◆諦めが肝心◆
 
 
見捨ててやろうか、この娘!
なんて事を考えている俺の隣で、この脳天気な娘は左の森を指差しては、
「あーーー!野いちご!ちょっと摘んできていい?」
右の川を指差しては、
「そう言えば、水、飲んじゃったんだ。ちょっと汲んでくるからまってて!」
そう一方的に騒いでは人の返事も待たずに走って行ってしまう。
 
親友の妹――そうでなければ、絶対に道連れになどするはずのない類の女。
それが現在の俺の相棒……リュミエだ。
 
 
 
「あー!もう、我慢できない!あの態度!偉そうでむかつくわ!この責任はあなたにあるのよ!
なんとかしなさいよ、なんとか!」
リュミエがどこぞから拾ってきたエルフの女が、宿のベランダで地団駄ふみながら喚いている。
それに答えるリュミエの声は、なにを考えているのやらつかみ所がなく、エルフの女は結局
「あーー、もう、あなたに言ってもどうしようもないわね!」
などと呆れたよう叫んでいる。
 
「うーん、そう言われてもなぁ…確かにうさんくさいけど、慣れちゃったから、私はむかつかないもの」
エルフの女の呆れ顔が見えるようだ。
別にエルフに嫌われたところでどうという事もないが、この娘の言い分も俺を擁護しているんだか、
エルフの言い分を肯定しているのだか、微妙なところだ。
俺とこのエルフの女の間を取り持つ、という気もあるのかないのか。
 
多分、ないのだろう。
それほど物事を深く考える質には見えない。
ロイはお人好しではあったが、それはあくまで理性的なものだった。
にこやかな人好きのする笑顔の裏できっちりと計算し、常により良い結果が出せるよう、
最大限の配慮が成されてあった。
 
そのような人間だったからこそ、およそ人好きがするとは言い難い、俺のような人間とも上手くやって
行けたのだ。
そして俺の方も素直に認めることができた。この男の価値を。
だが、その妹の方と来たら。
お人好しなのだけは一緒だが、場当たり的で、放っておくと勝手にやっかい事に巻き込まれるくせに
自分ではその自覚が皆無という、もっとも始末に負えない類の――簡単にいってしまえば「バカ女」だ。
そしていつまでたっても警戒心に乏しく、状況判断能力がとろい。
 
「闇の神器」を守る、という役目を担った一族にふさわしく幼い頃から戦うことを学んでいたはずなのだが、
身に付いたのは戦いの技術と武器の扱い方だけらしく、頭の中身はその辺の普通の娘――
それとも、神様に使える普通の巫女か?というくらいのんびりしている。
こんなのでこの先も冒険者としてやっていけるのだろうか。
 
いっそのこと、どこかの家にでも預けてしまい、普通の娘として町で働いた方が幸せなのではないのか、
と思うときもある。
本人はなぜかその可能性を考えてみたこともないようだが。
 
 
先日、ロストールの南にある小さな村で反乱騒ぎがあった。
その少し前、俺達はロストールからノーブルに続く街道で、1人の男が襲撃にあっているのを目撃している。
男はいかにも貴族然としたつんとした顔立ちの持ち主で、二刀流の使い手だった。
その構えから見ても、俺は相当な使い手だとふんだ。
相手は複数だが、この男には物の数でもないだろう。
そう考えている俺の傍らで、リュミエは目をまん丸くすると、あたふたと俺の腕を引っ張った。
「た、大変!人が襲われている!助けに行かなくちゃ!」
 
……お前は今までなにを見ていた。
相手の構えをみて、相手の腕がどの程度のものなのか見て取ることが、まったく出来ないのか。
そう考えると、情けなくなってきた。
いまだに実戦に出たことのない素人とは違うのに。
 
「よせ、あの男はお前の百倍は強い」
「え?なんでそんな事が判るの?」
走り出しかけた娘の腕をとって止めると、リュミエはまたもや目を見開いてそんな事を言う。
後ろではエルフの女が俺と同じ事を考えたのか、心底情けなさそうに両手を広げた。
 
