◆ほんの一言◆
 
町の広場に足を踏み入れた瞬間、リュミエは目を見開いたまま立ち止まった。
「どうした」
苛ただしげなセラの問いを無視し、リュミエは全然関係ない方向を指差してきょろきょろする。
「なんで、こんなに広場が飾り付けられてるの?」
 
 
「お嬢ちゃんったら、新年祭の準備に決まってるだろう。今日は日暮れから夜っぴて朝までお祭りさ。新しい年を、みんなで賑やかに過ごすんだよ」
露店でせっせと下拵えをしていたおばさんが、不思議そうに訊くリュミエにそう教えてくれる。
「新しい年をお祭りしながら?」
「そうさ、決まってるだろう。お嬢ちゃんもおいで。神殿の鐘が鳴ったら、花火が上がるから」
「ふうん…」
 
まだなにか納得のいかない顔をしたリュミエが、広場のすみで律儀に待っていたセラの元へ戻ってきた。
「祭りの準備だと言っていただろう。何を当たり前のことを」
「当たり前なの?お祭りしながらの年越しって」
本気で不思議そうにリュミエが言う。
「お前、今まで、どんな年越しをしていたんだ?」
普段は殆ど他人のことに興味を示さないセラだが、めずらしくそう訊いてきた。
 
「ミイスでは、一年の終わりの時には、蝋燭を立てて、つつがなく終わった年への感謝と、これから始まる年が良いものでありますようにって、お祈りの礼拝をするの。その後は、家族に感謝のキスをして、新しいワインとパンで新年のお祝いをするの。それだけ」
 
そう答えると、不意にリュミエは駆けだした。
びっくり箱などのオモチャの類を並べだした雑貨屋へ飛び込み、蝋燭を2本購入している。
唐突な行動に、いまさらながらセラは額を抑えた。
 
一緒に旅を始めてから、2度目の新年を迎えるのだが、いまだにこの娘の行動が読めない。
真面目かと思うと、不意に注意を逸らしてしまう。
責任感があるのはいいが、物をあまり考えずに依頼を引き受けてしまう。
正直言って、かなり脳天気な娘だ、というのが、セラの感想だ。
…確かに、兄であるロイも、かなり浮世離れしたところがあったが、この娘はそれに輪をかけている。
閉鎖された村で育つと、こうなってしまうのかと、最近は諦め半分の気分だ。
 
蝋燭を抱えたリュミエが、踊るような足取りで戻ってきた。
「蝋燭など、何に使うんだ?」
胡散くさげに言うと、当然のようにリュミエは答える。
「今夜のお祈りに使うの。去年は確か旅の途中だったのかな。気が付かないうちに年が変わってたんだよね。今年はちゃんとやるの」
セラは思いっきり呆れた表情を浮かべた。
「好きにすればいい…俺はしらん」
「ええ?」
 
リュミエは驚いた顔を上げると、当たり前のことを否定されたような顔つきになった。
「一緒に年越しのお祝いしてくれないの?」
「何故、俺が」
さっさと歩き始めるセラの後を小走りで追いかけながら、リュミエは言い募った。
 
「新年を迎える儀式だもの。私、ずーっとそれが当たり前の習慣だと思ってたんだもの」
「お前の習慣だ。俺のではない」
「別にそんな時間かからないよ。お祈りして、キスして、一口ずつワインとパンを口にするだけだもの。つき合ってくれたって、いいじゃない」
ぴたりと立ち止まると、セラは冷ややかな顔で振り向いた。
「俺はお前の保護者じゃない。お前のすることに、いちいちつき合う義理はない。お前も、俺にそれを求めるな」
 
剣呑なセラの表情に、リュミエは立ち止まったまま口をへの字に曲げる。
「そんなに言わなくてもいいじゃない」
「付け加えていえば、俺はそういう物言いも好まん。甘ったれるな」
ぐっと言葉に詰まった顔つきで、情けなさそうに自分を見上げるリュミエを、セラは無視して歩き出した。
リュミエは慌ててその後を追う。
 
「ちょっと待ってよ」
腕をとって、むりやり振り向かせたセラの顔に、鬱陶しげな表情がありありと浮かんでいるのを確認し、リュミエはしゅんと沈み込んでしまった。
「お願い…少しだけでいいから、つき合って。蝋燭立ててお祈りする間だけ、でいいから」
「…それだけだぞ」
懇願するような口調に、セラは渋々ながらも折れた。
 
