◆ 過保護厳禁 後◆

アルノートゥンへの道程は白々しいほどの好天。
リュミエは1人浮かれたスキップで歩く。その傍らにはどう見ても胡散臭い依頼人のハルハル。なにか神様談義でもしているようで、リュミエは終始機嫌がいい。
「ちょっと、あのお馬鹿な子、どうにかなさいよ。あなた、保護者でしょ?」
不機嫌なフェティにつんけんと言われるが、セラはいつもの仏頂面で短く答える。
「別段、今は何も問題がない」
「問題が起きてからじゃ遅いのではなくて?本当にもう、バカじゃないの?あんなにあっさり勝手に仕事を受けちゃって!アタクシの予定、丸つぶれよーーー!」
キイイイイっとヒステリーを起こすフェティに苦笑いしながら、ナッジがぼそっと言う。
「なんだか、見張られている感じがするんだけど。リュミエは…気が付いてないよね」
「あの脳天気なはしゃぎぶりでは気が付いていないだろう。エンシャントからずっとついてきている」
セラの言葉に、ナッジはぶるっと体を震わせると、後ろを振り向く素振りを見せた。
「見るな、今のところ距離は取っている。狙いが俺達なのか、あのハルハルとかいうヤツなのは知らんが、こっちから騒動を起こすことはない」
「そ、そうだよね…必ずしも襲撃してくるとは限らないし…」
実力的にはそんじょそこらの冒険者なら五分以上に渡り合えるというのに、ナッジの心配性加減は相変わらずである。素っ気ないセラに代わり、脳天気で危なっかしいリュミエの保護者気分に陥っているらしい。
緊張感を張り付かせているナッジの生真面目さの10分の1でもあのアホ娘にあればいいのに、と思いながら自分も保護者気分になっていることにセラは気づく。
早いところロイを探し出してあの娘をつっ返さないと、なんとなく取り返しの付かない事態に陥りそうな予感がして頭痛がする。
いっそ襲撃でもあって目の前の危険に対処していれば、こんなろくでもない思考とはおさらばできるかも知れない、というセラの期待に応えてくれたのか、それともナッジの警戒を無駄にしてはいけないと誰かが考えたのか、襲撃はあった。
殆ど戦いにもならなかったのだが。


深夜、野宿をしていたリュミエ一行を数人の男達が襲ってきた。
もっとも生け捕りを狙っていたらしく、その攻撃は容赦がないとは言い難く、むしろ寝入りばなを起こされたフェティの魔法のおかげで剣をあわせることもなく逃げ去っていったほどだ。
「あー、もう!あんな連中のためになんでアタクシを起こすのよ!バカじゃないの、アホじゃないの!」
「だってー…一応襲撃だったから…」
見張り当番だったリュミエが小さくなって言い訳をしている。笠にきたフェティはびしっと指を突きつけて怒鳴った。
「明日の夜は、アタクシの分も夜番をするのよ!いいわね」
「ええ?」
決めつけた瞬間にマントを被ったフェティに、リュミエは悲鳴を上げた。
「まあまあ、…お陰様で何事もなく助かりましたし。お礼は上乗せさせていただきますので」
ハルハルが愛想よく言う。彼は自分が雇った護衛の強さにご満悦だ。
「これなら、アルノートゥンまで無事にたどり着けそうですな」
ニコニコしながらそう言うハルハルに機嫌を直してリュミエも笑う。
「ああ、あとはもう何もなきゃいいなぁ…」
襲撃の緊張感というより、夜番の当番回数を増やされたくない一心でリュミエはそう祈った。だからといって旅の間の注意力が増したわけではないので、その分、ナッジとセラがより一層警戒する羽目になっただけだった。


「……まだまだ、ずっと着いてきているのね」
「殺気は感じない。見張っている、といった方が良さそうだ」
「……早く、アルノートゥンにつかないかな…」
「明日にはつく」
「今夜一晩の用心だね…」
隣でぶつぶつと繰り返すナッジに、セラはうんざりとしたため息を付いた。
リュミエはアルノートゥンが近付くにつれてますます足取りが軽やかになり、胡散臭いハルハルもリラックスしてきたようでますます胡散臭さが爆発している。セラから見たら、ハルハルの愛想の良さは計算尽くのものにしか見えない。
もっとも今のところ危害を加えたり、彼等を陥れようと言うそぶりもないので、とにかく黙って静観している状態だ。
最後の一夜を視線を感じつつ過ごし、翌日アルノートゥンの大きな門が見えたときは、ナッジは心の底からほっとしてフェティに怪しまれるほどの大きな息を付いた。
ハルハルは上機嫌でリュミエに金を渡し、「いやー本当に助かりました。あなた方に頼んで良かった。これもノトゥーン神のお導きです」などというおべっかをいい、リュミエをいい気分にさせている。
「それでは、あなたに神のご加護がありますように」
リュミエはそう言ってハルハルに手を振った。依頼人が一足先に門を通り抜けて町にはいるのを見送り、うんざりしている風の仲間達を振り返って元気よく号令を掛けた。

