男子進入禁止地帯3◆
 
ギルドを出ると、時間はもう深夜になっていた。
あちらこちらに炎の精霊力を使った明かりがともり、人気のない道を照らしてくれる。
「なんか、とんでもねえ休暇になっちまったな。風呂も2,3日は入れないそうだし、残念だったな」
ゼネテスはまるで他人事のように気楽に言う。
たった今死にかけたのは、誰でもない、自分なのに。
 
リュミエはたまらなくなった。何も出来ないどころか、足手まといになって。
それもこれも、自分がルルアンタとしたくだらないヨタ話に本気になって、へんに意識したせいで。
裸だろうがなんだろうが、自分がさっさとあそこから逃げ出してれば。
ゼネテス1人ならあんな改造人間、簡単に倒せたのに。
 
急に立ち止まったリュミエに、ゼネテスは不思議そうに近づいた。
「おい、どうした?」
気楽に言って、顔を覗き込む。
気なんか使わないで『バカ野郎』って言って、叱ってくれた方が楽なのに。
 
「ごめんなさい」
唐突に涙をこぼしながら謝りだしたリュミエに、ゼネテスは心底驚いたようだ。
「おい、おい。何がどうした。どこか痛いところでもあるのか?」
「痛くなくたって、泣けるときはあるの、バカ!」
「あ、そう…」
そういって、ゼネテスは困ったように頭をかく。
リュミエはその場にしゃがみ込んで、すすり泣きを始めてしまった。
「おい」
焦ったゼネテスが、その前にしゃがんで顔を覗き込むと、泣きながらのリュミエが、どもるように言う。
 
「どうして怒らないの。私がドジを踏んだせいで、死にかけたのに。
『バカ』なんて、それこそゼネテスの台詞じゃないの」
その言葉にゼネテスはなぜか本気で困っているようだ。
「そう言われてもなぁ。あんまりマジになることでもねぇだろ」
「こんな時にマジにならなくて、いつなるのよ!私、足手まといになったんだよ?」
「う〜〜ん…」
頭をかきながらゼネテスは困っている。そして少しふざけたように言う。
「男を盾にするなんざ、女の特権くらいに思ってろよ。現に俺は生きてるんだし」
「そういうの、やなの!ゼネテスを盾になんてしたくないの!死んじゃったら、それこそそんな呑気なこと言えないでしょ!」
こんな子供っぽいことを言ってゼネテスを困らせたいわけではないのに。
リュミエは自分に腹を立ててる八つ当たりをゼネテスにしている。いつもそうだ。
そのうちに愛想尽かされても仕方がないような気がして、それを考えると、また本気で泣けてくる。
何でゼネテスは怒らないんだろう。怒っても仕方がない子供だと思ってるから?私が女だから?
 
ゼネテスは所在なさげにリュミエの頭を撫でる。
「なんか情緒不安定だな。当分のんびりするか?」
「甘やかさないでってば」
リュミエはその手を払いのけると、どんと体重をかけてゼネテスにしがみついた。
「おっと」
不意だったせいか、ゼネテスはリュミエを抱えたまま、あっさり尻餅を付いた。
夜の街路上にべったり座り込んでるのは相当間抜けな図だったが、幸い人気もないのでゼネテスはそのまま腰を落ち着けてリュミエの気がすむのを待つことにした。
 
「何がそんなに気になるんだ?うん?」
子供に対するような口調になり、また怒り出すかと思ったが、リュミエはべそをかいたまま首を振った。
「甘やかさないで、ドジをしたら叱りとばしてよ。男にするみたいに。女だからって甘えたくない。
男を盾にして、それで当たり前って思えるようになりたくない」
そう言って小さな握り拳で、一つゼネテスの胸を叩く。
「そう思ってるのに、かばわれて嬉しいなんて感じちゃうのが嫌なの。そのままずっと、もたれかかって頼ってたら楽だろうなって。そんな風に考える自分がすごく嫌なんだってば!」
「う〜ん、揺れる乙女心か?」
「そんな風にちゃかさないでよ!」
何を言ってもまともに相手にされてないみたいで、リュミエはゼネテスを睨み付けた。
 
「ちゃかしてるわけじゃないんだがなぁ」
ゼネテスは、過保護な父親みたいな顔でリュミエを見る。
「お前さんの気持ちは分かるがなぁ。ドジ踏まれたって、腹が立たない相手ってのもあるしなぁ。
怒ってないのに怒れと言われたら、そりゃ、困るしかないだろう」
「言ってもしようがない相手って事?」
「そうじゃなくて」
ゼネテスは完璧に困ったようだ。
「あんまり追求するなよ。俺にだって揺れる男心って時があるんだ」
「何よ、それ」
ふくれっ面のリュミエが聞く。
 
