◆一緒にいる訳◆
 
 
自警団の本部の裏口から、手かせをはめられた少年達が引き出されてゆく。
それぞれ別の箱馬車に乗せられ、別々の鉱山に連れて行かれるのだ。さんざん悪さを働いた代償、強制労働をさせられるために。
それを部屋の中で眺めながら、リュミエは自分が痛めつけれられているように顔を顰めている。
少年達は5人、みんなリュミエより若く、幼い。それなのに荒みきった顔つきは、長く荒れた生活をしていたことを如実に物語っている。彼等は誘拐恐喝の常習犯なのだ。手にかけた被害者も多い。
死罪ではなく強制労働というのは、彼等の幼さに対するそれなりの慈悲なのだ。
だが少年達はそれすらも不満なようで、リュミエの顔を見た少年の1人が唾を吐きかけた。
 
「くそったれ女が!テメエ等冒険者だって、俺達ならず者とかわらねえじゃないか!」
少年はこづかれながら馬車に乗せられ、それでもまだ悪態を叩き続いていた。馬車が走り出し、通りの向こうに見えなくなるまで、その声はずっと続いていた。
 
 
 
「はーあ…」
「……まだ気にしてるの?」
食事中もずっと落ち込んだ風でため息をつきつづけるリュミエを気遣い、ナッジは俯いた顔を掬い上げるように覗き込む。
「まー、これだから下等な人間って面倒。自業自得って言葉を知らなくて、すぐに責任転嫁ばかり」
「だって、フェティ」
つんと呆れ果てたように言うフェティに、リュミエは言い訳するように口を開いた。
「…だってあの子たち、私よりも若いんだよ…親がいなくて、生きるために悪い事してたんだよ…なんかさあ、他に私達に出来ること、無かったのかなぁ…捕まえて引き渡す以外に」
「他に出来る事って、依頼はあの強盗少年達を捕まえることだったのではなくて?嫌だわ、あなたって自分が引き受けた依頼の内容を覚えてないの?」
「覚えてるよ、覚えてるけど」
リュミエは口ごもってまた下を向く。
 
「だからさあ、誰かしっかりした人が引き取って教育し直すとか、何か…」
「誰かって誰が?あーんな凶暴な子供達を引き取って面倒見るなんて馬鹿馬鹿しいこと、一体どこの誰がするって言うの?ほーんと、人間って馬鹿ね」
フェティはわざとらしく両手を広げて首を振った。リュミエは焦りながら言い足す。
「ほらさ、だから、たとえば。私達が一緒に冒険に連れて行くとか」
「あんたって馬鹿?なんであんな凶暴で凶悪で頭が悪くて性格も悪い人間を連れて行かなきゃいけないの?」
うーんと唇をとがらし、リュミエは言葉をなくす。深く考えた結果の言葉ではなかったらしい。
「で、でもさ」
それでもなんとか言葉を続けようとしたリュミエを、苛立った調子でセラが遮った。
「世迷い言はいい加減にしろ。俺達は依頼であのガキ共を捕まえ、引き渡した。それだけの関わりだ。ぐずぐずと引きずるのは止めろ」
口調のきつさに一瞬呆気にとられた顔をしたものの、ナッジもすぐに納得したように頷く。
 
「そうだよ、リュミエ。気になる気持ちは分かるけど、僕たちにはこれ以上踏み込めないよ。だって、彼等の被害に遭っていたのはこの町の人たちで、僕たちじゃない…この町の人たちが決めたことに、どうこう口出しできる訳ないんだよ」
ナッジのいうことはリュミエにも判る、確かにそうなんだとは思う。でも頭では納得できても、感情が付いていかなかった。というよりも、悔しかったのだ、セラの言い分が。なんだか自分が今感じている感情そのものを否定されたような気がした。リュミエはふくれっ面で呟く。
「……セラって冷たい」
冷たい、と言われた本人は気にした風もなく平気な顔でグラスを口に運んでいる。その落ち着いているというよりも、人を突き放したような仕草がなおのこと気に入らなかった。
「セラって、いっつもそうだ、人のこと怒ってばかりで。お姉さんとロイ兄さんのこと以外、どうでもいいと思ってる」
子供のような事を言って仏頂面をするリュミエに、ナッジが慌てて宥めるように間にはいる。
 
