◆お酒の功罪〜その真相◆ 
 
「気持ちいい〜〜」
酒場から外に出ると、リュミエはそう言って大きくのびをした。
後ろでゼネテスは、げっそりと頭を押さえながら、「二度と飲ませんぞ」と、1人自分に言い聞かせてる。
 
アルノートゥンの夜は、ひんやりと空気がひえ、星が近く見える。
リュミエはのびをしたまま上を見ると、急ににかっと笑って、宿屋とは反対の方向に歩き出した。
「おい、どこ行くんだ」
ゼネテスが慌てて追いかける。
するとくるっと振り向いたリュミエが、空を指差しながら嬉しそうに答えた。
「はろですね。お空が綺麗です〜。おほひさまがいっぱいで〜、こーゆーのを見たおろめはロマンチックになって、夜のおはんぽをするのです」(あのですね、お空が綺麗です。お星様がいっぱいで、こう言うのを見た乙女はロマンチックになって、夜のお散歩をするのです)
乙女なら酔っぱらって歩くな〜と、言いたくなるのをゼネテスはぐっと押さえた。
なんと言っても、飲ませたのは自分だ。最後まで責任をとらなければならない。
 
「お前さん、足下が危なっかしいぜ?今夜は戻った方がいい、な?」
肩に手をかけてそう言うと、リュミエは目を据わらせて唇をとがらせた。
「おつきあいするのが嫌なら、帰っていいです。わたひは、ひとりでお散歩します〜」
そう言って、リュミエはふらふらと坂を上り、どんどん人気のない方に歩いていく。
 
ゼネテスは舌打ちをして、背後の気配を伺った。どうやら何人かが酒場から後をつけてきているらしい。
「おい、駄目だって。1人じゃ危険だ」
追いついてそう言うと、リュミエは不満そうに反論する。
「何が危険〜〜?町中だからぁ、モンスターも出てこないよぉ」
いや、この場合、危ないのはモンスターじゃなくて。
「乙女が夜一人歩きしちゃ、いけないの。さ、帰ろうぜ」
子供に言い聞かせるように言っても、リュミエはキャラキャラ笑うだけだ。
「へーきです。一人歩きしたって、怖くないです〜」
「怖いオジサンやお兄さんに、声かけられるぜ。さあ」
不意にリュミエがぷっと膨れた。
 
「声なんかかけられないです」
え?とゼネテスが思うと、さらにリュミエが続ける。
「ロストールでぇ、夜歩いてたらぁ、道歩いてたお兄さんが近寄ろうとして、わらひの顔見て、逃げていきました。
ワタヒ、きっとマンティコア並に凶暴な顔してるんだ〜〜」
そう言って、ひえ〜と泣き出す。
今度は泣き上戸かと、ゼネテスも泣きが入りそうになるが、踏みとどまって宥めにかかった。
「そんな事ないって。その男は目が悪かったんだ。お前さんは可愛い女の子だから、男にゃ、用心しなきゃないんだ。さ、帰ろうぜ」
一瞬ゼネテスの方を見て頷きかけたリュミエが、急に機嫌悪そうに眉を寄せた。
「嘘です!」
そうゼネテスをびしっと指差し、決めつける。
「ハンナが、言ってたもの。ゼネテスはぁ、女好きで、可愛い子を見ると、すぐに抱っこして、キスするって!
私はキスされたことがないから、可愛くないの!」
 
ゼネテスは思いっきり脱力した息を吐く。
 
…そりゃ、文字通り可愛い「子」だ…。俺はこう見えても、結構子供好きなんだ…。
ちなみに男の赤ん坊でも、キスするときはあるぞ…。
なんだか真面目に言い訳するのも、馬鹿らしい気がするが。
 
ため息ついたゼネテスを見て、リュミエは「やっぱり」と言う顔でさらに続けた。
「ティアナ王女もぉ、ゼネテスに、『まだ女の人に刺されないの?』なんて言ってたじゃないの〜。
ゼネテスは、可愛い子を見ると片っ端から手を出して、で、私には手を出さないから、私は可愛くないんだ」
「どういう理屈で、そうなるんだ」
ゼネテスは思わず唸るが、リュミエはぷんといった感じで後ろを向くと、またとことこと歩き出した。
「おい、待てよ」
ゼネテスは慌てて後を追う。背後から来る気配は、増えているようだ。
 
「ちょっと待てって。ティアナのいったのは、全くの誤解だ。あのお姫様は俺が外で何をしているか、何にも知らないんだぜ?おおかた、お貴族の誰かが言ったのを鵜呑みにしただけだろ」
「じゃ、何であの時、そう言って誤解を解かないのよ」
「いちいちそう言うのもな、面倒くさいから」
そう言いながら、何で自分は酔っぱらい相手にムキになって言い訳しているんだろうと思う。
とにかく今やリュミエはゼネテスに腹を立ててるようで、ずんずん歩いていく。.
 
