◆男子進入禁止地帯◆
 
「化け物退治の報酬だ、ごくろうさん」
「はい、ありがとう」
ロセンのギルドで、リュミエはたった今終わったばかりのキマイラ退治の報告と、報酬の受けとりをすませ
ほっとした笑顔を見せた。
「また何かあったら頼むよ」
「はい!」
気さくに笑いながら答えるリュミエに、ギルドの親父がふっと何かを思いだしたような顔になる。
「そういえば、このあとの仕事は入ってるのか?」
「いえ、今のところは。このところ立て続けの仕事だったんで、少しゆっくりするつもりです」
何やら探るような親父の口調にわずかに警戒しつつ、リュミエは素直にそう答える。
「…いやね、ちょっと頼みがあるんだが」
 
 
「ウルカーンまで手紙配達?」
酒場で待っていた仲間達にそれを話すと、案の定セラが微かに眉を潜めて嫌な顔をする。
少なくとも、大陸で一、二を争う冒険者が請け負う仕事ではない。
「どうして、それが私たちに回ってきたの?」
ルルアンタがアップルジュースの大きなグラスを抱えながら、そう訊く。
「うん、あのね…」
リュミエはたった今ギルドで聞いたばかりの話を繰り返した。
 
この数ヶ月、ウルカーンに行った冒険者で行方不明になる者が続出しているのだそうだ。
仕事はちゃんとすませている。ウルカーンのギルドまでは足取りが分かっている冒険者が、
なぜかそのあと姿を消してしまう。
関係者全員が首を傾げていたのだが、数週間ほど前にウルカーンへの街道脇で得体の知れない化け物に
襲われたらしい無惨な死体が発見されたのだという。
ところが周辺の住民には、そんな化け物の被害も出ていないし、全く正体が分からないという事で、
手紙配達を主に請け負うような駆け出し達が、みんな怖じ気づいてしまった。
この手紙も本当はエルズから運ばれてきたのだが、ロセンでキャンセルをされてしまい、ここに保管されたっきりになってしまったのだそうだ。
 
「…私達くらいなら、どんな敵でも対処できるだろうって…、そう頭下げられちゃって…」
リュミエの声がだんだん小さくなる。
「ルルアンタはいいよ。ウルカーンはね、好きだもん!」
ルルアンタがにっこりしながら言った。
「そうよね!どうせゆっくりするなら、あそこが良いよね!いくついでだと思えば、ねぇ…」
リュミエの口調が縋る感じになり、上目遣いにセラと、それから黙っているゼネテスを順に眺める。
 
「ゼネテスは闘技場に出るんだっけ…?駄目…、かな…?」
気持ちリュミエの声がおねだり風だ。
ゼネテスは仕方ないと言った顔で、頭をかく。
「ま、うけちまった物はしゃあねえな」
「ありがと!じゃ、あさって出発ね!」
急に元気が出たのか、うって変わって明るくリュミエがいう。
ルルアンタとリュミエの2人が宿に戻ったあと、セラが呆れたように言った。
 
「…あまり甘やかすとタメにならんぞ」
「仕事なんだし、良いんじゃねえの?」
「あの2人がなぜウルカーンに行きたがるか、しらんのだろう?」
「俺はウルカーンにはあんまりいかねぇからな…、なんか理由があるのか?」
「温泉、だそうだ」
「温泉?」
ゼネテスが頓狂な声で聞き返す。
「あの2人は、温泉に浸かりたいだけだ」
「温泉、風呂ねぇ…、そんなのが行きたい理由になるのか。女ってのは、よくわからん」
そんな呑気なことを言っていたゼネテスだったのだが。
 
数日後、無事にウルカーンに到着、ギルドに手紙を届け、宿に着いたゼネテスは、はからずも絶叫していた。
「風呂って、露天風呂じゃねーか!」
 
 
「露天風呂だよぉ、それがどうかしたの?」
「露天風呂って、どうかしたって…、外から丸見えじゃないか!」
女性2人の部屋のドアを開けっ放しで、ゼネテスはお堅い神官のようなことを騒いでいる。
ベッドの上に着替えや洗濯物を広げて整理をしていたリュミエは、
やたらと「丸見えだ!」と怒っているゼネテスに吹き出した。
「なんだからしくない。ゼネテスってば、露天風呂って言ったら喜ぶタイプかと思ってた」
「そりゃ、そうだが」
自分でもらしくない自覚はあったが、リュミエ達の入浴シーンが覗かれてるかも知れないと思うと、
なんだか無性に腹が立つ。
 
