再生◆ 
 
…ゼネテス…
(誰だ?)
 
…私よ、分かる?
(ああ、お前さんか、久しぶりだな…)
 
…久しぶり…、本当に久しぶりね。でもあなたはちっとも変わってないわ…
(よく言うぜ…、お前さんはそりゃ変わっちゃいないが…、俺は変わった…見れば分かるだろ?)
 
…ううん、ちっとも変わってないわ。私が何しに来たのか分かる?
(さてね、そろそろ本当にお別れの時期のお知らせかい?)
 
…いいえ、迎えにきたの…、っていったら、私と来てくれる?
(ありがたいお申し出だが、遠慮しとくぜ)
 
…私と一緒に来てくれれば…、あなたは…
(その先はいいっこなしだ。あの時に道は完全に分かれたんだ。そうだろ?)
 
…そうね、ごめん…
(謝るなよ、…、あいつとは上手くいってるのか?)
 
…うん。
(そうか、そいつは良かった。怒られなかったか?)
 
…ちょっと、…ううん、本当はかなり。余計なことするなって、すごく怒られたけど…
(今は上手くいってるんだな。幸せか?)
 
…うん、とても…
(そうか、それなら良いんだ…)
 
…ねえ…、静かだね。
(ああ、この町はもう人っ子1人いやしない)
 
…大陸全体にもいないのかしら?
(さて、俺みたいなへそ曲がりがその辺に隠れてるかもしれんが…、そんな奴らを見かけたら、どうする?)
 
…共存を望むなら、何もしないよ?言ったでしょ?私たちは…
(ああ、戦う気のない者を追っかけてまで狩る気はないんだろ?それを聞いて安心した)
 
…ゼネテス…?
(なんだ?)
 
…ねえ、キスしてもいい?
(怒られないのか?あいつに)
 
…これくらい大目に見てくれるよ…
(そうか…)
 
…いい?
(そうだな…、そろそろ眠くなってきたし…、お休みのキスってのも、たまにはいいかもな…)
 
…私ね、ゼネテスのこと、好きだったよ…
(あいつの次にだろ?)
 
…うん…、でも好きなのは本当…
(そうか…、まあ、それもいいか…ああ、本当に眠いな…)
 
…眠っていいよ…、私、ついてるから…
(ありがとうよ…)
 
……
 
…ゼネテス?
(……)
 
…ゼネテス…?
 
 
「ゼネテス、眠ったの…?」
リュミエは目を閉じた老人の顔をそっとなぞった。
 
ゼネテス・ファーロス。
バイアシオン大陸最後の統一王。
日々活力を無くしていく大地の荒廃をくい止めるために全力を尽くす傍らで、
他大陸との交流を積極的に行い、その後半生においては全住人の移民政策を実施。
大陸最後の首都エンシャントの港から最後の移民船が出港するのを見届けたその夜、
人間としては異例なほどの長寿を保った彼は、王宮内の一室でひっそりと息を引き取った。
 
生涯妻はめとらず、人々を導くことだけに精魂を傾けた男。
その最期を愛した女に見とられて。
 
リュミエは枯れ木のような老人の唇に、もう一度口づけた。
そして胸の上に両手を重ねさせ、毛布をかけ直す。
少しの間、別れを惜しむようにその眠っているような顔を見つめたあと、リュミエは顔を上に向けた。
天井を越え、その遙か上空をイメージし――。
 
ばっと辺りが火に包まれた。
一瞬でエンシャントの町が全て燃え上がる。
その町の上からリュミエは足下に燃える巨大な葬送の火を一瞥し、
振り切るようにさらに上空へと舞い上がった。
一気に雲を突き抜けたところで、辺りを見回す。
 
離れた場所に、一本の光の柱が立っている。
その中に、彼女の愛している男がいる。
リュミエはそこに向かって一筋の光となり、飛び立った。
 
 
闇の門の島。
その中心部から空に向かい、巨大な光の柱が立ち上っている。
その上部に浮かび、眼下の大陸を睥睨しているのは、本来の銀髪を長く背に垂らしたレムオン。
彼は以前のように2本の剣を持ち、今は右手にだけ抜き身をさげている。
彼はその剣を一度高く上に掲げ、それからまっすぐ前にさしだし、下知するように下に振り下ろした。
 