「さ、早くいこ〜〜〜!お金の分配が終わったら後は自由行動!二、三日は仕事も引き受けないから定時連絡も無用、って事でいい?」
「……いいから、早くいこう…」
正直、この町で自由行動といっても面白い事は殆ど無いのだが、三人はリュミエの提案に素直に頷いた。町自体は面白くもないが、すぐ近くには曰くありげな遺跡の類がいろいろある。リュミエがお祈り三昧の間にそっちを回ってみるのも悪くはない、などとこっそり打ち合わせ、浮かれた足取りのリュミエに続いて町にはいる。
すると――慌てふためいたハルハルが、こっちに向かって走ってくるのが見えた。背後からは数人の冒険者風の男達が追いかけてくる。太ったハルハルは途中でつんのめり、「それっ」と一斉に飛びかかった男達に取り押さえられ、リュミエ達に向かって助けを求めるように手を伸ばした。
「た、たいへん!」
慌てて走り出しかけたリュミエの前に、大きな男が立ちふさがった。両手を広げ、「おいおい、捕り物の邪魔をすると、あんたらも仲間扱いされるぜ」と忠告するのは、冒険者としての先輩格、ゼネテス。
リュミエはぽかんとなって「……なかま?」と呟く。セラ達三人も同様に訳が分からず、顔を顰めたセラが代表で訊いた。

「あいつは手配者だったか?」
「そ、南の地方一帯で稼ぎまくった詐欺師。商売を持ちかけ、投資と称して金を巻き上げてまくって、ついに手配書が回ったんで、顔が知れてない北へと逃げようとしたんだな。お前さん達が護衛に付いたって訊いて、いや、仰天したぜ?」

ゼネテスは苦笑しながら大げさに肩を竦めて見せた。
「手配書の件は知らなかった」
苦々しげにセラが言う。ゼネテスは「そりゃそうだ」と頷いた。
「あいつがエンシャントを起ったのと、手配書がエンシャントのギルドに届いたのがほぼ同時だ。それで捜索したら、どうやらお前さんらが酒場で意気投合していたらしいって聞いて、俺はこっちに先回りしていた。途中で抜け駆けの連中がお前さん等を襲ったらしいが、死人がでなくて幸運だったな」
「……もしも、捕り物の連中に死体がでたら、おれ達も犯罪者の仲間入りか?」
「あいつの仲間認定で、ヘタしたら冒険者登録抹消だ。まったく、お前さんがついていて、なんでギルドの頭越しの仕事なんか受けたんだか」
そう責めるように言われてセラは苦い顔つきで黙った。リュミエが勝手に引き受けてしまったのだといまさら言ったところで言い訳じみていて、セラとしてはそんな事は言いたくない。さすがに責任を感じたらしいリュミエは、「自分のせいだ」と言いかけた。 だが、その前に――。
頭から湯気を出しそうな勢いのフェティが、リュミエの襟元をがっしり掴んで怒鳴りだしたのだ。

「ああああーーー!もうもう、信じられなくてよ!だから、アタクシ達がさんざん止めたのに!あなたが勝手に引き受けたせいで、この高貴なエルフもアタクシまでもが野蛮な人間達に犯罪者扱いされたかも知れないなんて!もーー信じられないわ!あんた責任取りなさいよね!」
「……わ、分かってる…もうしません…ご、ごめん……苦しいよ、フェティ…」
がしがし揺さぶられ、リュミエは悲鳴を上げるが、それに構わずフェティは怒り続ける。