「大丈夫だよぉ。外っていったって、ついたてとかしきり代わりの岩とか置いてて、
そう簡単に外からは覗けないってば」
ルルアンタが無邪気にそういって笑っている。
そりゃゼネテスもルルアンタの裸を覗きたいとは思わないが。
何となくゼネテスは憮然となった。
「そんなにムキにならなくても平気だよ。今までだって何度もここでのんびりしてるけど、
痴漢にあったことはないって」
「混浴したことはあったけどね」
ルルアンタがまたもや無邪気にそういってのける。
「混浴だぁ!?」
ゼネテスは卒倒しそうになった。
 
混浴…、混浴…、その言葉が頭の中をぐるぐる回って、「3才の男の子だったけどね〜」という
ルルアンタのオチの台詞は、完璧にゼネテスの耳に入っていない。
混浴だぁ?他の男がこいつと一緒に風呂だと?
何でそれがここまで頭に来るのか?という理由と自覚はおいといたまま、ゼネテスは1人で決めつけた。
「混浴なんざぁ、俺がゆるさん!」
その勢いに、リュミエは目をまん丸くした。
と、言うわけで。
 
「本当にここで見張ってるんだ」
「当たり前だ」
リュミエは完璧呆れ顔で大きく息を付いた。
ゼネテスは宿の裏手から風呂に続く脱衣所の前に、どっかり座り込んでいる。ご丁寧に剣も抱いたままだ。
「お前さん達が出てくるまで、男連中は遠慮してもらう!いいな」
「いいなって、私達、別に一緒に入るの楽しみにしてるわけじゃないけど」
「当たり前だ!」
間髪入れずゼネテスがそう答える。
なんだか知らないが、ムキになってるゼネテスというのも珍しいので、リュミエは機嫌がいい。
「ゼネテスってさ、多分何か勘違いしてると思う…、ま、いいや」
そういってリュミエは着替えを抱えて脱衣所に入っていった。ルルアンタも当然一緒だ。
「…勘違いって、なんだ」
ゼネテスは1人で呟くと、ドアをふさぐように座り直した。
数分ほどして、中からノックする音がする。
何かと思いゼネテスが立ち上がると、細く引き戸が開き、ルルアンタの小さな手が「おいでおいで」をしている。
「?」ゼネテスが中を覗き込んだ。
「げ!」
 
「何よ、「げ」って!失礼ね」
中では入浴準備をすませたリュミエが、腕組みをして立っていた。
当然、服は脱いでいるが、…胸から膝上くらいまで何か巻スカート状の物を身につけていた。
ルルアンタも同じような布を巻いている。
「ゼネテス、お風呂だからって、裸で入ってるって思ってたでしょ?残念でした。
女性はね、こういう浴衣をつけてはいる事になってるの。だから覗かれたって心配いらないのでした!」
リュミエは可笑しくてたまらない、といった感じでそう説明をした。
それから、きょとんとする。
「ゼネテス、どうしたの?」
ゼネテスは後ろを向いて、壁に手を付いている。
(…谷間…、あるじゃねーか…)
なんだか振り回されっぱなしで、自分が情けなくなってきたゼネテスだった。
 
 
たっぷりとした湯に浸かり、ルルアンタは湯の表面をパチャパチャ叩いて遊んでいる。
その隣では、リュミエは風呂の周りを囲む岩の一つにもたれ、気持ちよさそうに目を閉じていた。
「気持ちいい〜〜、疲れが吹っ飛ぶよ〜〜」
「お肌つるつるの美人の湯!だもんね〜〜」
ご機嫌で呑気なことを言いながら、ルルアンタはにっこりしてリュミエの顔を覗き込んだ。
「ゼネテスってば、まだ、あそこで座り込みしてるのかなぁ」
「どうだろう…、かなり意外…、覗きに来るほうかと思ってたぁ…」
とろんとした声で答えるリュミエに、ルルアンタはますますにんまりと笑う。
「覗きに来て欲しかった?」
がばっとリュミエが起きあがる。その顔がのぼせたように真っ赤だ。
 
