◆本日、平穏◆
 
ロストールの宿屋の一室の扉が、そろーっと中の人間を憚るように開けられた。
 
「ずいぶんと遅かったな」
夜になって戻ってきたリュミエに、セラが顔も上げずに義理のような声をかける。
「ギルドに手紙を届けに行くだけで、丸一日かかるのか?」
そう言って、ようやく目にしたリュミエの姿に、セラは眉間にしわを寄せた。
リュミエは埃だらけの、擦り傷だらけ、ついでに、服にも真新しい綻びが出来ている。
 
「…街路で昼寝でもしていたのか?」
「そんな事もないんだけどー」
セラの皮肉に気がつかないリュミエは、真面目に答えてから、服の埃を払った。
「何か、ろくでもない事に、首を突っ込んだんじゃないのか?」
答えを聞きたくもなさそうな質問に、リュミエは首を傾げて、今日一日のことを思い返していた。
 
 
◆◆リュミエの回想◆◆
 
 
夕べは遅くついたから、今日、朝一番で、ギルドに行こうと思って、宿を出たんだよね…。
 
そうしたら、美味しそうな匂いがするから、ああ、朝からやってる食堂があるんだ、ちょっと、何か食べてこうかなと思ってお店を覗いたら、いきなり、女の子が助けてーって縋り付いてきたんだよね。
どう見ても同じ年頃なのに、なんで私に助けを求めるのかな、ちょっとは強そうに見えてきたのかな、って1人で喜んでたら、いきなり、面白い恰好して手入れの悪い槍をもった、お兄さんだかおじさんだか判らない男が、「人の恋路を邪魔する」とかなんとか難癖つけて襲ってきたから、咄嗟にびっくりして、風の魔法で吹っ飛ばして…。
そうしたら、女の子が「ありがとう」って、お礼を言ってくれたから、きっとコレって人助け。
 
…ろくでもない事では、ないはずだよね…うん、これは違う。
 
で、その後、ギルドに行ったら、なんだか小さい子供が困ってる、助けてって張り紙をしていったって親父さんがいうから、話を聞いてみようかと思って、さっきの食堂…酒場だったのかもしれないけど、そこにスラムの場所を聞きに行ったら…なんだか、またもめ事が起きてて。
エルフの女の子がたくさんの冒険者の男の人に囲まれてて、これはやっぱり危ないだろうと思って止めに入ったら、私の方に喧嘩を売ってきたから、なんとなく撃退して…。
 
そうしたら、エルフの女の子が高ビーに「くだらない」だのなんだのと喚いていたけど、そのわりには、知らないことも多いからそう言ったら、「ついてく」って…ついてくって事は、仲間になるって事だよね。
オルファウスさんが、仲間を作りなさいって言ってたから、これはきっと、喜ぶべき事なんだろう…と思う。
向こうから、一緒に行ってくれるって言ってるんだものね。
 
だから、これもろくでもない事ではない。
 
 
それで、スラムに行こうと思って、途中広場を通りかかったら、バサバサっと長い髪に、ものすごい露出過多の恰好をした人が、路上で説法していて。
さすがはロストール、信仰篤いんだなと思ってたら、エルフの神官が来て喧嘩になりかけて。
竜王教の神官って、初めて見た…気がする。
 
大きな町になると、信仰の違う神官達は仲が悪いんだなと思ってたら、エルフの神官の方が不気味な雰囲気になりかけて、気色悪いんで思わず声をかけちゃったら、なんだか、訳の分からないことをいって立ち去っていって…ちょっと感じが悪かった。
そんで、残った方の露出過多の恰好をした若い神官。
自分で「救世主」って名乗ってたなーさすがは都会。あんな事、堂々と言っちゃう人がいるんだ…。
それにしても、すごい恰好だった…セラの恰好も、肌が出すぎだと思ってたけど、意外と、流行りなのかも。
 
とりあえず、これは通りすがりの話だから、全然、ろくでもない事ではない。
 
 
それで、ようやくスラムについたら、いきなり、「隠れなさい」って言われて。
連れ込まれた先が、あの例の女の子の家だったなんて、とっても幸運。
それにしても、「貴族」ってもっと品のある人達だと思ってたけど、あんなにがさつにワアワア喚くものなんだ…、ちょっとがっかりしたかも。
それに、嫌われてるみたいだし。
 
お父様は『人に敬われる立場の者は、常に己を律し、尊敬に値する人物であるよう、努力し続けなくてはならない』って仰ってたけど、どうもロストールの貴族は、そんな事関係ないみたい。
所変われば…って、こう言うことなのか。始めて実感した…ような気がする。
ああ、でも、あの巨大ナメクジ。あんな物連れて歩くなんて、ちょっとというか、かなり趣味が悪すぎ。
本人も、不健康な顔してたし、ナメクジとばかり遊んでたら、ますますじめじめするよな…と思った。
でも、スラムの女の子の人形を人の贈り物にするなんて、貴族って意外と貧乏なのかも…だったら、可哀想かも知れない、ってちょっと思った。
 
そう言えば、スラムで、すごく人望のあるらしい男の人にあった。
でかくて、やっぱり肌の露出が多くて、これが流行りなら、兄さんの恰好なんて、さぞかし野暮ったく見えてたんだろうな…村に帰ってきたとき1人だったのも、センスが悪くて彼女が出来なかったから?
ああ、なんて事考えてるんだろう、ごめんなさい、ロイ兄さん…。
 
とにかく、その人の持ってたペンダントで、無事に女の子の人形を取り戻せたんだけど、この人、なんでそんなの持ってたんだろう?王宮の隠し通路の入り口発見アイテムなんて…。
でも、けっこう有名な冒険者みたいだから、そういうのも有りなんだろうな…。
体は大きいけど、優しくて、面白そうなお兄さんだった。
また今度、遊びに行ってみよう。
 
とりあえず、これは女の子から、報酬も貰ったし、(少しでも報酬は貰うのが礼儀か…なんだか、玄人になった感じで、ちょっと気分が良かった)ちゃんとした仕事。
だから、ろくでもない事ではない!
 
 
◆◆
 
 
「別になんにも、変なことしてないよ」
 
にっこりきっぱり爽やかに言いきったリュミエが、その日一日あちこちで立てた武勇伝のおかげでロストールの下町の有名人となっており、その上、旅の道連れまで増えていた事をセラが知るのに、そう日数はかからなかったのだった。
 
 
TOP