◆小さな村の崩壊◆
 
そこは平和な村だった――。
 
地図にもない村、ミイス。「神器」と呼ばれる物を守るためだけに存在する神殿。
それを運命付けられた一族。
小さな小さな村で、結界に守られた村で。
両親と兄と、そして村の人たちと。
何の変化もない、穏やかで静かな小さな村。
 
私はその神殿に仕える一族の娘だった。
その一族は神器を守るための力をつけるため、一定の年頃になると、修行のための旅に出る。
先頃、兄が戻ってきた。
強い力と、旅先で手に入れた聖剣「日光」を手に。
 
次は私の番だった。次は私が、修行の旅に出る。
でもその旅立ちは――こんな筈ではなかったはずだ。
 
炎と血と――嘆きに彩られた、こんな旅立ちだったはずでは。
 
 
燃える神殿の前で、あの女は父を殺したと、笑いながら言っていた。
頭に血が上って、何も考えられなかった。
女が何者か、なぜこんな事をしたのか、何一つ理解できずただ、目の前の現実が全て信じられなかった。
この女さえいなくなれば、――全てが元に戻るような、そんな愚かなことを必死で念じていた。
 
女が笑い、巨大な怪物が現れ、兄が私に言った。
「村人達を逃がせ」と。
私は混乱していて、考えがまとまらない。
兄を一人にはしておけないし、戦うことを知らない村人も守らなければと、そう思った。
そう思うだけで、どうすればいいのか判断が付かなかった。
 
「私は大丈夫だ!村人を守れ」と、兄の言葉に、ただ人形のように従うことしかできなかった。
その言葉を信じたわけではない。
人々を守らなければ、そんな義務感があったわけでもない。
私はただ、一人では何も決められないほどに混乱していたのだ。
 
広場では、入り込んでいた妖魔に、怯えた人々が立ちすくんでいた。
みんなが私に救いを求めてくる。
私は必死でそれらを倒し、村人達に逃げるように指示をした。
人々が逃げていく。
村から出たことのない人が、妖魔に追われて生まれた村を捨てて、
必死で逃げていく。
変わっていく。何もかも。
私の生まれて育った世界が何もかも。
崩壊していく世界の中で、兄一人が私の現実だった。
巨大な怪物に対する恐怖も、見知らぬ女に対する恐怖も全てが夢のように感じられる瞬間、兄の元へ行かなければ、とそれだけを考えていた。
 
そんな時だった――。
もう一つの現実が、私の前に現れたのは。
 
神殿に戻ろうとした私に、後ろから誰かが声をかける。
「ロイの妹か?」と。
見たことのない男なのに、どこか見知ったような顔。
信じて良いのかどうか、混乱した私は判断できなかった。
それでもその男は兄さんを知っていた。
兄の名を呼んだその事だけが、私にわずかな希望を持たせた。
でも。
私とその男が駆けつけたとき、すでに兄の姿はどこにもなかった。
 
何もかも終わったと絶望にとらわれかけた私に、その男は兄は生きていると断言した。
なぜそんなことが言えるのか、私には分からない。
でも男は確信を持ってそう言いきった。
兄の持つ剣は、自分の持つ剣と反応しあう。
それがない以上、剣はここにはなく、魔物は触れる事の出来ない聖剣故に、それを持ち去ったのは兄本人に違いはないと。
 
本当なのだろうか。
私には分からない。
でも、今はそれを信じるしかない。
兄は生きている。
でも、どこに?
どこに行けばあえる?
そう考えていた私に、男は一緒に来るように言った。
 
少し冷静に戻りかけていた私は、さすがにその言葉には素直に従えなかった。
兄の知り合いかも知れない。
でも、その男はいかにも「まともな商売」をしているようには見えなかった。
 
年期のいったアーマーを身につけ、剣を持ち、少なくとも兄とも違う雰囲気を持っていた。
正直冷静に見ると、かなりうさんくさい男だ。
もっとも、「かなりな、いい男」と一瞬思ってしまったのは、やっぱり年若い娘としては仕方がないのかも知れないが。
 
胡散くさげに見る私に気が付いたのか、でもその男は気を悪くする風もなく、私に「兄に会いたいなら付いてこい」と言うようなことをいった。
あるいは、私にどう思われようとも、全く関心がなかったのかも知れない。
 
村の外に出たことのない私にとって、今となってはその男だけが頼りなのは確かだった。
「俺は急ぐ」
そう言われたとき、私はそれが旅立ちの時なのだと知った。
 
結局私はその男と共に、崩壊した小さな世界に別れを告げ、外へと旅立つことになった。
 
男の名は、セラと言った。
 
TOP
 
序章ですね…。(^^;;)この話のリュミエは結構甘ったれの世間知らずです。セラ相手に鍛えられていくのですね、きっと…。
名前が〜紛らわしい、とか思われる方もいるかと思いますが、実際私のジル専用メモリーカードに並んでいる名前は
「リュミ」「リュミエ」「リュミエル」「「リュミエール」です。ホント、紛らわしいんですが、それ以外の名前が思いつかない…。
すみませんが、リュミエ2と読んでやってください。