「いやねえ、リュミエったら。そんな事もわからないの?これだから、人間って駄目なのよねぇ」
「え?フェティも判るの?なになに、どうして?」
「いやねぇ、判るって言ったら判るのよ。ほほほ、高貴なエルフは、人の実力を正確に把握できるのよ」
エルフの女もどの程度判っているのか怪しいものだが、とりあえずリュミエがそっちに気を取られている間に、例の男はあっさりと襲撃者を退けていた。
 
なるほど、たいした腕だ。
そう感心していると、男は戦った直後の剣呑な雰囲気のまま、こちらを睨み付けてきた。
「貴様等も仲間か?」
居丈高の決めつけ方。共も連れていないが、間違いなくロストール貴族の誰かだろう。
リュミエは感心したような驚いたようなつかみ所のない表情のまま、ぶんぶんと首を横に振った。
男は、娘のその間抜け顔に敵ではないと判断したのか、あっさりと背中を向けて立ち去っていく。
ややあってから、リュミエは急に憤慨したように言った。
 
「どうして、初めてあった人にいきなりあんな言い方するのかしら。本当に、礼儀がなってないんだから!」
「そう思ったなら、さっき直接言ってやれば良かったじゃないの」
「だって、さっきは違うって伝えるのに忙しかったんだもの。でもよく考えたら、私達があいつ等の仲間だったら、とっくに一緒に戦ってるじゃないの。なんかもう、今頃腹が立ってきちゃった!どさくさ紛れに石投げてやれば良かった!」
「もう、本当に野蛮ね。やっぱり人間って野蛮なのね、おほほほほ」
 
エルフの女とリュミエのふざけているような遣り取りを聴きながら、
(この調子で、この娘はあちこちで突っ込まなくてもいい首を突っ込んでいるのだな)
俺は半ば諦め気分でそう考えた。
 
 
俺と娘の目的は、ロイを捜すこと。姉を捜すこと。そして、闇の神器を探すこと。
だがこの調子でいったら、俺達は目的を果たすまでにどれだけのやっかい事に巻き込まれるのだろうか。
やっぱり捨てていくか――。
だが、なぜかリュミエは冒険者としての天賦の才を持っている。
 
確かになにをしでかすかわからない不安と危なっかしさはあるが、一つ一つの依頼をこなすたびに驚くほど実力を付けていく。
経験がそのまま全て身に付いていく――頭で計算は出来なくても、自然と帳尻を合わせることができる妙な才能を持っている。
 
それはやはりロイの妹だからか、それとも、役目をもった一族に与えられた才能なのか。
いずれにしろ、ここで放り出すには惜しい力だ。
結局、俺の考えはいつもここでループする。
別れるか、それとも、このままで行くか。
答えが出ないまま、俺は今日も娘と共に旅をしている。
 
そして、昨日までは苛ついていた娘の行動に、今日は苦笑している事に気が付く。
些細なことに喚いていたエルフの女は、嫌みを言いながらあっさりと気分を切り替えるようになっている。
脳天気なバカ女だが、いつのまにやら、そのペースにはまっていく。
 
不思議な女だ――もう少しだけ一緒にいても悪くはないだろう。
いつか、想像もつかないようなとんでもない自体に巻き込まれるのではないか――そんな考えも頭をよぎるがそれはそれで面白い。
結局、俺の結論はいつもそこにたどり着く。
そして旅に出てはまた思うのだ、捨ててやろうかと。
いい加減馬鹿馬鹿しくもなるが、結局、俺はこの娘と共に旅を続けている。
 
つまりは、なんだかんだ言っても俺は気に入っているのだろう――多分、この娘を。
あまり認めたくはないのだが。
 
 
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お疲れさまの言い訳――文字通り、リュミエのお守りに疲れ切ったセラの独り言です。
一見冷たそうに見えて、実は何下に優しいセラはかなり気に入ってます。おへそもそうとうポイント高し!
ミイス発が実は一番お気に入りだったりします。(^-^)