お酒の功罪
 
地の果て、アルノートゥン。
単に地理上のことだけでなく、若い女性が極端に少ない事からかも、冒険者や旅の商人にそう呼ばれてしまう町なのだが。
今日の酒場は珍しく女性の声が響き渡っていた。
 
「良いぞ、姉ちゃん」
「ルルアンタちゃ〜ん」
と、酔っぱらった男共の歓声を気持ちよく受けて、歌声を酒場に響かせているのは、言わずと知れたルルアンタ。
そしてその隣では、赤い顔で陽気に剣の舞よろしく、剣を振り回して踊っているリュミエ。
手に持たれている剣は、どう見ても妖刀「月光」だったりする。
 
「か〜っ、アブねぇ〜。おい、どうする?」
同じ酒場内で、適当に見えて実は結構常識人なゼネテスが、隣で飲んでいるセラを突っついた。
セラは不機嫌そのものの顔で、ゼネテスを冷たく睨む。
「…誰があれに酒を飲ませた?」
「俺っす…」
大きな体を小さくして、ゼネテスは頭をかいた。
 
あの戦いの後、何やら裏で動き始めた気配にリュミエ達と一緒に旅を始めたゼネテスだったのだが。
何しろ、元がど真面目に深刻ぶるのとは無縁の男である。
パーティーをくんで最初の仕事でこの町に来た彼は、酒を飲んだことがないと言うリュミエに
「まま、これはそんな強くないから。一杯、いけ、一杯」
などと調子よく言って飲ませたのが運の尽き。
 
あっと言うまに出来上がったリュミエはセラに
「剣を貸してくれなきゃ〜〜、フレイムかけちゃう〜〜かも〜〜」
という脅しをかけ、首尾良くひったくった後、ルルアンタの歌に会わせて踊り回っていた。
ちなみに最初に標的になったのはゼネテスの七竜剣の方だったのだが、こちらは片手で振り回すには
重すぎたようで、罰当たりにも「いらない〜〜」とリュミエは放り投げたのだった…。
 
と、言うわけで、ハラハラと保護者モードに入ってしまったゼネテスの隣でセラはむっつりと黙り込み、
ルルアンタは回りが喜んでくれるので気持ちよく歌って踊り回り、さらにその隣ではリュミエが剣を振り回して踊っているという、今の状況になってしまったのである。
 
ワアッと大喜びの他の客達の歓声と拍手が、酒場中に響く。
仲良くそろって礼をしたルルアンタとリュミエが、上機嫌でテーブルに戻ってきた。
セラは剣をさっさと取り戻し、やっぱりまだ不機嫌にゼネテスを責めるように睨んでいる。
「楽しかったね〜、リュミエ」
「うん、たろしかった〜〜」
真っ赤な顔で笑ってるリュミエは、ろれつが回っていない。
 
「レネテフ〜、もう一杯、ちょうらい、もう一杯〜〜」(ゼネテス、もう一杯、ちょうだい、もう一杯)
誰を呼んでるんだ、と小声で突っ込みを入れつつ、ゼネテスはリュミエの前から酒のグラスを遠ざけた。
「駄目ですって、はい、もうご馳走様!」
保護者モードのゼネテスに、酔っぱらいリュミエはぷーっと頬を膨らませる。
「るるい〜、じふんはぁ、いっぱぁい、飲んでるふへに〜」(ずるい、自分はいっぱい飲んでるくせに)
「ああ、はいはい、俺ももうご馳走様!これで良いだろ?帰って寝ようぜ?」
「やら〜〜!ほっと、あそふの〜〜」(やだ、もっと遊ぶの)
途方に暮れたゼネテスの隣では、素知らぬ顔のセラに、面白がってるらしいルルアンタ。
(はぁぁ、酔っぱらわせた責任はとれってことですかい…)
ゼネテスはかなり情けない顔で、ため息を付いた。
 
