だろ?考えてみな」
ゼネテスが面白がってるのは確かなので、リュミエは笑われるのも嫌で真面目に眉をしかめて考え込んだ。
 
「まっすぐ、敵の頭を叩く」
「それも正解。でもその頭がどれか分からなかった場合は?」
「先生みたいで似合わないよ、その口調。でも頭が分からないなら、身近で弱そうな奴から叩く。頭数を減らせばボスも分かりやすいと思う」
「そう言うこと」
と、ゼネテスは面白そうに言った。リュミエは不満そうだ。
「ちゃんと説明しなさい」と、また拳で男の分厚い胸を殴る真似をした。
 
 
「つまりそう言うこと。ただ叔母貴は剣を持っては戦えない。だからこっちの武器をつかって敵を撃破した。
俺から見りゃ、当たり前のことだと思うがね」
とゼネテスはリュミエの額をちょんとつつきながら言う。つまりエリス王妃の謀略について言っているのだろう。
「とはいえ、謀略ってのはあんまり大きな声で言えたモンじゃない。潔癖な王女様から見れば、「卑怯な手段」って事になるんじゃないの?」
つつかれた額を押さえて、リュミエはきょとんとした。
「そうなの?」
「さてね、俺はそこまでティアナとつっこんだ話はしたことないしな」
「…婚約者じゃないの?」
「違うんでない?第一、俺は嫌われてるって」
さっきの態度を見たら分かるだろ?とゼネテスは笑ってる。
それもなんだか違う気がしたが、リュミエはそれについては黙っていた。
 
「なんとなく、言いたいことは分かる。王妃様のしている事って、結局、お母さんなんだなって思う。
家族を守るためになりふり構わずに戦うのって、やっぱりお母さんなら誰でもそうだと思うもの。
でも、娘としての気持ちも分かる。お母さんは、誰にでも自慢できる人でいて欲しいって思うの」
一言一言考えるように答えるリュミエに、ゼネテスはおや?という顔をした。
「女って強いよ。大事な人を守るためなら。男ほどプライドなんかも拘らないし」
そう言って真摯にゼネテスを見つめるリュミエの目に、ゼネテスもまた真面目な顔で頷いた。
「多分、そうだろうな。男ってのは、しょうがない生き物でな。時々大事なところで勘違いしちまう」
「女も時々そうだけどね」
くすくすとリュミエは笑った。
 
(多分ティアナ王女もそう。拘っているのは…、多分、名前。評判。そんなもの、本当はたいして重要じゃなって、ちゃんと知っているのに)
ティアナはハンナの人形をちゃんと持っていた。大事な物でしょうと言って、スラムの少女に謝っていた。
身分にこだわる人じゃないと思う。特別、仲良くしたいとは思わないけど。
多分、私もこだわっている。ゼネテスが、わざわざ王女のご機嫌伺いに行ったという事に。
思い切ったように訊いてみる。
 
 
「ゼネテスが王女様と結婚してエリス様を手伝ったら、エリス様はうんと楽になるんじゃないの?」
ゼネテスはその質問が意外だったようだ。また、顔が面白そうになる。
「叔母貴はなぁ、大した人だと思っちゃいるが、悪いがそこまでする気はないな。おれぁ、徹底的に貴族の社会が性にあわないんだ」
「でもゼネテスが王様になったら、それだって変えていけるんじゃないの?」
「変えてどうする?貴族の社会でなけりゃ、生きていけない奴もいるんだぜ?
俺は自由の押し売りをする気はないぜ」
言い方は可笑しそうだが、目は笑っていない。リュミエは「そっか…」と言ったきり、口をつぐんだ。
調子に乗って、踏み込んではいけないところへ足を突っ込んでしまった気がした。
 
 
リュミエが他に話す言葉が思いつかなくて俯いてしまうと、
不意に隣に座っていたゼネテスが身体を折り曲げ、「イテテテテッ!」と声を上げた。
「大丈夫?」
リュミエはとっさに顔を覗き込んでから、しまった!と思った。
クククっと笑いを必死でこらえている顔で、ゼネテスがこっちを見る。
「舌がつっちまった」
「また!」
真面目なことを言うと、ゼネテスはすぐに舌がつった真似をして誤魔化す。新米ですっかりゼネテスに頼り切ってたころ、さんざん呆れるくらいこれをやられたのに、痛そうな真似をされるとリュミエはつい心配してしまう。
また引っかかったかと、リュミエは顔を赤くしてポカポカと幅広い肩を殴った。
 