下方から彼のいる光の柱を伝わり、闇の門を抜けた多くの魂が世界に飛び立ってゆく。
かつてこの大地から追われた種族。今はもう滅びたとさえ言われている者達。
彼らは小さな光の玉とかし、かつて自分達が住んでいた場所、あるいは同胞達が今も隠れ住んでいる場所を目指し、大陸全土に散らばっていく。
上空から彼らの行く先を見守っていたレムオンは、ふと傍らを見上げ、左手をさしだした。
空間から現れた小さな手が、レムオンの手に添えられる。
ついで空気から吸い出されたように、青い髪の少女の姿が。
 
空気を踏むように傍らに落ち着いたとたん抱きついてきた少女を、レムオンは左手で抱き寄せた。
「…あいつは逝ったのか」
「うん」
「どうだった?あいつは――」
「ちっとも変わってなかった、ゼネテスはゼネテスのままだった」
こたえる声が微かに涙混じりなのを聞き取り、レムオンは宥めるように彼女の背中をさする。
「奴らしいな」
「うん」
しがみつき、レムオンの胸に顔を埋めたまま、リュミエが頷く。
 
レムオンは一抹の寂しさを自分が感じていることが、少し不思議だった。
幼い頃、まだ立場や政治など何も理解していなかった頃、ティアナを囲んで3人でよく遊んだものだ。
幼い少女をまるで宝物のように奪い合って、競い合い。
なんの屈託もなく笑い会った。
育つにつれ、それぞれの道は大きく分かれてしまったが、今になって思うこともある。
遙か高みから見下ろすバイアシオン大陸。
かつてはこの中のほんの小さな場所だけが、彼の全てであり、その中で争いあった。
今こうして海の彼方まで見通し、見知らぬ世界の大きさを実感したとき、
あり得なかったはずの架空の情景が浮かぶ。
 
今、傍らにいる少女を挟み、3人でひょっとしたらもっと広い世界を旅できたのかも知れないと。
今更あり得ないことと、分かってはいるのだが。
 
 
無数の魂の旅立ちはなおも続いている。
荒れ果てた赤茶けた大地。
人の手を離れた大陸が、新たな命を迎え入れていく。
涙を拭ったリュミエが、まっすぐに顔を上げた。
 
「レムオン。ここがこれからあなたが守るべき大地。
宣言して、新しい創世の始まりを」
 
レムオンは少女に笑いかけた。
リュミエがどこかはにかんだような笑みを返す。
過去を振り切り、全てが新しく始まるのだ。この少女と共に。
 
レムオンは剣をまっすぐに捧げ持ち、高らかに告げた。
 
「再生を」
 
今、このときより大地は再生を始める。
最後の神の祝福を受けて。
 
 
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あとがきをかねた言い訳――最後まで読んでくださった方、ありがとうございました。m(_ _)m
「神への旅路」の最後にも書きましたが、「降臨」は最初書いたとき、あれ一本で終わる予定でした。設定が突発的というか、深く考えないで書いたので、なんかあと続けるのがめんどくさいというか、大変そうだったので。(^^;;)
ですが、上記の頂き物を読んだとき、必死で旅をするゼネさんの姿に、「あ、これはちゃんと決着をつけてあげなきゃゼネさんに悪いかな」と…。結果はやっぱり「ゼネさん、かわいそう…」になっちゃったのですが。レム兄に関してもやりこみが足りないので今一つ理解してないまま書いちゃったりして、言葉遣いとか、よく分かっておりませんし。
ご不満山盛り!という方もいらっしゃるかと思いますが、とにかく最後までおつきあいくださいましたことに感謝いたします。
それから小桃様!書くきっかけをくださって、本当にありがとうございました。m(_ _)m重ねて感謝いたします。