そんなこんなしているうちに、珍しい女の客に回りに集まってきた男連中が、口々に無責任な誘いをかけ始めた。
「ねーちゃん、こっちくりゃ、奢ってやるぜ」
「嬢ちゃん、わしが奢ってやるぞ」
リュミエはその辺から差し出されたグラスを、くーっと傾けた。
「わああ、余計な真似するなって!」
慌てて引き寄せたゼネテスの腕の中で、リュミエはご機嫌で「おいし〜〜」なんて言っている。
 
「飲みたいって言うんだから、飲ませたらいいじゃないか」
にやにや笑いの冒険者らしい男がそう言う。
ゼネテスはぎりっと睨みを利かせて、
「余計なことをするな」
と凄みのある声で言う。
一瞬引きかけた男達が、だがすぐにまたざわめきだした。
ゼネテスに引き寄せられたリュミエが、
「やら〜〜、あっつい〜〜…」
と舌足らずに言って、上着に手をかけたのだ。
 
ドドドッと、かぶりつきに集まってくる男連中。
「おい、手伝え!!」
服を脱ごうとするリュミエの手を押さえながら、ゼネテスが焦って隣に助けを求める。
だが、そこには誰もいない。
「オヤジ!連れはどうした!」
慌てまくりながらゼネテスが店の主に聞くと、主は可笑しそうに、
「お連れさんなら、たった今、ちっちゃい子を連れて帰っちゃいましたよ」と答えた。
 
逃げやがったか〜〜〜!と歯ぎしりしながら考えるゼネテスの傍らでは、リュミエが
「脚、だるい〜〜」なんて言いながら、スリットからすらりと伸びた脚を椅子の上に持ち上げ、膝上まであるブーツを脱ごうとし始めた。
短いスカートがかなりきわどい所まで捲れあがり、ギャラリーは鼻息を荒くして、その中を覗き込もうとしている。
『ぎゃあああああ!』
ゼネテスは、どんな敵を前にしてもあげたことの無いような悲鳴を、内心で上げた。
「ねーちゃん、脱ぐの手伝うぜ」
と、何下に脚に触ろうとする冒険者をはり倒し、ゼネテスは慌てふためいて彼女の腕をつかむと、
脱兎のごとく、酒場から逃げ出したのだった…。
 
 
「いたたたた…」
翌朝、宿屋のベッドの上で、リュミエは頭を押さえながら起きあがった。
「おはよー、リュミエ。うふふ、二日酔い?」
とルルアンタがくすくす笑いながら、水を持ってきてくれた。
「ありがとう…、いつのまに帰ったのか、覚えてない…」
情けなさそうに呟きながら、水を飲んでるリュミエに、ルルアンタはますます可笑しそうに笑っている。
「そうだと思うよ。リュミエってば、酔っぱらっちゃって、凄かったもの!」
「私…、何かした??」
不安そうに言うリュミエ。
「ゼネテスに聞いてみればいいよ。夕べ、寝込んだリュミエを背負って帰ってきたの、ゼネテスだもん」
とルルアンタはあっさりと答えたのだった。
 
宿の食堂では、食事を終えたらしいセラとゼネテスが、少し離れた席に座っていた。
おどおどと食堂に入るリュミエに、ほぼ同時に2人が視線を向ける。
「え〜と…」
もじもじしながらリュミエはルルアンタと並び、2人の中間くらいの席に着いた。
「私…、夕べ、ずいぶん迷惑かけちゃったみたいだけど…、何したんだろ…」
「覚えてないのか」
セラは、処置無しと言った風に、ため息を付く。
ゼネテスはげっそりした感じで、リュミエと視線を合わせない。
その様子に、リュミエはますます不安になった。
「ゼネテス…、夕べ私を送って来てくれたんだよね。…何か、した??」
そう言ってにじり寄る彼女から、ゼネテスは距離をとろうとする。
 
(ひ〜〜、私、何をしたんだろ〜〜〜!)
と思わず泣きが入りかけたリュミエに、セラがぶっきらぼうに言った。
「また、剣を振り回して踊ったのではないか?」
へ?とリュミエが視線をセラに向ける。
「リュミエね、夕べ酒場でセラの「月光」もって、ルルアンタの歌に会わせて踊ったんだよ」
ヒエェェとリュミエの顔が青ざめた。
 