「おい、まてってば」
強引に追いついてリュミエの肩に手をかけると、ゼネテスは自分の方を向かせた。
「いい加減機嫌を直せよ。さ、帰ろうぜ?」
リュミエはなんだか不満そうな顔でゼネテスを見上げてる。
「私、可愛くないもん!顔見ると、みんな逃げてくもん!」
「そりゃ、ロストールでの話だろ?」
ロストール周辺では、リュミエは顔が売れている。
竜字将軍をわざわざナンパするほど、度胸のある男はそうはいないだろう。
だが、ここではそうはいかない。リュミエの名は知られていても、顔までは知られていない。
どう見てもまだ20才にもなってなさそうなこの娘は、多分、ここの連中には初めてのお使いを成功させて喜んでる、駆け出し冒険者にしか見えないだろう。
冒険の辛苦が殆ど姿に現れない。崩れた雰囲気がしない。
それが、彼女の不思議なところだ。
 
「どうへ、私、マンティコアだもん、リッチの方が可愛いんだ〜」
天下無敵の酔っぱらいと化したリュミエが、訳の分からないことを言って、またビエ〜っと泣き出す。
「そんなこと、ないって」
頭痛を抑えながらゼネテスがなおもそう宥めると、リュミエはうさんくさそうな目で睨んだ後、目の前の男にとんでもないことを言った。
 
「じゃ、キスして」
へ?
「可愛い子には、キスするんでしょ?ゼネテスがキスしてくれたら、信じる!」
何でそうなるんだ…、ゼネテスは目眩がしてきた。
「あのなあ、俺は酔った女をいただく趣味はないんだ…。
素面の時にオネダリしてくれたら、いくらでもキスしてやるぜ?」
冗談めかしてはぐらかすと、リュミエは傷ついたように顔をしかめ、また後ろを向くと歩き始める。
慌てて後を追うと、もう足に来ていたのかリュミエがふらついた。
「おい、ほら見ろよ」
ゼネテスが手を出すと、リュミエはすとんと腕の中に収まる。
そして、泣きべそ顔をゼネテスに向けると、子供が駄々をこねるように言う。
 
「私が可愛くないから、ゼネテスはキスしてくれないの?」
何でそんな事に拘るのかと、ゼネテスには少々理解不可能だったが、どうやら自分が「可愛いか、可愛くないか」
ってのは女にとっての重大問題だって事はわかる。
「そんな事ないって」
「じゃ、キスして」
 
…だから、酔っぱらって前後不覚の女に口説かれても、あんまり嬉しくないな…、でも、素面のリュミエは絶対にこんな事を言わないだろうと思うと、何となく「儲けもん〜♪」なんて考えてしまう、自分が悲しい。
「ヘネテフ〜〜」
ろれつが回らず、変な呼ばれ方をするのは少々悲しいが、それを抜きにしてみれば、酔っぱらったリュミエは普段よりも頼りなくて可愛らしく見える。
舌足らずな口調も妙に甘く聞こえるし、潤みがちな瞳は切なげに男心に訴える
 
ゼネテスは、苦笑がちにリュミエと向き合うと、確認するように言う。
「キスしたら、宿に帰るな」
リュミエがこくんと頷く。
「お前、自分が何を言ってるか、わかってないだろう」
「わかってるもん〜〜」
「ホントかねぇ、明日になっても、同じ事が言えるんだか…」
ぼやく相手に催促するように、リュミエは背伸びをして男の首に腕を回す。
ゼネテスは覚悟を決めて彼女の腰に腕を回して引き寄せると、「子供」に対してではなく
「女」へのキスをした。
 
長い長いキスに、リュミエは息苦しさを感じたようだ。
首に回された両手が、ぎゅっとゼネテスの服をにぎりこむ。
『そっちが挑発したんだから』とばかりに、ゼネテスは角度を変えて、なお深くキスをする。
やがてリュミエの身体から、完全に力が抜けた。
唇が離れると、ことんと目の前の分厚い身体にもたれてくる。
「おーい…、しゃっきりしないと、襲っちまうぞ…」
減らず口をたたきながらリュミエの顔を覗き込んだゼネテスが、苦笑混じりの笑いを漏らした。
「やっぱ、こういうオチかい」
リュミエはすーすーと気持ちよさそうな寝息を立てて、寝込んでいた。
 
やれやれ、罪なお子さまだ。
ゼネテスは1人で笑いながら、リュミエの身体を抱き上げようとした。
その時、背後に集まってきた人の気配を感じ、ゆっくりと振り向く。
そこにいたのは、傭兵崩れのような男が、6,7人。いや、その辺の陰にまだいるかも知れない。
そのにやにや笑いを見れば、その男達が何の目的で自分達をつけてきたのか、すぐに分かる。
 