 
◆◆
 
 
宿の外はもう暗くなっている。
町の街灯に灯りが入り、人々は着飾ってお祭りに参加するために、賑やかに出かけていく。
その喧噪を窓の外に聞きながら、リュミエは暗いままの部屋の中央においたテーブルに2本の蝋燭を立て、そっと火をつけた。
テーブルの向こう側には、一本の蝋燭を前に憮然とした雰囲気のセラが座っている。
 
「すぐに終わるから、そんなに仏頂面しないで」
リュミエはわざと明るく言いながら、蝋燭を前にして椅子に座った。
テーブルの上に肘をつき、顔の前で両手を組み合わせて、もう一度「すぐに終わるからね」
と言い訳のように言って目を閉じる。
目を閉じると、正面のセラの面倒くさそうな雰囲気がもろに伝わってきた。
 
(…そうか、そうだよね。私にとっては、セラは兄さんの代わりみたいな感覚だけど、セラから見たら、私はお姉さんの代わりには絶対ならないものね。人んちの習慣を押しつけられたって、面倒くさいだけだよなぁ…)
リュミエは少しばかり寂しく思いながら、祈りに没頭した。
 
瞼越しに揺れる蝋燭の炎と、正面にいる人の気配。
外から漏れ聞こえる声が遠く感じられ、リュミエはずっと昔から続いてきた、ミイスの神殿での年越しの夜を思い起こしていた。
 
(ひょっとしたら、こんな風にお祈りしてるの、私だけかも知れないね。ミイスの他のみんながどうなったのか、ちゃんと逃げられたのか、――それも判らないんだもの)
 
そう思うリュミエの脳裏に、生前そのままの優しい笑顔の父の姿が浮かぶ。
 
(父様、私が甘ったれなの知ってて、修行の旅に出すの渋ってたよね。
ゴメンね、今も甘ったれだって叱られてるの。兄さんも見つからないの。
いつまで経っても半人前の娘でごめんなさい)
 
イメージの中の父は微笑んでいるだけで、答えてくれるはずがない。
 
(父様、私、どうすればいいのか、時々判らなくなるの。兄さんを捜すため、闇の神器を守るという使命を果たすため、父様やみんなの敵をとるため、頑張ってるつもりだけど、全然成果は上がっていません。
とにかく自分を鍛えるのが先決だって判っているけど、今日も甘ったれて叱られてる始末だし、私一人で何が出来るのか、全然判らなくて、…どうすればいいのかな…)
 
父の微笑みが苦笑しているように感じて、リュミエは慌てて先の考えをうち消した。
 
(ごめんなさい。父様、…亡くなられてからも、甘えたがる娘でごめんなさい。
情けないって思ってるよね、私もそう思うんだ。…愚痴ばっかりこぼして、ごめんなさい)
 
ふっと懐かしい声が聞こえたような気がした。
 
『リュミエは、一人なのかい?』
 
心配しているような響きに、はっとしてリュミエは目を開けた。
すると、正面でこっちを見ているセラの視線とまともにぶつかる。
白々と冷めた目に、リュミエは自分が変な顔をしていなかったかと、誤魔化すように両手で顔をこすった。
 
「もう、祈りは終わったようだな」
セラが立ち上がる。
「あ、もう少しだけ、まって」
慌てて呼び止めてから、リュミエはしまった、と思った。思ったが、もう後の祭りだ。
黙って自分を見ているセラに、思い切ったように言う。
「あのね、頬にキスしていいかな…?今年一年の感謝と、来年の無事を願って」
セラは答えない。
 
なんとなく場が持たなく感じられて、リュミエは焦りながらも、なんとか言葉を続けた。
「えっとね、セラは迷惑ばっかりかけられて、もううんざりだって思ってるかもしれないけど、私は本当に感謝してるし…それに多分、今はセラが一番私に近しい人だと思うから。まねごとで良いから、今だけ、家族のふり…してくれないかな…?」
最後はおそるおそると言った風に言って、機嫌を伺うようにセラの顔を盗み見ると、セラはなんとなく困ったような顔つきでそっぽを向いている。
 
怒ったかな?と、自分が失敗したとか、瞬間ドキッとしたリュミエだが、セラは1つ長い息をつくと、仕方なさそうに肩を竦めて、「良かろう…」と答えた。
「ありがとう…ゴメンね」
なんとなく、謝りの言葉が口をついて出た。
僅かに眉を顰めたセラの表情に、また気を悪くさせたかな?と思いながらも、リュミエはそそくさと傍らにより、少しだけつま先立つようにして、セラの頬に唇を寄せた。
 