「ご、ごめんね〜〜!もう2度としないから〜〜〜」
べそをかいて謝るリュミエに、「当たり前だ」とセラは一言だけ言った。
「それでね、その後、リュミエったら、暑い〜っと服を脱ごうとしたんだよ」
ギャアアアアとリュミエの顔がまた青ざめる。
 
「え〜?全然覚えてないよ〜〜!私、服脱いじゃったの???」
「わかんない〜、その後セラに外に連れ出されたから〜〜」
「酷い〜〜、私を置き去りにしたの〜〜??」
「ゼネテスは残していった…、止めてなければ、脱いでただろうな」
何事もなく言うセラに思わずリュミエは恨みがましい目を向ける。
それから、目線をそらすゼネテスの膝によじ登らんばかりの勢いで迫ると、
リュミエは真剣にべそをかきながら訴えた。
 
「どうなったの?私、脱いじゃったの?」
その必死の様子に、ようやくゼネテスがいつもの調子で笑った。
「脱いじゃいないって」
「本当??」
「うん、だと思うよ。ルルアンタ達が出てからすぐにゼネテス、リュミエを連れて酒場から出てきたもの」
くすくす笑いのルルアンタ。
「早く言ってよぉぉ」
リュミエは驚いたり、焦ったり、安心したりで、忙しい。
 
「見てたのか?」
とゼネテスが確かめるように言った。
「あのね、扉の影で隠れて見てたの」
今度はゼネテスがセラに恨みがましい視線を向ける。
「俺が困ってたってのに、とんずらしやがって。隠れて見てるくらいなら、手をかせって言うの」
「飲ませた責任をとって貰っただけだ。もっとも逃げ出したら困るからな、様子を見ていた」
「やな奴だな、お前〜」
ぶつぶつ言うゼネテスに、セラは素知らぬ顔だ。
 
「それで、その後、私、どうしたの??」
リュミエがまた不安そうに言う。
ゼネテスは頭をかきながら、ルルアンタに「どこまで見てたんだ?」と訊いた。
 
「ゼネテス達が酒場から出てきたところまで。その後ね、宿と反対方向に歩いて言っちゃったから、多分セラが酔いさましだろうって言って、ルルアンタ達は部屋に帰ってきたの」
「ふうん、じゃ、その後のことは知らないんだな…」
その意味ありげな言い方に、リュミエはもう泣きべそをかく寸前だ。
「私、何したの??」
 
その顔をちらりと横目に見たゼネテスが、可笑しそうにぷっと吹き出す。
「何よぉ」
ゼネテスは小さな子にするように、睨むリュミエの頭を撫でた。
「何もしてねぇって」
「本当?」
「本当、少し歩いて、そのうちにお前さんが寝ちまって、そんで俺は背負って帰ってきた。それだけだ」
「本当にそれだけ?」
疑い深げにリュミエがしつこく訊く。
「本当だって」
くすくすと可笑しそうにゼネテスは言いながら、ぽんぽんと大きな手でリュミエの頭を叩いた。
まるっきり子供相手の仕草だ。
リュミエは両手で頭を押さえると、ぷーっと頬を膨らませる。
「もったいつけた言い方をするから、何かものすご〜い事をしたかと思ったじゃないの」
「酔っぱらいのお世話をしたんだぜ。十分、ものすごいんじゃねえの」
笑うゼネテスに、リュミエが頬を膨らませたまま睨む。
 
ルルアンタが笑いながら、絶妙のタイミングでわってはいった。
「はい、そこまで。リュミエにお粥貰ってきたからね」
「あ、そうだ、お腹空いてたの〜〜」
と、さっそくリュミエはお粥に飛びつく。
 
ふうふうと色気も素っ気もない仕草で熱いお粥を冷ましているリュミエに、ゼネテスは思わず失笑する。
実は結構、ものすごい事もあったのだが。
 
(ま、覚えてないなら、それはそれでいいか)
なんて多少もったいなさげに思うゼネテスだった。
 
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当然の言い訳――はい、当然(?)真相編に続きます。(^^;;)ま、仲良しゼネさんとリュミエということで…。
なんか、親子みたいですね、この2人ってば。って、お前が言うな!