「もう〜!いっつもいっつも!同じ事ばっかり〜」
「そんで、毎回毎回、それに引っかかる奴もいるんだなぁ、これが」
ゼネテスは可笑しそうに、じたばたしているリュミエを腕の中に押さえ込んだ。
「お前さんってば、おもしれぇな。いっつも律儀に相手するもんなぁ。王女様当たりならきっと、『お亡くなりになったら花の一つも上げて差し上げますわ』とか言ってほっとくぜ」
「ふんだ、どうせ、お人好しだとでも言うんでしょう!」
憎まれ口を叩いてるリュミエを可笑しそうに抱き込んでいたゼネテスが、急に何かに気が付いたように真面目な顔になった。
 
 
「…お前さん、冒険者になって、どれくらい経ったんだっけ?」
「…え?」
その声音にリュミエはドキッとした。
普段おちゃらけてる分だけ、真面目な顔をされると、なんだか落ち着かなくなる。
「えっと…、2年、…もうすぐ3年近いかな?」
「そうか、そろそろ3年か…、変わるはずだな」
 
相変わらず真面目に自分を見下ろすゼネテスの声は、妙に感慨深そうだ。
リュミエはドキドキとして、落ち着かない。
「…変わったって…、何が?」
自分の声もなんだかいつもと違う気がする。どうして、こんな雰囲気になっちゃったんだろ?
私が変なことを言って、多分ゼネテスは雰囲気を変えようと、いつもの悪ふざけをして。
それなのに、何で、こんな雰囲気?
 
「お前…」
ゼネテスが何か言う。リュミエはドキドキして心臓が口から飛び出そうだ。
「筋肉付いた?」
びったーん!
気持ちのいいくらい切れのいい音をたてて、リュミエの平手がゼネテスの顔面にクリーンヒットした…。
 
 
「イテテ」
今度は本気で顔を両手で押さえて背を丸めたゼネテスの腕から逃れ、リュミエは少し離れたところから仁王立ちでゼネテスを睨み付けた。
 
筋肉が付いた?ティアナ王女は「花」に喩えておいて、私には「筋肉が付いた?」って、何よ、それ〜!
どうせ!どうせ、筋肉よ!どうせ、もう、誰も女扱いしてくれないし〜〜〜!!
 
「ゼネテスの馬鹿!ニブチン!無神経男!脳味噌筋肉だるま!それから、それから…!」
顔を真っ赤にしたリュミエは思いつく限りの悪口雑言を怒鳴りまくるが、後が続かなくなったのか、
頭から湯気を出しそうな勢いでその場から走り去っていってしまった。
 
 
「て〜、見事に入ったなぁ…」
鼻を押さえてぶつぶつ言っていたゼネテスが、何気ない口調で少し離れた場所の木に向かい、
「笑うんなら、もうちょい、声を抑えてくれや」
と、声をかける。どうやら、木の陰からこちらの話を興味津々で盗み聞きしてたらしい衛兵が、笑い声が漏れないように口を押さえながら、よたよたと城の方に走っていった。
 
「総司令官殿と将軍殿、痴話喧嘩か?とかでも噂にすんのかねぇ」
やれやれという風に頭をかきながら呟いたゼネテスの手が、無意識に何かをたどるような形に動く。
「…、3年かぁ、女ってのは、育つもんだねぇ」
あんな体勢で『胸がでかくなったか?』なんて言ったら、ただのスケベオヤジだな、
と苦笑混じりにゼネテスは思った。
自分の胸に押し当てられた身体の柔らかさとか、手の中でやたらと細い腰とか。
3年前には全く子供で意識のしようもなかったのに。
 
そういや、さっきは何であんな雰囲気になっちまったんだろ。もっとうまくテキトーに答えてれば良かったのに。
ティアナと結婚して――ああ、確かそんな話だった。
あんなにムキになって否定することはなかったのに。
 
 
「……」
ゼネテスは面倒くさそうに髪をかきむしると、1つ舌打ちしながら立ち上がった。
そしてリュミエが走って消えた方に目をやる。
『無神経男!』と叫んでいた、さっきの彼女の真っ赤な顔を思い出し、ゼネテスはぷっと吹きだした。
 
「女の無神経もたまらんなぁ…」
そう呟きながらも、ゼネテスの表情はなんだか楽しそうだ。
「さて、パイと茶で機嫌が直るかな?」
とりあえず、ご機嫌とりでもしとこうか。
大事な相棒殿を探そうかと、ゼネテスは笑いながら走り出した。
 
 
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相当言い訳――導入からいきなり捏造してますね。(^^;;城から先に出てくるのはゼネさんで、主人公はあとから。
ゼネさんと一緒にティアナの部屋に行ったあと、ゼネさんの広い背中に向かい「コンチキショー!」と蹴りを入れたくなった
女性プレイヤーは私だけではないと思いたい…、というのがこの話の発端です〜。
前回のシリアスはいってるゼネさんを気に入ってくださった方、申し訳ありません…。m(_ _)m
でもやっぱりゼネリュミエで、ティアナは避けて通れぬ関門かなぁと…。