◆アトレイア◆
 
ものごころが付いたとき、私の回りにあるのは闇だけでした。
 
闇と孤独。私が最初に認識したのは、私が求めても良いのは、それだけだということでした。
 
私はやがて自分が「王女」と呼ばれる立場にあるらしい、という事を知りました。
知ったところで、何かが変わったわけではないのですが。
私は、自分が「王女」と呼ばれる立場であるが故に、一生を闇と孤独で暮らすのだと、
そう改めて知っただけのことでした。
 
毎日が変わらずに過ぎてゆく中、ある日、見知らぬ少年の声が私にささやきかけました。
「君に光をあげるよ」
そう言ったのかが誰なのか、どういう立場にいるものなのか、私は知りません。
侍女達も知らないし、私はそう言った少年の顔すら、想像も出来なかったのですが。
「さあ、君の勇者様が来たよ」
また少年が話しかけます。君に光を持ってきてくれる人だよ、と。
何のことかは分かりません。
ですが、私は、その「光」という言葉にひかれました。
闇と対局にある光。私はそれを目にすることができるのでしょうか?
 
理解も出来ないまま、私は部屋を訪れたらしいその人物にお願いしますともうしました。
答えた声は…、私とあまり変わらないような声…。
それで相手が少女らしいと分かりました。
 
次にその声が聞こえたとき、私の目は「光」を取り戻しました。
目に映る私の部屋。少年の顔。そして、少女の顔。
私が始めてみる、「他人の顔」がそれだったのです。
 
その少女は、何かと私を気遣い、時折部屋を訪れてくれるようになりました。
 
「どうしてこんなに部屋を暗くしておくの?」
少女は不思議だったようです。私は、少年に言われるまま、誰にも自分の目が見えるようになったことを知られないように、侍女も止めさせ、たった1人で暮らしていました。
 
たとえ「光」を手に入れたとて、やはり私の回りは闇と孤独で満ちあふれていたのです。
本当の光を目にした後ではなおさら。
私は自分の手に入れた光が、闇と大差ない程にささやかなものであると思い知りました。
もう1人の輝くばかりに美しい「王女」。
 
あれこそが光なのだと…、私はそう思わざるを得ませんでした。
あれほどの輝きの前に、私の存在のなんと惨めなこと。
こんな自分が醜くみっともないと知るくらいなら、いっそ目など見えない方が良かった…。
そうやって部屋に閉じこもっている私を、少女は外へ誘いました。
私は、まだ本当の光を知らないと。
本当の光の優しさを知らないから、まぶしさに目を閉じることしかできないのだと。
 
ですが、その私のささやかな冒険は惨めなものでした。
初めて感じた光と風の中、私は「ティアナ王女に比べたら、とるに足らない」とそう罵倒されたのです。
私は醜い…。みっともない…。
絶望が押し寄せてきました。自分の姿など知らなければ、人の姿など知らなければ、闇の中にいれば、
せめてこれほどまでに悲しまなくてもすんだのに。
少女は私の代わりに怒り、そして、そう言った相手を追い払いました。
でも私は逃げ出してしまったのです。
追ってきてくれたその人に対しても、私は闇に逃げ込むことしか考えられませんでした。
彼女は言いました。
「自分で動かなくては、何にも変わらない。どうして、逃げることしか考えられないの?」
私が本当に光を望まないから、光もその本当の姿を見せないと。
 
呆れたのだと思いました。彼女も、こんなみっともない私に愛想を尽かし、2度と来てくれないだろうと。
でも、彼女はまた来てくれました。そして、今度は…。
 
あの夜のことは忘れません。私は、自分が本当に何も知らなかったことに気が付きました。
そして望めば、もっといろんな事も知ることが出来ると、そう知ったのです。
 
あの人は私に光をくれました。
光の優しさを教えてくれました。
私に、こんな私にも、闇を打ち払う力があるのだと、そう教えてくれました。
世界は孤独だけではない。
たくさんの人々がいて、たくさんの優しさがあるのだと。
私が自分から足を踏み出せば、惜しみない笑顔をくれるのだと。
そう教えてくれたのです。
 
新しい世界が、私を包みました。
こんな私でも、気にかけ、大事にしてくれる人がいるのだと、私は知りました。
私にも何かできるのでしょうか。
愚かで逃げることしか考えていなかった私でも。
ほんの一歩。自分の脚で踏み出せれば。
誰かのために、何か出来るかも知れない。
 
まだまだ臆病な私です。
たとえ光と共にあっても、その後ろにすぐ闇の存在を感じ、いつ連れ戻されるのかと、
ビクビクしている弱い私です。
 
それでも。
もう少しだけ、自分の脚で進んでいければ、もっと強くて大事な何かが見つかる気がして。
 
私は自分で扉を開け、外に出ましょう。
カーテンを開け、部屋の隅々にまで、光を射し込ませましょう。
恐ろしくはあっても、ほんの少しの勇気を出して、一歩を踏み出せば。
私にも何かが変えられる力があると、あの人がそう教えてくれたとおりに。
 
私はあの夜、見知らぬ人々と笑い会った思い出と共に頂いてきた、一枚の紙を取り出しました。
あの時は模様にしか見えなかった物が文字であると、
今の私はそれがわかります。
その文字の1つ1つが何を意味しているのかさえ、今の私は知っています。
 
私はその紙を持ち、顔を上げて、一人で部屋を出ました。
私はこの「料理」を作ってみたいのです。
自分にも何かが出来ると、それを知りたいから。
今はこれを試してみようと思います。
 
私は、たとえ小さくあっても、自分だけの「光」を手に入れたのです。
 
 
TOP