「リュミエ、極論だよ、それは。なんでいきなりそうなるの」
セラはちらりと目だけ動かして怒っているリュミエの顔を見やり、でも何も口にする様子はない。
リュミエは我慢が出来ないと言うように思いっきり音を立てて立ち上がった。
倒れた椅子が板張りの床で大きな音を立て、他の客が一斉に注目する。
「セラって、人のこと、どうでもいいと思ってるんだ!」
リュミエは吐き捨てるようにそういうと、乱暴な足取りで店を出て行ってしまう。
おろおろと追いかけようとしたナッジをフェティが引き留めた。
 
「何あれ?急に切れちゃって、みっともないこと。ほうっておきなさいって、甘やかすと癖になってよ」
どうしようかと迷いかけたナッジに、さらにセラも言う。
「放っておけ。いちいち同情させていたら始末に困る」
「それはそうだけど…他に言い様があったんじゃないですか?」
セラは始めて表情を動かした。僅かに眉を顰め、呟くように言う。
「優しく言ったところで、素直に聞く娘じゃない」
「かみ砕いて言ったって理解できる頭じゃなくてよ」
悪びれなくそんな事を言うフェティに、ナッジは頭を抱えてしまった。
 
 
リュミエはむかむかと粟立つ気分のまま、町の大通りを歩いていた。完全に日の落ちきる直前の、静寂を迎える前の妙な活気に、町の中も落ち着かない雰囲気に満ちている。
と、町の外へと続く大門を門番が閉め始める音が聞こえた。日が落ちると町は門を閉ざし、よほどの事がない限り明朝まで開けられることはない。
大きく息を吐くと、リュミエは着の身着のままで閉まりかかった大門をすり抜ける。
「おい、あんた、今から町の外へ出るってのは、急ぎの何かかい?」
門番が割れた銅鑼声で問う声を背中で聞き、リュミエはつんと尖った声で返事をした。
「急ぐ事なんて、何にもないの!」
門番は狐につままれたような顔でほっそりした娘の後ろ姿を見送っていたが、やがて中途半端に開いていた大門を閉める作業を再開した。
振り向かずに町から遠ざかるリュミエの背後で、門が完全に閉まる重々しい音が響いていた。
 
 
◆◆

 
街道に出てぶらぶらと歩きながら、リュミエは森の中へと入っていく。
すぐに日は暮れる。そんな事ぐらい、森深い村で育ったリュミエは怖くも何ともない。
あの頃に比べてもリュミエは強くなった。魔法も、武器の扱いも――セラが前衛を努めるおかげで、いつのまにかリュミエは後方からの弓での補助がメインになってしまったが――とりあえず、剣の腕も多少は上達している。
今回は武器は腰に着けたダガーだけだが、どっちにしても魔法の方が得意なので敵とあっても大丈夫。
リュミエはそう思ってどんどん森の奥に入っていった。
適当に歩いているのではなく、以前に森を訪れたときに見つけた、人が1人休めるくらいの大きな虚を持つ木を探しているのである。
 
暗さで視界が怪しくなると、リュミエはウィスプを呼び出して前方を照らさせた。光の精霊のふわふわとした光のおかげか、木の陰に見え隠れする獣達も近付いてこない。
程なく目的の木を見つけ、リュミエは枯れ葉が積もった虚の中に身体を潜り込ませた。
外から見ていたときより中は広い。大きく枝を張った大樹。
枯れ葉の下に何個か転がるドングリを見つけ、リュミエはここをねぐらにしているのかも知れない生き物に小さな声で詫びた。
「邪魔してごめんなさい、今晩だけ、お布団かして下さい」
ウィスプを消し、リュミエは自分にインビジブルをかけてころりと身体を丸める。目を閉じると、また納得しきれない心が苛立ってきた。
 
(セラは冷たい。本当に冷たい。いつだってそうなんだ)
諍いの原因からすっかり遠くなった所で拗ねていることに気が付かず、リュミエはいつのまにか寝入ってしまっていた。
 
 
◆◆

 
 