「たとえばだな。俺には俺なりの流儀ってもんがある。いい女が裸になってたら、ありがたく拝ませてもらうとか、
キスするときは順序立てて口説いて、お伺いを立ててからする、とか」
ゼネテスはこの無神経そうな男にしては、そわそわした口調で言った。
「だが鼻の下を伸ばしてられない状況にブチ当たったとか、向こうさんから酒の勢いでキスを迫られて、あげくになんにも覚えてない、と言われたときとかはな。さすがの俺もあんまり平常心ではいられないって事だ」
 
リュミエは訳が分からないと怪訝そうな顔をしている。ルルアンタの言うとおり、けっこう鈍いリュミエである。
「そういうときは盛り上がった男心の行き場が無くなって、らしくない事をしたり、むやみと構いたくなったり、甘やかしたくなったりするって事だ。だから、あんまり追求するなって」
照れくさいのか、早口でそうゼネテスは締めくくった。
 
「…何が言いたいのか、全然分かんない…」
リュミエは煙に巻かれたように、ぽかんとしている。
「わかんなきゃ、わかんなくて構わないって。とにかく、俺は自分で、好きでやったことだから、自分を変に責めたりするんじゃないぜ、いいか?」
そう言って、リュミエの額をちょんと突っつく。
リュミエはその額を押さえて、何やら考えているようだ。
 
ゼネテスは苦笑いをした。そのままリュミエをひょいと立たせてやり、自分も立ち上がる。
「いい加減、戻ろうぜ」
ぽんとリュミエの肩を叩く。急に少女ははっとしたようにゼネテスの顔を見た。
「ひょっとして…、男心揺らしたのって、私のこと?」
おそるおそるそう言う。ゼネテスの苦笑いがいっそう深くなった。
「だから、そう言うことを面と向かって言うなって」
照れくさそうに頭をかく仕草に、リュミエの顔が真っ赤になった。
「そっか…、鼻の下、のばしたかったんだ…」
妙なことを言って思わず自分の胸のあたりに目をやる。
 
「ひょっとして、しっかり見てた?見てないって言ってたけど」
裸を見られた恥ずかしさより、なぜかおかしさが先に立った。そう言う声が今にも笑い出しそうになっている。
ゼネテスの困り切った笑い顔は、そのまま答えだ。
リュミエは腕を伸ばして、またゼネテスの胸をぽんと叩いた。
「じゃ、見物料だね。今度のことは、これで終わり!貸し借り無し!」
それで良いんだね?と小首を傾げ、リュミエはゼネテスを見上げた。
満足そうに男が頷く。
 
にっこりしたリュミエは、もう一つ、気になることを口にした。
「あのさ、酒の勢いでキスを迫ったのって、それもひょっとして、私の事…、かな?」
おそるおそるの質問に、ゼネテスはさっと目をそらしてしまった。
「何で目をそらすの〜?やっぱり私のことなんだ!」
リュミエは太い腕に掴まって、こっちを向かせようと引っ張る。
 
「覚えてないんだろ?だったら、無し、そうしとけってば!」
「やっぱり私だ!酷い〜〜、私、初めてだったのに、全然覚えてない〜〜!」
「酷いってなぁ、迫ってきたのは、お前さんの方だろうが」
「お酒のませたの、ゼネテスじゃないかぁ!」
そう決めつけられては、ゼネテスは反論のしようがない。
「へいへい、俺が悪うございました。で、どうしろって?」
あっさりと笑いながらそう言われてしまうと、リュミエは後が続かない。
 
「…、どうしろって言われても」
ゼネテスはうろたえだしたリュミエに向かい、おかしそうに頭を差しだした。
「時間を戻せって言われても無理だしな。綺麗さっぱり、記憶から消せ!っていうなら、遠慮なく殴って良いぜ?」
ほれほれ、というように自分の頭を指差す。
「う〜〜〜、…そうじゃない…」
リュミエが真っ赤な顔で呟く。
 
いつのまにやらすっかり冷静に戻ったゼネテスは、リュミエが何を言うのかと可笑しそうに見ている。
(…なんか、悔しいなぁ)
歳の差があるから仕方ないけど、こっちが困ってるときに余裕で相手をされるのは、本当にしゃくに障る。
(私のファーストキスを奪った責任とか感じてるのか、こいつ!)
自分から迫ったらしい、という事は棚上げにして置いて、リュミエはむっつりと考えた。
 
