◆最初の依頼 後◆
 
 
「これはどうかな…?『プレデター退治』」
             
「あんたには、まだ無理だろうな」
「それじゃ、『呪われた杖』配達」
「…悪いことは言わないから、やめときな…」
ギルドの親父と無邪気にやり合っているのは、新米も新米の、出来たて冒険者リュミエである。
登録早々に仕事選びを任されたのはいいが、実のところ、実際にモンスターと戦った経験も少なければ、地理もよく分かっていない。
呆れながらもつき合ってくれるギルドの親父とは違い、その場にいるベテラン冒険者達は渋い顔だ。
 
「嬢ちゃん、いい加減にどいてくれないか?こっちは遊びじゃないんだ」
「どうせ見たって引き受けられないんだろ?依頼書はこっちによこしな」
苛立った顔つきの男達にカウンターの前から追い払われ、リュミエはポカンとしてギルドの隅に引っ込んだ。
男達の肩越しに、ギルドの親父がリュミエに苦笑してみせる。
 
(あー、なんか、失敗しちゃったみたい)
人事のように思いながら、リュミエは壁際のベンチにペタッと座り込んだ。
人が減ったらもう一度相談してみようかと、しばらくそのまま待ってみたが、次々と訪れてはカウンターで話し込むベテラン冒険者達に、リュミエは立ち上がった。
ギルドの親父は、当分、リュミエの相手などしていられないだろう。
丁度いい機会かと、リュミエはエンシャントの町の中を歩いてみることにした。
 
 
◆◆
 
 
「うわー…道路が全部、石畳…」
初めてみる大都市は、珍しい物だらけだった。
なんといっても、路地がたくさんある。
建物が石造りだったりする。
広場のど真ん中に、巨大な銅像が建っていたりする。
 
お上りさん気分でふらふらとしていると、不意に荒れた通りに出た。
立派な建物が建ち並ぶ大通りと違い、半分崩れかけたような建物に、所々はげている石畳。
荒んだ顔つきの住人が、迷い込んできたリュミエにギロリとした視線を向ける。
 
『スラム』の存在そのものを話としてしか知らないリュミエは、その視線に恐怖心より先に好奇心が立った。
昼日中から何をするでもなく、集まって妙な視線を向ける男達。
早朝から働くのが当たり前だった村では、見ることが出来ない光景だ。
(ひょっとして、ここは、体の具合の悪い人たちが、集められているところなのかな?)
世間知らずの娘のだした結論は、思いっきり的はずれのものだった。
 
 
無防備に近付いてくる若い娘に、男たちの顔が卑しげになった。
「あの…何か私に、お手伝いできることがありますか?」
全くの好意からそう声をかけたリュミエに、スラムの住人達の目が、獲物を見つけた喜色に輝いた。
目配せしあう人々に、さすがのリュミエも彼等が病人などではない事に気が付いたが、何しろ、疑うことに慣れていない、箱入り娘である。
急に立ち去るのも失礼な気がして、つい、彼等が何か言出すのを待ちかまえてしまった。
こっそりと背後に回り込む者がいる事も、まったく気が付いていない。
 
その様子に、少し離れたところから様子を見ていたセラは、頭が痛くなるのを感じた。
リュミエがふらふらしているのを見かけ、まさかと思いつつ、後をつけていたのである。
案の定、なんの予備知識もなくスラムに入り込み、スキだらけに質の悪い面々に声をかけている娘に、セラは舌打ちした。
(兄に輪をかけた、世間知らずの馬鹿者だ…)
 
