神への旅路◆
 
小さなつむじ風が先を急ぐ彼の足下にまとわりついて、かわいた黄土をまきあげた。
 
四方は湿り気のまるでない土と岩で満ちており、生き物の気配が感じられない。
申し訳程度に岩の隙間から顔を出す草も、長の渇きにすっかりしょぼくれて、
この地の死が近いことを、知らしめていた。
彼は、小さな荷物の中からあちこちへこんだ水筒を取り出してわずかに唇を湿らせた。
一滴の水気も逃さぬように、湿らせた唇を嘗める。
口の中に広がる土の味に、おもわず顔を顰めた。
「・・・ちっ。」
ぬぐった手に触れたざらりとした感触。瞬時ぎょっとし、口の端だけをゆがめて笑う。
―――俺はいったい何やってんだ?
 
巡った考えを、頭をかきむしって追い払う。彼は手近な岩に腰を下ろした。
麻を、目をびっちり詰めて厚く編み上げた重たいマントをはずすと、容赦ない日差しが彼の肌を
焼いた。砂漠に生まれ育った者でも、耐えられぬであろう暑さだ。さしもの彼も耐えかねて、
せっかくはずしたマントをもう一度頭からかぶった。振り回したマントがおこした生ぬるい風が
携えている剣の帯びる風と相まって、少しだけ心地よく、彼に吹いた。
 
「・・・ありがたいね、まったく。」
呟いて、鞘から抜こうと柄に手を掛けた彼の瞳から、笑みの色が消える。
途端に体中の筋肉を張りつめて、ささる気を追った。
―――どこだ。
 
ほんのわずか、空気が揺らいだ。放たれた矢がマントを貫く。
マントはあるべき中身を失って、くたくたと岩の上に伏した。
「おっと、動くな。」
矢を放った者の喉元を、風を帯びた大剣ではなく小さな短剣とたくましい片腕が押さえつけた。
「くっ・・・いつの、間にっ・・・」
締め付ける腕をのけようとする指は、儚いまでに白く、細い。
 
「言え。あいつは・・・どこにいる。」
「・・・無駄だ。風が守護せし刃の主よ。あの方は・・・滅びぬっ・・・」
腕に食い込んでいた爪が唐突に離れた。既に押さえつける必要のなくなった身体は、
あきらかに、少女のものだ。彼が探す少女と同じ、青い髪の―――。
 
彼は、刺客である少女の口の端から流れ出す血をぬぐって、静かに黄土へ横たえた。
彼に刺客を放ち、常なる世を常なる闇に導かんとする少女を、以前、彼は「相棒」と呼んだ。
 
そして今、現世最後であったはずの神をたおせし時、かわした約束を果たすため、彼女を目指す。
『ヤバくなったら俺がとめてやる。』
言は希望となり、呪縛となった。
―――間に合うのか、俺は―――
目指す少女が内に秘めし力の、満ちぬ間に。
 
帰らぬ旅路の人となった少女に黙礼を捧げ、矢が貫いたマントを羽織り彼は再び歩き出した。
ただ、彼の知る少女を守るために。
彼の知る少女に、還すために・・・・・。   
 
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言い訳じゃなくてお礼――まずは小桃さん!ありがとうございます〜〜。書いた当人が書き逃げした「降臨」の後日談を
頂いてしまいました。確かにあの時リュミエが突きつけた3つの選択、逃げるか、エリスを差し出すか、自分がリュミエを止めるか。選べと言われたら、多分これしかないと思います。格好いいゼネさんをありがとうございます。(^-^)