◆果てまでも 1◆
 
『お前というやつは!』
『何よ、わざわざ帰ってきてやったのに、いきなり説教する?』
『俺が帰ってこいと言ったのは、もう一月も前の話だ!今頃、のこのこと帰ってくるとは』
『まあ、ひょっとして、夕べの夜会にあわせて戻らなかったのを、怒っていらっしゃるの?オニイサマ』
『俺はそう手紙に書いたはずだがな』
『出席するって言った覚えはないもの。それに、欠席した方が良かったんじゃない?ボロが出てばれたら
困るのは、オニイサマだものね』
『そんな事は判ってる。だから、早めに知らせを出したのだ。じっくり教育をしてやれば、数時間くらいは大人しくしていられるだろうからな』
『あら、残念でした。ばかげた見せ物になるために努力するほど、私、暇じゃないもの』
『ばかげた見せ物だと?国王列席の正式な夜会を――』
『そうよ、決まってるじゃないの。今の私を、そのまま貴族達に紹介できる?
日に焼けて、手が固くて、髪もばさばさな私を。出来ないでしょ?あんたの考えてることなんて、すぐに分かる。
表面だけ、ちょっと上塗りしてごまかしてやれ、そう思ってたんじゃないの?』
『下品な邪推をする女だ――』
『だってその程度じゃないの。見た目だけお上品に振る舞ってれば、ご満悦なんでしょ?上っ面だけの不気味なつきあいしかできない、あんた達って不気味よね』
 
上っ面だけの不気味なつきあい?――そんな筈はない。高貴で誇りに満ちた者達が集う場所だ。
それを理解できない、愚かな女。
 
『本気でそう思ってるの?』
 
当たり前だ。
 
『本気で思ってるの?だとしたら、あんたも相当――』
 
なんだと言うのか、答えろ。
 
……ちゃんと答えてみろ、笑っていないで……。
 
 
 
◆◆
 
 
ぼんやりと目を開けたレムオンが見たのは、ボロ布の天井。
馬車の幌だ。
跳ね起きようと思ったレムオンは、自分の身体が自由にならないことに顔を青ざめさせた。
最初に考えたのは、何者かによる陰謀。
何者かが、自分をどこかに監禁していたのか――?
 
「よう、起きたのか」
ぎょっとして声のした方を向くと、幌をめくった隙間から、見知った顔が覗いていた。
「…ゼネテス…」
「腹減ったんじゃないか?ちょうど、時間通りだ――さすがに魔法王国時代の知恵はすごいもんだな」
意味不明の事を言いながら感心しているゼネテスに、レムオンは不審の目を向ける。
 
「…どういう意味だ…貴様が俺を…?」
「いや、俺はただの野次馬なんだが――説明は首謀者から聞いてくれ。ちょうど、飯も出来たようだし」
可笑しそうに唇をつり上げると、ゼネテスは馬車から下りるように合図した。
レムオンはきしむ身体を緩慢に動かし、馬車から下りる。どうやら、動きがにぶいのは強ばっていたせいで
とくにどこかケガをしたわけではないことを知り、少しだけ安堵した。
 
時刻はそろそろ完全に陽が落ちきる直前、と言ったところか。
森の中で、焚き火が赤々と燃えている。
その傍らに1人の男がしゃがみ込んで、何かをしている。
どうやら木の枝で、火の中から何かを掻き出しているらしい。
 
「何をやっているんだ?」
思わず口にした声が聞こえたのか、火の側の男が振り向いた。
揺れる炎の灯りで影になった顔の男は、レムオンを認めたとたん、背中に棒を入れられてような直立不動の姿勢になった。
 
「こ、公爵様!」
どもり気味で頭を下げる男の声には聞き覚えがある。
チャカ――とか言ったか。
確かあの女の弟…そう思った瞬間、ひらめいたものがあった。
首謀者とは。
 
「リュミエのことか?首謀者とは」
ゼネテスに噛みつくように問うレムオンに答えたのは、森の中から現れた女の声だった。
「大当たり。首謀者は私」
険しく睨むレムオンに怯むことなく、ノーブル伯リュミエはにっこりと笑った。
 