「おい、どうした?寝てんのか?」
ゼネテスがふざける。
「おきてる!どうやって責任とらせようかって、今考えてるの!」
「責任ねぇ、責任とって何をすればいい?嫁にもらうか?」
「もう!本当にもらえっていったら、どうする気よ!あんまりしゃれにならない事ばっかり、言わないで!」
しゃれにならなきゃ、しゃれでなくても良いんだがなぁ、なんて事を漠然と考えるゼネテスには気が付かず、
リュミエは腕組みをして真剣に考えている。
 
(一応、私にだって夢ってものがあったんだからね。最初のキスは好きな人とって、…)
あれ、ひょっとして夢は叶ってるのかな?と思いつき、リュミエは1人で顔を真っ赤にした。
(っていうことは、問題は、私が覚えてないって事?じゃ、どうすればいいの?もう一回してって?
そんなこと、言えないよ〜〜〜〜)
真っ赤な顔のまま両手で頭を押さえ、そのまま左右にぶんぶんと振る。
目の前で行われている百面相に、ゼネテスは半分呆れかけな苦笑いを浮かべていた。
「おい、罰ゲームは決まったか?」
「罰ゲームどころじゃないの!」
リュミエは涙目で覚悟を決めた。
つかつかとゼネテスの前に来ると、怒ったような顔で見上げる。
 
「私にも、最初のキスへの憧れってのがあったの!それが酔っぱらった勢いなんて、納得いかない!
だから…、責任とってやり直して!」
真っ赤な顔で挑むように言うリュミエに、ゼネテスはこらえきれずに吹き出した。
「責任とってやり直してって…、お前なぁ、それって酔った勢い並に唐突だぜ?」
「と、とーとつって言われたって、だって」
 
真っ赤な顔のふくれっ面の涙目。これ以上あーだこーだ言うのも虐めてるみたいだと思い直し、
ゼネテスは真面目な顔でリュミエを引き寄せた。
「な…、ななななななによ!」
「やり直しするんだろ?どんなキスがいい?お好みのままに…」
「…急に2枚目みたいな喋り方、しないでよ…」
その一言に、ゼネテスの真面目顔はあっけなく崩れる。
 
「お前なぁ、せっかく人がムードだしてやろうってのに」
大爆笑のゼネテスに、リュミエはがっくりと肩をおとした。
「もう、いい。無かったことにしとく…」
「遠慮するな。ちゃんとやり直してやる」
「もういいってば。やっぱり、私はそういうの、まだ早いみたい」
そう言ってリュミエは大きくのびをした。口に出してみると、妙に納得してしまう。
 
自分はそういうことを考えるのから、逃げてるのかも知れない。
でも正直言って、自分の今はっきりしないゼネテスへの感情に、答えを出すのが怖いのも確か。
自分がゼネテスを好きなのは確か。ゼネテスが自分を大事にしてくれてるのも本当。
でも、その感情が、ただのファザコンの続きとか、妹分とかに対するものとどう違うのか、はっきり答えを出して
その結果がどうなるのか、今はあんまり考えたくない。
答えから逃げてることで、自分の不甲斐なさを自分で責めて、気持ちが揺らいでいるのも事実だけど。
 
 
「私、まだまだ覚えなきゃならない事とか、やらなきゃならない事とか沢山あるし。だからね…」
悪戯っぽい顔つきで笑うと、リュミエはひょいとつま先立ちし、ゼネテスの耳に何か囁く。
瞬間的に呆気にとられたらしい顔を見て、リュミエは会心の笑みを浮かべた。
耳に囁いた言葉は『キスのやり直しは、ゼネテスの責任だからね。そのうちにちゃんと果たしてもらうから』
 
ひょいとゼネテスの腕に自分の腕を絡め、リュミエは元気よく引っ張った。
「早く宿に戻ろうよ。夕食、とっておいてくれてるのかなぁ」
脳天気なことを言うリュミエに、ゼネテスがぼやく。
「お前さん、唐突に落ち込むかと思えば、唐突に元気になるな。全くどんな頭してるんだか、
脳味噌覗いてみたいぜ」
「見たって分からないよ」
リュミエはくすくす笑いながら、そう言って胸を張った。
 
「乙女心の揺れ幅なんてね、男には絶対、絶対、ぜーったいに、理解できないんだから!」
 
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ノロガメの言い訳――わはははは、なぜ、こんな終わりになってしまったんだ!一応予定では、ラストはキスシーンだったはず〜〜〜!テーマは揺れる乙女心と、男心。なんかもう、進まなくてどうしようとか思うわ〜〜。(T^T)  
あ、ノロガメはただいま時速1メートルで逃亡中。石をぶつけたい方は、存分にどうぞ〜〜。(^^;;)