「あんたの『もうしません』は聞き飽きてよ!このアタクシに、何度同じ事を言わせるの?本当に、バカじゃないのアホじゃないの、やってられなくてよーーーー!」
「フェティ…リュミエが窒息してしまうよ…」
放心状態だったナッジが、ようやく我に返って止めにはいる。
大騒ぎの三人を見て、ゼネテスはそれで事情が全て飲み込めた。同情的にセラを見やり、肩を叩いて励ます。
「……いや、なんだ…言い過ぎて悪かったな…ま、頑張れ…」
「……別にいつものことだ…」
憮然としてそう答えたセラは、ふっと思いついて低い声で訊いた。
「……護衛の依頼金を受け取ったんだが、これは没収されるのか?」
「まあ、本当なら、それもあいつが騙した相手から受け取った金だから、返してもらいたいところだが…」
ゼネテスはフェティに首を絞められかけているリュミエを見て、大きな息を付いた。
「んな事言ったら、本当に殺されちまいそうだな」
「そうだな…」
「ま、あいつがもう使っちまった金の内って事で、見ない振りしとくか。じゃな」
ゼネテスはそう軽く言うと、引き据えられて縄でぐるぐる巻にされているハルハルの側へ行き、男達を指示して冒険者ギルドへと引っ立てていった。
力無くそれを見送るリュミエに、フェティはだめ押しのように言う。
「……あんたが修行不足だから、ああいうのに騙されるのよ」
「ほんとだね…」
言い返すことも出来ず、リュミエはガッカリと俯いた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「何だか、いきなり疲れちゃったね…」
「丁度良いわ、ゆっくりしましょう…」
宿を取り、受け取った依頼金をテーブルの上に広げて人数分にわけながら、ナッジとフェティはしみじみと言い合う。黙って言われるがままだったリュミエは、袋に入っていた金貨が4等分されるのを見て、不意に思いついたように言った。

「これ!このお金、返さない?」
「はあ?」
「だからね?このお金もきっと人を騙して手に入れたお金の一部だと思うの。捕まったら持っていた他のお金は被害にあった人達に返されるだろうし、こんな由来の良くないお金を持っているより、いっそ返してしまった方が、いい使い道になるんじゃないかと思うんだけど」
やっと機嫌をなおしかけたフェティが、たちまち剣呑な顔になり、ナッジは困り顔になる。ゼネテスの配慮を台無しにする発言に、セラは頭痛を覚えた。
「アタクシはお断りよ!由来がどうであれ、仕事をして受け取った正当な報酬に代わりはないんだから。この上、ただ働きなんて、まっぴら」
フェティは顔を引きつらせて言うと、さっさと自分の荷物の中に金を仕舞ってしまった。リュミエはその言い分におどおどしながら、ナッジに訴えかけるような目をする。
「え…えと、あの…その」
その視線に狼狽えながらも、ナッジは自分の分の報酬をそろそろとしまい込んだ。
「……ごめんね、リュミエ。君の言っていることは正しいと思うけど、……やっぱりフェティの言い分に今日は賛成したいよ…」
「……そっか、そうだよね…」
項垂れるリュミエに、フェティは「やっぱり懲りてなかったのね」と言いたげな目を向ける。
「んじゃ、私の分だけでも、冒険者ギルドにいるゼネテスに返してくる…少しでも足しになるかも…」
リュミエは自分の分をハルハルから受け取った金の袋に戻した。そして、テーブルの上にもう一人分、金貨の小山が残っているのを見て、またもや訴えるような目になる。まだ金を片づけていなかった、セラに向かって――。

どう答えるのかとフェティとナッジも固唾を飲んでセラを見る。がつんと言ってやれ、とそう目で訴えるナッジ達の前で、セラは諦めきった息を付いた。
「俺の分も持って行け」


「ありがと!すぐに行ってくるね!」
ぱっと顔を輝かせたリュミエは、セラの分の金貨も袋に掻き入れると、ドタバタと宿を飛び出していった。
後に残ったのは、腕組みをして無表情になったセラと、ぽかんと口を開けたナッジとフェティ。
「……セラ…あのさ、言っていい…?」
控えめにナッジが言うと、フェティが「言っておやりなさよ、まったくもう」と頭を抱えて言う。
「……リュミエを一番甘やかしてるの、セラだと思う…」
「らしいな」
不本意ではあるらしいがあっさりとそう認めるセラの発言に、フェティは天を仰ぐと呆れ果てた口調で言った。
「過保護もいいところではなくて?これだから、あの子が懲りるわけなんてなくてよーー!」

おそらくはこれからも繰り返されるであろうリュミエの後先考えない脳天気っぷりを想像し、三者三様の巨大なため息が同時に吐かれるのだった。



 
 
TOP