◆ 過保護厳禁 前 ◆

「アルノートゥンに行きたい!」

エンシャントの酒場でそうリュミエが言い出したとき、仲間達は一斉に「またか!」という顔をした。ミイスでノトゥーン神に使える神官一族だったリュミエは、時々無性に神殿におこもりがしたくなるらしい。
「それならばその辺の神殿で一晩祈ってろ」と言いたいところだが、実際にセラがそう言ったところ、リュミエは大まじめで「その辺の神殿って俗世とか、御利益優先とか、観光っぽかったりで、神様と対話する雰囲気じゃない!」と宣ったものだ。
アルノートゥンははっきり行って遠い。どこから行くにも、またどの町に行くにも距離がありすぎる。よほど割りのいい仕事絡みでなければ、行く気になれないような場所だ。
フェティはあっさりと言ってのけた。

「行ってもよくてよ。アタクシはアキュリースでゆっくりと休養させていただくわ」
ナッジが気まずそうに言う。
「僕は……悪いけど、ここに残るよ…。配達とかの仕事なら1人でも出来るし」
「えーーーー、なんで残って仕事するの?」
フェティはともかくいつもはつき合いのいいナッジにまでそう言われ、リュミエは焦って身を乗り出した。
「そろそろ槍を鍛えたいんだ。で、お金貯めたいし…ここなら、どこに行くにも行きやすいし仕事も豊富だし…」
大きな体を縮ませてナッジはそう弁明する。
リュミエはしかめっ面でセラを見る。だが、当然、セラも乗り気ではないどころか露骨に「お断り」の顔つきになっていた。

「あ、そ、それじゃ、仕事があればみんなも行くよね!」
「仕事があったの?アンタ、さっきギルドに行って丁度良いのがないとか言ってなくて?」
「アルノートゥン行き、あるにはあるの。……手紙配達で300ギアだけど…」
上目遣いで機嫌を伺うリュミエを三人は同時に見つめ、そして一斉にため息を付いた。
「悪いけど、アタクシ、今更そんな程度であんな遠くまで行きたくなくてよ。だいたいにしてこの高貴なるエルフもアタクシが、なんであんたの巡礼につき合わなくちゃいけないの」
「ごめん、リュミエ。本当にごめん!でもそれなら、ドワーフ王国行きの配達した方がよほど割りがいい感じがするから…」
「ひどい!ナッジったら、いつの間にそんなにお金勘定で動くようになったの!」
「お前の会計がザルだからだ」
ナッジに泣き落としをかけかけたリュミエに、セラがうんざり顔で言う。

「お前が経費に合わない仕事を受けるから、財布の紐が堅くなる。当然の話だ」
リュミエがぶーっと頬を膨らませる。
その駄々っ子にしか見えない表情を無視し、セラは頬杖を付いたまま面倒げに言う。
「アルノートゥンに行きたければ1人で行け。俺もその間は単独で仕事を請け負う」
「……えー…1人で?」
気弱げなリュミエをナッジが慰めた。
「大丈夫だよ、リュミエは強いから」
「そうじゃなくてーーー、何日も一人っきりで旅したことないんだもん。寂しいじゃないの!」
両手を握りしめて言う一応のリーダーの姿に、3人は苦笑して頭をふるしかない。
3人とも1人旅経験があるので、はっきり言って「冒険者のくせに、何を今更」といった感がありありと顔に表れている。

誰も同情してくれそうになく、リュミエは困った顔で言った。
「やっぱりダメ?1人で行くの?」
「神殿詣でが目的なら1人で行け」
あっさりと答えられ、リュミエはしょんぼりと俯く。
「やっぱりダメ?」
「1人でお行きなさいな。今更か弱いふりなんてするものではなくてよ、どうせ、野蛮な人間のその中でもさらに野蛮な冒険者なんだから」
「……ダメぇ〜〜〜〜〜?」
「……リュミエ…僕をそんな目で見ないで…」
じーっと懇願の目で見られたナッジが情けなくもフェティの背後に隠れる。