 
◆◆
 
「コレ、あの、お口に合いますかどうか」
恐縮しきったチャカが、黒こげになった葉の包みを差し出す。
憮然とそれを見つめるレムオンに、チャカは慌てて外側の焦げた葉をむき出した。
中からは、ほっくりとほどよく焼けた何かの実のような物が出てきた。
 
「山芋の小イモの部分。そのまま食べても良いけど、皮をむくとほっくりして美味しいのよ」
そういうと、リュミエはイモの皮を器用につるりとむき、中から出てきた白い実を口に放り込んだ。
眉を寄せたままのレムオンが横を見ると、ゼネテスが同じようにイモをほうばっている。
「すみません、今、皮をむきます」
チャカが焦りながら、一度レムオンに渡したイモを取り戻そうと手を伸ばしてくる。
 
くすりと笑ったリュミエの表情に気が付いたレムオンは、
「このままでいい」
と、皮つきのままのイモを口に入れた。
慣れない食感に顔が顰められそうになったが、なんとか吐き出さずにそれを飲み込む。
無理しちゃって、と言わんばかりのリュミエの顔がしゃくに障った。
ピリピリとした雰囲気に、チャカが場を取りなすように深皿をレムオンに差し出す。
豆や乾し肉がおおざっぱに入った煮込みに、レムオンは眉を顰めた。
「すみません、あの、姉ちゃんが作ったんで、お口に合うか判りませんけど…」
おずおずと言うチャカに、レムオンはリュミエの方を向くと嫌みな笑い方をした。
「ほう、お前に料理が作れたとはな」
「バカじゃない?料理くらい、村の娘なら10才になる前からやってるわ」
しれっとした顔つきでリュミエは答えた。
 
 
「姉ちゃん〜〜、公爵様に、あんな無礼なことを〜〜」
張りつめた空気に耐えられず、ゼネテスの背後に隠れたチャカが、泣き言を言った。
「お前さんなあ…お前の姉貴も一応伯爵様なんだぜ?それに、一応、俺も貴族の端くれらしいんだがな」
それを聞いたチャカは涙ぐみながらため息をつく。
「…貴族様がみんな、ゼネさんみたいに威厳がなかったら、もっと親しみが持てるのに…」
「悪かったな、威厳がなくて」
ゼネテスは苦笑するしかなかった。
 
◆◆
 
 
「食事はもういい、説明してもらおう!何故、俺はここにいる。いったい、…」
鋭いレムオンの声に、リュミエは肩を竦めた。
「じゃ、先に説明して、そっちは何をする気だったの?」
「なんのことだ?」
「しらばっくれないで、出兵ボイコットして、館に閉じこもって、アトレイア王女を突然訪ねて、
そしてどうする気だったの?兵力が出ちゃった隙をついて現王家にクーデター?アトレイア王女を旗頭にして」
睨むレムオンに構わず、リュミエは畳みかける。
「あんまりらしくないってセバスチャンが心配するから、ロストールを出るときに、薬を預けておいたの。
前魔法王国の秘薬。数日間眠り続けるって言う睡眠薬。見るからにやばいことを始めようとしたら、
飲ませるようにって言い置いてね。
セバスチャンは、あんたが他の貴族に当てた決起書の下書きを見ちゃったの。
それで思いあまって、飲ませたのよ」
 
一言も発しないレムオンに、リュミエは冷たく続けた。
「飲ませたときは、すぐに病気療養って届けを出すように言っておいたんだけど、妙なタイミングでアトレイア王女も行方不明になったものだから、どうやら、一緒に消えたことにされちゃったみたいね。
他の貴族連中は一斉に王妃にすり寄りだして、今、リューガ家は孤立無援状態よ。
のこのこ顔出しできる?レムオン」
聴いているうちに、レムオンの白い顔から血の気が引き、さらに蒼白になった。
怒りのために。
 
 
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