見上げると、空は灰色。
石で出来た町にリュミエは1人で立っていた。
足下には同じ大きさに揃った石が綺麗に並べられ、街路のすべてが見事な石畳。
高い塀が重なるように連なり、見渡すとそこは迷路のよう。
リュミエは周辺をぐるりと見回し、歩き出した。
広い階段を上って大きな円柱のある門をくぐり、一面石畳の中庭の見える回廊を渡り、どこかの広間を抜けて路地に出る。
人の姿も気配もない。色も音もなく、すべては灰色。
不安になったリュミエは塀の切れ目を探す。その奥には建物があり、人が住んでいるのではないかと僅かに期待を込めて。
 
塀はどこまでも続いている。
頭の上を何かが飛んでゆく気配を感じ、リュミエは空を見た。
鳥らしき影が見えるが、追いかけるとそれはすぐに灰色の周囲と同化してしまい、正体は分からない。
がっかりして戻りかけると、ふわりとどこからか羽根が飛んでくる。
リュミエはそれを拾い、風の吹いてくる方へと歩き出した。
 
狭い路地裏の石畳は磨り減り、間違いなく人が住んでいた気配がある。
両側を石の壁に囲まれたその細い道を、リュミエはどんどん奥へと進んでゆく。
歩いていくと石の壁の終わりが見え、その向こう側にざわめくような森の光景と、そして、見慣れた神殿の屋根が見えた。
 
――ミイスの神殿――
 
リュミエは足を速め、どんどん奥へと走っていく。
でも道を抜けた先はやはり石畳の敷かれた見知らぬ町の中。横を見ると、そちらの塀と塀の隙間にちらりと見える懐かしい村の建物の形。
リュミエはまた足を速める。そしてたどり着いた先にはやはり何もない。
何度か同じ事を繰り返し、リュミエは自分が円形の広場に立っていることに気が付いた。
 
空は灰色、見渡す町も灰色の石だけ。
円形の広場の回りは放射線状にいくつもの道がまっすぐに延びている。その先が見えないほどに長く長く続くまっすぐな道。
リュミエは広場を囲むすべての道の入り口に立ち、道が続いているのはどこなのか見当をつけられるような物が見えないかと目を凝らす。
何も見えない。
たくさんの道の真ん中に立ち、リュミエは声を上げた。
 
「誰かいないの?返事をして!誰もいないの?」
 
――誰もいないの?
 
反響した自分の声だけが響き渡る。
リュミエはぐるりと一周見回したあと、空を見た。
そこは灰色一色。雲も太陽も月も星もない。
 

◆◆

 
 
「呑気に寝こけてる、起きなさい!」
耳元で怒鳴る声に、リュミエははっとして飛び起きた。勢い余って頭を木の虚の天井にぶつけ、頭を抱える。
「大丈夫?目は覚めた?」
痛みに目に涙を滲ませて顔を上げると、ナッジが柔らかく微笑みながら手を差しだしている。その隣には腰に手を当てて侮蔑げに見下ろすフェティ。
のろのろと虚から這い出ると、リュミエが口を開く前にフェティがまくし立てた。
 
「ほんっとーに、何て考え無しのお馬鹿さんなの?あなたみたいな注意力も観察力も何もないうっかり屋が1人で夜を森の中で過ごすなんて、身の程をわきまえなさい!この高貴なるアタクシに早朝から人捜しをさせるなんて、何様のつもりなの?」
呆気にとられたリュミエに、苦笑しているナッジが静かに説明する。
「夕べ宿に戻ってなかっただろう?それでその辺を探したら、リュミエらしい女の子が門が閉まる直前に外に出たって聞いて、びっくりしたんだよ。すぐに探しに行こうにも、緊急事態以外で門を開けることは出来ないって言われるし、朝になって門が開くのをまって探しに来たんだよ」
ぼうっとしたままリュミエが空を見ると、すでに昼近い時刻になっているらしい。くっきりとした青空と、地に落ちた木の葉の影の色の濃さに、なぜかリュミエは深く安堵した気分になった。
それこそ、夕べはなんであんなにカリカリしていたんだろうと思えるくらい、人の声と賑やかな色にあふれた世界が嬉しい。
リュミエはぺこりと頭を下げた。
 