珍しい、若い女の冒険者。
酔っぱらって人気のない場所に来た女を、複数でどっかに引っ張り込もうと思ってきたのだろう。
馬鹿な奴らだ。
そう思ってゼネテスはあえて感情を殺した顔で、男達を見やる。
中央にいた男は、このちんぴら連中のリーダー格なのだろうか?
別に誰がリーダーでもあんまり関係なかった。
リュミエに不埒なまねをしようとした奴らの末路は…、考えるまでもない。
 
「よう、兄ちゃん。お楽しみだったらしいな」
「覗きか?楽しんでもらえたなら、そこをどいてくれや。見物料はまけておいてやるから」
大勢に取り囲まれても慌てた様子のないゼネテスに、男達がむっときたのがわかる。
「俺達もあやかりたいね。何しろ、この町にいる女はババアか、お堅い雇い主さんの家族だけだ」
「あやかりたきゃ、ノトゥーン神にお願いしな。まずはこの卑しい顔と根性をお救いくださいってな」
あからさまな挑発に、簡単に男達は乗ってきた。
てんでに得物を出して、ちらつかせる。
「痛い目にあいたくなきゃ、女を置いていきな」
 
ゼネテスはわざと聞こえるように鼻で笑う。
それからリュミエを道ばたの岩にもたれるように据わらせ、ふざけた調子で言った。
「おい、リュミエ、聞こえたか?こいつら、お前さんの色香に惑わされてきたんだとさ」
寝てる女が聞こえるわけがない。男達は、自分達を嘲笑しているのだと気が付き、じりじりと周りを囲む輪を狭めてきた。
「そのまま、どっかに行っちまいな」
「そうもいかないねぇ、こいつを置いていった方が、後で痛い目を見るのは目に見えてるからな」
相変わらずふざけた調子で言って、ゼネテスは自分の剣をお守りのように眠っているリュミエの隣に置いた。
そして立ち上がり、まっすぐに男達と向き合う。
彼らはすでに剣やら斧やらを構え、ゼネテスを殺してでも女を連れて行く気らしい。
 
「がっつく男は嫌われるぜ」
相変わらずふざけた調子は変わらない。
ゼネテスはぐるりと男達を見回した。
 
「あいにくだな」
にやりと笑って、そう言う声に凄みが混じる。
「お前さん達の相手をしてやるほど安くはないんだ。俺の剣も、この女もな」
剣狼と呼ばれる男の闘気が、すんだ夜の空気にびりびりと伝わっていった。
 
数分後。
ゼネテスはいつもの気楽な調子で、眠っているリュミエを覗き込んでいた。
「大物だねぇ。目の前で大立回りしてたって、起きもしやしない」
くっくっと笑いながら、すうすうと眠っているリュミエの頬をちょんちょんと突っつく。
それでもまるで起きる気配のない娘に、ゼネテスは「参った」と言った感じのリアクションをして、
背中にしょいあげた。
宿に向かって歩きだすゼネテスの足下には、完璧にのびきった男達が何人も倒れている。
 
まあ、一晩ほっとかれて風邪をひいても、それは自業自得だろうと思いつつ、ゼネテスは捨てぜりふを忘れない。
「相手してやったのが、正気の俺で良かったんだぜ?酔っぱらいの竜殺し相手じゃ、お前さんら、今頃全員消し炭だ。感謝してくれよな?聞こえてないだろうがさ」
当然聞こえてない男達を置いたまま、後は後ろも見ずににさっさと坂を下っていく。
背中でどんな夢を見ているのか、リュミエは時折くすくすと笑い声をたて、
頬をゼネテスの背中にすり寄せている。
ゼネテスは深くため息を付いた。
「…そりゃ、良いよな。夢ですませられるやつは…」
 
初めてのリュミエとのキス。
「酔っぱらった素人女には手を出さない」というゼネテスの主義には反するが、けっこう本気だった。
だが天下無敵の無邪気さで男心を振り回し、大いに動揺させてくれた本人は、
多分明日には何も覚えてないのだろう。
 
「やれやれ、明日はどういう顔をすれば良いんだか」
ぼやいた所で答えてくれる者は居ない。
鮮やかに降り注ぐ星の光は、完璧に困り果てたゼネテスの情けない表情を、くっきりと浮かび上がらせていた。
 
 
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当然言い訳2――ゲーム中にさんざん女心を振り回してくれたゼネさんを、振り回してやれ(笑)と言うだけの話。
私、ゼネさんはどうしても、素人娘に手を出すタイプとは思えないんですよね〜。だから、酔わせて××なんて事も無しです。この人って、口では「テキトー」なんて言ってるけど、実際は責任感が強くて保護者意識の強い人だと思うので、多分、ティアナや叔母さんを気にしてるのも、その性格の現れだと思うの…。ティアナの部屋イベントは、腹は立ったけど、真面目に口説きに行ってるとは思えなかったの(どっちかというと、意地っ張りな妹をからかいに行っただけな感じで)。
私の願望だけかも知れないけど。