「な、何で、そうなるのよ!覗きに来られたら、困るじゃないの!」
ふふ〜ん、といった風にルルアンタは笑っている。
見た目はともかく、ルルアンタはリルビー族ではとうに成人済みの「女性」なのだ。
「じゃ、見張っててもらって嬉しい?」
「だから、何でそうなるのよ。ゼネテスが勝手にしてるんじゃないの」
「勝手にかな〜?誰相手でも、あんなにムキになるのかな〜?」
「どういう意味よ〜」
「だからね、リュミエの事、特別扱いで大事にしてるんじゃないかなって、そう思ったの」
 
リュミエの顔がますます真っ赤になった。
「…ち、痴漢くらい、1人で撃退できるもの…」
「うん、それは知ってるよ?でもね、大事な人は自分で守りたい男心…」
「ルルアンタ!なんだかキャラが違うよ!」
歌うようにいうルルアンタに、リュミエが顔を真っ赤にしてわめく。
「って、フェルムちゃんが言ってたの〜。男の人って、すぐに「僕が守る」って言いたがるって」
「ゼネテスはそんなこと言ってないでしょ」
「言ってないけど、態度はそうだよねぇ…」
「そ、…、そうかな?」
リュミエは真っ赤な顔のまま、大人しくなった。
 
「あれって、守りたがってるっていうのかな…」
「よく分かんないけど、見張ってるっていうのは、そういう事じゃないの?」
首を傾げていうルルアンタに、リュミエはますます真っ赤になって、どう答えればいいのか分からない。
「だって、ゼネテスってば、私のこと、女扱いしたことないよ?」
「そうかなぁ…?」
そうだったかな?とルルアンタは一緒に旅するようになってからのことを思い出した。
彼女から見れば、けっこう気を遣ってるようにも見えるのだが。
「そっか、なるほどなぁ。リュミエもけっこう鈍いからなぁ」
なんて1人で納得している。
 
「鈍いって何よぉ」
風呂の中でばちゃばちゃと騒ぎまくっていると、からりと引き戸が開いた。
ぴたっと静かになった2人がそっちを見ると、入ってきたのは妖艶な雰囲気の浴衣を巻いた女性。
リュミエが思わずホッと息を付く。
「ゼネテスが混浴しに来たと思った?」
「思ってないってばぁ」
からかうルルアンタにリュミエがまた真っ赤になって肘で突っつく。
それを見た女性は、くすくす笑いながらゆっくりと湯に入ってきた。
 
「楽しそうね、お邪魔してもかまわない?」
「あ、はい、もちろんです。騒がしくてすみません!」
リュミエとルルアンタが同時に誤魔化すような愛想笑いを浮かべた。
女性がにっこりとしながら、妙に親しみのこもった口調で聞いた。
「リュミエさん?ですよね。有名な冒険者だとおききしたんですが」
「そんな、有名だなんて」
違う意味で真っ赤になり、リュミエは慌てて手を振る。
有名人扱いされると、いまだに恥ずかしい。
「でも、たいそうな魔法の使い手だとお聞きしましたわ」
重ねてそういう女性に、ルルアンタが自慢するように答えた。
「そうだよ!竜だってね、魔法で一発!なんだから!」
その言葉に、女性の目が怪しく光った。
 
「はあ、やれやれ…、長い風呂だな」
ゼネテスは脱衣所の前に陣取ったきり、動こうとしない。
結局彼女たちのあと風呂に入っていったのは、女性1人だ。(男が何人か来たが、みんな追い返した)
気が立っていたゼネテスは、とっさにその女性まで追い返そうとしてしまった。
いきなり大男に怒鳴られ、泣きそうになった女性の顔を思い出し、ゼネテスは何となく意気消沈気味だ。
(情けねぇの…、見境が付かないっていうか、なんというか…これって、やっぱ…、あれかな…)
頭をかきながら反省しつつ、何となく腑に落ちないものを感じる。
(でも、なんだか…、気になるっていうか、…)
はっと頭にひらめいたものがある。
それとほぼ同時に。
風呂の中から、甲高いルルアンタの悲鳴が聞こえてきた。
 
 
 
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