◆ 家族の団らん 2 ◆


 
生き返ったお父さんは絶好調だった。
お父さんは考えた。

「わしは生前、自分の事ばかりで息子達のことを考える余裕があまりなかったような気がする。その所為かどうかはしらんが、息子達はあまり仲が良くないらしい。無理はない、わしは母違いの息子達の間をろくに取り持つこともしなかった。では、ここは一つ、息子同士が仲良くなるように機会を作ってやろう」

父は基本的に肉体派だった。
はっきり言って、考えるのは向いていなかった。



「と言うわけで、わしは考えたのだ」
「……なーにを考えたって?」
にこやかに笑う父に呼び出された息子2人は、最初から及び腰だった。
しかも、一番責任ある筈の兄は、最初から見ない振りを決め込んであらぬ方を見ている。勢い、話し相手になるのは、弟の方だった。
と言うわけで、犬夜叉はいやーな気分になりつつも、話を聞かないことには解放されないだろうと覚悟を決め、父の用件を確認した。

「何を考えたって?」
「それは決まっておろう。わしはな、生前、父親の責任をろくに果たさなかったことを非常に反省したのだ。だから、これから、父の責任として、親子がじっくり話し合いをする機会を持とうと考えた。とりあえずは、ご先祖様への墓参りだ!」

――先祖どころか、父の墓を巡って相争った兄弟は、この時点ですでに父の話を聞く気を無くしていた。

「わしらがいまあるのは、ご先祖様がいらしたおかげでもある。ご先祖様は、子孫が互いのことを理解しようともせず、啀み合う様子を見て心を痛めておることだろう。だから、一家揃って墓参りをし、ご先祖様を前に腹を割って話し合いをしようではないか」

「……つーかさ、親父、ご先祖様の方の仲間じゃん…」
とっくに死んだ父は墓参りをされる側の筈である。天然の兄にうっかり生き返らせてもらった父は、犬夜叉の言葉を聞かないふりで、どこからともなく包みを持ち出した。
「さて、此処に持ってきたのは、わしが心を込めて夜なべで準備した浴衣だ!」
無言で背中を向けた兄を、弟は引き止めた。
「お前、1人だけ逃げるな!」
「父はお前と気が合う、と見た!十分甘えるがいい」
「甘えさせるな!」
責任を押しつけある息子達を見て、父は違う方に感動をした。
(……息子達よ…父の心を判ってくれたのだな?父のことがきっかけで、そなた達の間に会話が増えるのならば、父はどんな事でもしよう…)
父は包みを一個ずつ息子達に押しつけた。
「さあ、着替えるがよい!」
押しつけられた息子達はいやな予感に顔を顰めた。
だが、着替えないことには解放されないという事も判っていたので、それぞれ渡された浴衣に着替えることになったのだ。


犬夜叉は初めて浴衣という物を着た。
普段着ている火鼠の衣と比べ、妖力がないから当然ではあるが、薄い単の地になんとなく心細さを感じる。
だが、夏の夜には涼しくて軽く、悪くないかも知れない。
藍色の縞もけっこう気に入った。
見ると、父も同じ藍色の浴衣を着ている。
(……へえ)
犬夜叉は、同じ柄の着物を着ている父が、意外と自分に似ていることに驚いた。確かに今のところ体格差はあるが、思っていた以上に似ている。
(……やっぱり、親子なんだな…)
思いがけないところで血の絆を見た気がして、犬夜叉はこっそりと感動していた。父の方も、自分と同じ柄の浴衣を着た息子の姿に、涙を零さんばかりに感動していた。
「犬夜叉よ…ろくな事をしてやれぬ父であったが…よくも此処まで大きくなってくれて…」
「ああ、判ったから。感動して化けるなよ」
そう宥める声にも愛情がこもった。やはり父なのだ――犬夜叉の中に温かいものが満ちていた。

「そういや、殺生丸もお揃いなのか?」
犬夜叉は、感動している父が興奮しすぎないよう気を逸らそうと訊いてみた。
「殺生丸か?殺生丸は…」
父が答える前に、殺生丸の必死で抑えているような声が聞こえた。
「父上…これはなんでしょう…」
父は浴衣に着替えた殺生丸の姿に、歓喜した。
「おお、なんとかわいらしいのじゃ!!!」
殺生丸が着ていたのは、白地に可愛い赤の金魚の柄。帯は赤い地に黄色の金魚。しかも下駄の鼻緒も赤だったりする。
「……ひょっとして…つーか、ひょっとしなくても…」
女物?と言いかけた犬夜叉の顔面に、赤い鼻緒の下駄が跳ぶ。鼻血を出してひっくり返る弟を無視し、殺生丸は嬉しそうに頬染めてる父に詰め寄った。
「父上!これは一体どういうことです!よもや、この殺生丸を嬲っておられるとでも?」
「嬲るなどとんでもない!」
父はズバリと言いきった。
「それは、…そなたの母がまだ娘時代の頃、初逢い引きの時に身につけていた浴衣の柄を、忠実に再現したのだ!」

再現してどうする――突っ込みたいが、どこを突っ込めばいいのかよく分からない、基本的に生真面目な坊ちゃん妖怪殺生丸。
ふるふると震える殺生丸に気が付かず、父は勝手に思い出に浸っている。
「ああ、思い出すも愛らしい…浴衣を着ての墓参りの時、そなたの母は可愛らしい手で、わしの先祖の墓を綺麗にしてくれてなぁ…その心根を見て、ああ、なんという可愛らしい女性かと、この娘を嫁に出来るわしはなんという幸運だと、心の底から喜んでいたのに…!」
思い出を辿っていた父は、そのまま辿り続けて母に愛想を尽かされたときまで思い出していた。
「な、なぜだ!わしは今も変わらず、愛しているのに、たかが着物の10枚20枚でなぜわしを捨てたのだ、妻よーーーーー!あ、犬夜叉よ、そなたの母も変わらず愛しているぞ」
「んな事、聞いてねえよ」

興奮しつつも律儀なフォローを入れる父の姿が、嘆きながら変わっていく。
「げげ、化ける!」
咄嗟に逃げ出した犬夜叉の前を、すでに逃げ出していた兄が走っている。
「ああ、てめえ!だからなんでいつもいつも先に逃げるんだ!」
「貴様よりも、父が変化する気配が読めるからだ。愚か者め」
「愚か者って、元を正せばてめーがなあ」
「私が何だというのだ!」
思いっきり怒鳴りつけてやろうかと思いつつ、赤い金魚の浴衣を着た兄の姿にうっかりときめいてしまった弟の舌鋒はちょっと鈍い。
「うー…何でもいいや、逃げようぜ」
「……なんだ?物わかりのいい…まあ、よい」

背後からは興奮して脳みそまで全て犬になりきってしまっている父が、前方を走る息子達をただひたすら追いかけてくる。
並んで逃げる兄弟間の心の距離は、少しだけ縮まったようだった。





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