一瞬、触れるか触れないかのキスをし、小さく、子供の頃から教えられた古い言葉での祝福の言葉を呟く。
普通なら、相手からもキスと祝福の言葉が返るのだが、そこまでセラに要求するのは無理だろう。
そう思ったとおり、リュミエが離れても、セラは相変わらずの無愛想な顔つきで見返すだけである。
 
「どうもありがとう。あとは、私、大人しく休むから、セラは自由にして。お祭りで飲みあかすのも良いし、ぱーっと花街に繰り出すとか!」
リュミエは脳天気な仕草で笑った。他にどんな顔をすればいいのか、思い浮かばなかった。
 
(無くなっちゃった故郷を思い出して、「昔に帰りたい」なんて言ったって、どうしようもないのは判ってる。
今日だけ寂しく感じたって、明日になれば、きっとまたいつもの自分に戻れるもの。
脳天気で、注意力散漫で、いくら叱られたって全然懲りない自分に)
 
ニコニコしながら手を振っているリュミエに、セラは何か言いかけたが、そのまま黙って背を向けた。
 
(――あ、いっちゃう。本当に飲みあかすのかな、それとも、花街行って、色っぽいお姉さん達と夜を過ごすのかな。私がどうこういう事じゃないけど――やっぱり、そうなのかな)
 
『一人なのかい?』
さっき聞こえた幻聴の声が、身にしみるように感じられた。
 
(そうかも知れない、父様。寂しいけど、セラはセラなりの理由があって私と一緒にいてくれるだけだから――必要以上に懐かれたら、やっぱり鬱陶しいんだと思う。いつ別れてもいいように、私もしっかりしなきゃいけないんだけど…一人になるのって、やっぱりいやだと思うな…)
 
ぼうっとした目で見送っていると、セラはドアの前で立ち止まった。
少しの間、そうしていたかと思うと、踵を返してリュミエの方に戻ってくる。
 
あれ?と思った瞬間、セラは身体をかがめ、リュミエの頬に軽く口づけると、ミイスの村に伝わる祝福の言葉を、小さく、本当に小さく、聞こえるか聞こえないかといったくらいの声で呟いた。
 
驚いて固まったままのリュミエに、セラは愛想のない口調で言う。
「年越しの夜になると、いつもロイがその言葉を言っていた。キスされたことはなかったがな」
 
「あ、…そうか、…兄さんも…」
なんとなく間の抜けた口調でそういうリュミエに、セラはまた背を向け、そして、振り向き、少し怒ったように言った。
「行くぞ――花火を見るんじゃないのか?」
意外そうに目を丸くしたリュミエに、セラは無言で顎をしゃくる。
(あれ?照れてるのかな?)
なんとなくそう感じられ、リュミエは自分が現金なほどに喜んでいるのに気が付いた。
(そっか――まあ、良いか。とにかく、一緒に年を越してくれるんだね)
 
リュミエは一人で納得して頷くと満面の笑みを浮かべ、前を行くセラの腕に飛びつくようにしがみついた。
ぐいぐいと腕を引っ張るようにして前を歩くリュミエに、セラは迷惑そうな顔つきながらも、とりあえず今夜はそれを大目に見てくれてるようで、ふりほどきもしなければ、怒りもしない。
 
(父様…とりあえず、今は私、一人じゃないみたい。いつまでもこれじゃ駄目だろうけど、でも、とにかく、今はね)
 
町の神殿の鐘の音が聞こえてきた。これが鳴りやむと、広場で新しい年を祝う花火が上がる。
早く行こう、と、ますます腕を引っ張るリュミエに、セラは苦笑めいた表情を浮かべた。
 
(父様、私、元気だからね!)
 
新年を前に、リュミエは今はいない父に、心の中でそう告げた。
 
 
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めでたさうかれの言い訳――原題「年末年始」。なんか、これじゃあんまりアレ〜〜なタイトルなので、もう少しいいタイトルがないかと思ったけど、全然思い浮かびませんでした。相も変わらず、のたうち回りながらのタイトルつけ。
普段脳天気でも、たまには厳粛、かつ、郷愁の思いに浸ることもあるかな、とか。考えてみれば、一瞬で一族、ご近所全部無くなったんだから、かなり、悲劇の人ですよね…ミイス発女主…。