「1人で行くの嫌だもの〜〜〜〜〜」
「しつこいぞ」
きっぱりとセラに言われ、リュミエは情けない顔で下を向いた。
「だって……行きたいのに…」
「だから、1人でお行きなさいなと言ってるでしょ?」
うんざりしたフェティが突き放すように言う。だが、そこに隣から声を掛けてきた者がいた。それも拍手つきで。
パチパチと手を鳴らしながら馴れ馴れしくリュミエ達のテーブルに近寄ってきたのは、成金商人のような恰好をした中年の男。やや腹が出ているのが、やっぱり成金っぽい。
「いや、お若いのに神との対話を求めるとは、なんと心がけの良い信仰心の厚いお方だ。感じ入りました」
どう見ても胡散臭いその男に、セラが剣呑な目を向ける。

「なんだ?貴様は」
それに構わず、男はにこにこと愛想のいい笑顔をリュミエに向けた。
「実はですね、これからアルノートゥン行きの護衛をどなたかに頼みたいと思っていた最中なのです。そこへあなたのそのその言葉を聞き、これこそまさしく神のお導きだろうとお声をおかけした次第です」
その言葉に、リュミエは現金な営業用笑顔になった。
「護衛の仕事ですか?」
渡りに船、とばかりに勝手に承諾してしまいそうなリュミエを、フェティが押しとどめる。
「ちょっとお待ちなさいな!丁度いいとばかりに足下見られて依頼金を値切られるかも、なんて事は考えないの?本当になんて脳みそが薄いのかしら?」
「フェティったら、高貴なエルフのくせに下世話なこと言ってる〜〜〜」
不満たらたらのリュミエに、フェティは真っ赤な顔で怒った。
「何が下品?この高貴なるエルフのアタクシが、野蛮な人間に助言をあたえているのよ?ありがたく拝聴すべきではなくて?」

きゃんきゃんと口げんかを始めた女二人を無視し、セラは仏頂面でその男に言う。
「仕事ならギルドを通せ。その方が間違いない」
「えー?ちょっと待ってよ…」
焦って止めに入ったリュミエに、セラは冷たく言った。
「条件を確認してから正式に引き受ければいい」
「……そうだけど…せっかく都合があったのに…面倒くさいよ」
「リュミエ。仕事は正式なルートで受けた方が、後々面倒なくていいよ。それに、ギルドの頭越しの仕事は、いくら上手くやり遂げても冒険者としての信用にも評価にもならないんだよ?」
ナッジにまで言われ、リュミエは渋々といった風に頷く。
すると、今度は男の方が焦って言い出した。

「いや、急ぐのですよ。ギルドに依頼すると、手続きとか少しかかりますから。それで手っ取り早く、護衛してくれる人を捜していたのです。もしダメだというのならば、別の方に声をかけてみるだけです。依頼金5000ギアなら誰か受けてくれるでしょう」
「ちょっと待って、引き受けます!」
金額を聞いた瞬間にリュミエは男を引き留め、そして仲間達を振り返って言う。
「5000ギアなら、報酬にも不満ないよね!引き受けるからね!アルノートゥン、行くから!」
強引にそう押し切ると、リュミエは男に向かって言った。
「急ぐって言うと、出発はいつですか?あと、それからお名前は?」
男はにんまりと笑った。
「はあ、後30分程で出ます。私としては一分一秒でも早く旅立ちたいので。それから、私の名前はハルハルともうします」
「ハルハルさんですね!じゃ、すぐに食料の手配してきます!門の所で待っててください!」
そう言うなりリュミエは酒場を飛び出して言ってしまった。仲間達の意見など、全て頭から吹っ飛んでしまったらしい。
ナッジが苦笑の形に固まった顔でセラに言う。
「……ごめん、ちょっと聞いて良い?ハルハルって思いっきり偽名っぽく感じるんだけど、それって僕だけ?」
「安心しろ、俺にも偽名にしかきこえん」
安心できるはずもなく、ナッジは固まった顔のままで天を仰いでいた。

 
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