 
「何をしている!」
ことさらに強面の固い声で登場したセラに、スラムの住人達は警戒心も露わに後ずさった。
「あ、セラ…」
呑気に振り向いたリュミエは、自分の真後ろまで来て動きを止めていた男に気が付き、目を丸くした。
「あの、何か私にご用でしたか?」
馬鹿正直にそう訪ねるリュミエに、男はばつの悪そうな顔をすると、無言で消えてしまった。
「あ…あれ?あの、ご用は…?」
あっという間に路地裏に逃げてしまったスラムの住人達に向かい、本気でそんな事を言っているリュミエに、いい加減セラも切れかける。
「いい加減にしないか!いくぞ」
セラは乱暴にリュミエの腕を掴むと、まだ何か言いたげにきょろきょろしている娘を引きずって、歩き出した。
 
人通りの多い場所まで来てようやく腕を放すと、セラは自分が何をやったかまるで自覚がないリュミエに、きつい口調で詰問した。
「俺は仕事の選択をしておけ、と言ったつもりだったがな。なぜ、あんな場所に行っていたんだ?」
リュミエは小さくなった。
「…あの、仕事、決めがねちゃって…人がすいてからもう一度相談してみようかと思って、それまで、辺りを見回っていたの。こんなに大きい町に来たの初めてだったし…」
えへへ、と誤魔化し笑いをする娘に、セラは一旦気を静めようと目を閉じた。それから1つ深呼吸をして、リュミエに向き直った。
見るからに不機嫌な顔つきの男に、リュミエは自然上目遣いで、顔色を窺うような顔つきになる。
セラは怒鳴りつけたくなるのを抑え、ただ一言だけ言った。
 
「さっさとギルドに戻れ」
 
 
◆◆
 
 
(俺は子守か…)
ギルドのカウンターでは、リュミエがまたへばりつくようにして、親父と仕事の相談をしている。
それを後ろから眺め、セラは指で自分のこめかみ辺りをそっと押さえた。
親友の手を借りようと訪れた村で、かえって余計な世話を背負い込んでしまった気がする。
少しすると、リュミエが一枚の紙をもってセラの所へやってきた。
 
「最初はやっぱりこの辺が相場だろうって、手紙配達なんだけど」
無難な選択だろうと、セラは依頼書を受け取った。
それを一瞥し、また頭痛を感じてセラは額を抑える。
「どうしたの?」
きょとんとしたリュミエは、セラが何に引っかかっているのか、まるで見当がつかないようである。
 
「…貴様、エルズというのが、どこにある町か知っているか?」
「エルズ?…南の方の島にあるって、聞いたけど…」
「島にはなんで行く?」
「船…だよね。島だから」
ここまで言われても、リュミエにはなんでセラが不機嫌なのか判らない。
「船代が、片道いくらかかるか、聞いたのか?」
「船の乗船賃?えーと300ギア…」
「依頼料が265ギア、完全に赤字だな。どこに、そんな仕事を受ける余裕がある!」
押し殺してはいるが、完全に苛ついている声音に、リュミエはそそくさとカウンターに戻っていった。
 
「おじさん、これ、駄目だって〜」
「やっぱりなあ、往復の船賃考えたら、完全赤字だからな」
「…判ってるなら、教えてくれればいいのに…」
思わず愚痴を言ったリュミエに、ギルドの親父はにやっと笑うと、指をふった。
「こっちも商売だからな。赤字だから、依頼を受けるのは止めろ、とはいえんだろ?仕事の選択はそれぞれの責任でやって貰わなきゃな」
「うーん…そうか…」
真面目に頷くと、リュミエは今度は地図を横目に見ながら、仕事を探し始めた。
 
「一番近いの、どこだろ…ドワーフ王国宛の、『報告書配達』が、一番あってるかな」
「そうだな、あんたの実力じゃ、そこが一番無難だろ」
親父の太鼓判を貰い、リュミエは始めての仕事を受けて、にっこりと嬉しそうに笑った。
 
 
たった一枚の報告書配達。
これを受けるだけなのに、半日以上もかかるとは。
セラは頭痛の他に、目眩までしてきた。
 
『ロイ…お前の妹でなければ、即刻、縁を切りたいところだ…』
得意そうに報告書の入った筒を抱えて戻ってくるリュミエを見ながら、セラはそんな事を考えていた。