「面倒かけて、ごめんなさい。今度はこんな勝手な事しないように気をつけるから」
その素直さにフェティは驚いたらしい。
「ま、まあ、わかったのなら、許してあげてもよくてよ。一応、あなたがリーダーなんだし」
その物言いに、ナッジがまた苦笑する。くすくす笑いながら、リュミエにそっと耳打ちをした。
「セラがね、一晩中不機嫌だったんだ。きっと心配していたんだと思うよ、今朝だって門が開くと同時に外へ出たんだ」
そう言ってナッジは思い出し笑いをした。不審がるリュミエに低い声をさらに低めてそうっと言う。
「きっと森の中のどこかにねぐらを決めたんだろうって、そう言ったんだよ。その通りだったね、君のこと、すごくよく分かってると思う。冷たく見えるけど――絶対にどうでもいいなんて事は思ってないはずだよ」
その噂のセラはリュミエ達から少し離れた木にもたれて腕組みをし、こちらには横顔を向けている。
涼しげな白皙はとても人を心配しているようには見えない。
 
軽く首を傾げたリュミエの肩を叩き、ナッジは言い含めるように言う。
「昨日のこと、あの子たちのこと。リュミエが引っかかる気持ちは分かるよ、両親がいて愛情深く育てられたら、きっともっと違う風に育ったんじゃないかって思ったんだと思う。
でもね、それは言い訳なんだ。どんなに自分が不幸でも、自分の不幸を癒すために他人に命を要求する権利はない。彼等はそのしてはいけない事をしちゃったんだ。
 
僕はね、昨日、あの子たちが護送されるとき、リュミエとは違う人を見ていた。彼等に家族を殺された女性だったよ。――何であの子たちは生きているのか、悔しい。そう言って泣いていた。彼等に同情が必要だった時期はとっくに過ぎていたんだって思ったよ。復讐は空しいかもしれないけど、第三者である僕たちは口が裂けても彼等の罪を許して欲しい、なんて事を言っちゃいけないんだ」
リュミエは唇をかむようにして、その真摯な言葉を受け入れた。
 
「そうだね…ごめん。私達は代行者であって、当事者じゃないんだもんね…。傷つけられた人を前に、何を思い上がったことを考えてたんだろう、私」
しょんぼりと項垂れるリュミエにナッジはくすりと笑い、一点を指差す。
「謝るのは、僕にじゃないよ。セラの言い方も悪かったけど、リュミエも言いすぎだよ」
セラは相変わらず無表情でこちらを見ようとはしない。まだ怒っているのか、と不安になったが、ナッジに背を押され、リュミエはセラの前に立った。ナッジの後ろではフェティが面白がって見つめている。
 
リュミエが何か言いかける前に、セラはすっと体を交わし、歩き出してしまった。
声を掛けられず、やっぱり怒っているのかと立ちすくむリュミエの肩を、吹き出しそうな顔つきのナッジが叩く。
そしてセラの歩いていく方向を指差した。
「あっち、町とは違うだろう?さっきリュミエを探している途中で大きな桃の木を見つけたんだ。おいしそうな実がたくさん実ってた。リュミエ、朝ご飯まだなんだろう、行って一休みしよう」
「ほーんと、愛想がないんだから」
1人で黙って先導するように歩いていくセラに、フェティは呆れた声を出した。
リュミエは小走りでセラに追いつくと、思い切ってその腕を両手で掴む。
 
立ち止まったセラが自分を見下ろしているのが判り、リュミエは俯くと蚊の泣くような声で言った。
「ごめんなさい」
セラは答えない。何を考えているのか、ちらりと上目で見てもその表情からはなにも読みとれず、リュミエはビクビクとしながら掴んだセラの腕に顔を伏せた。
僅かに声がした。
 
「……早く行くぞ」
セラはリュミエに腕を掴まれたまま、また歩き出した。振り解くでもなく、リュミエの歩調に合わせるようなゆっくりとした歩き方で。
急に涙がこみ上げてきて、リュミエはセラの腕に掴まったまま、縋るようにして歩き出す。
 
1人は嫌、やせ我慢なんて出来ない。1人でいるのは寂しい。
強がり言って人の手を振り解いたって、やっぱり1人じゃ居られない。
リュミエは掴まった腕に力を込めた。態度は冷たいけれども、私を独りぼっちで放っておかないのはいつもこの腕。
受け入れられているんだ――そう思った。
 
 
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