◆ 日常の風景 5 ◆


 

ある日りんは考えた。
りんは殺生丸様が大好きだ。
邪見様も、弥勒様も大好きだ。
みんな一緒にいるとほっとするし、とっても楽しい。

殺生丸様はりんをどう思ってるんだろう。判らないけど、一緒にいられればそれだけでりんは嬉しい。
邪見様はりんをどう思っているんだろう。口やかましくてお小言ばっかりだけど、りんのこと嫌いじゃないと思う。
弥勒様はりんをどう思っているんだろう。いつも優しくてくれるし、きっとりんの事嫌いじゃないと思う。

殺生丸様は邪見様をどう思ってるんだろう。
いつも一緒に居るんだから、きっと好きなんだと思う。邪見様は殺生丸様のことが大好きで大事で自慢している。

殺生丸様は弥勒様をどう思っているんだろう。
きっと、大好きなんじゃないかと思う。だって、一緒にいるとき何だか少し嬉しそうだから。邪見様は気のせいだーって言うけど、そんな事無いと思う。だって、本当にほんのちょっとだけど、殺生丸様笑っているように見えるから。
弥勒様は殺生丸様のことが大好きだ。
これは気のせいなんかじゃない。だって弥勒様は殺生丸様に会いたくて訪ねてくるから。とってもとっても幸せそうで、りんも嬉しくなるくらい。

弥勒様と邪見様は、それぞれどう思ってるんだろう。
邪見様は弥勒様が嫌いみたい。いつも顔を見るとケンカする。
弥勒様も邪見様が嫌いみたい。会うといつも邪険にする。

弥勒様と邪見様もそれぞれを好きになればいいと思う。
そうすれば、きっと今よりもずっと楽しくなると思う。



ほんのりとした暖かい陽射しの中、古いお寺の縁側にちょこんと座ったりんは、庭の真ん中で睨み合っている弥勒と邪見を見ながらそんな事を考えている。
今りん達がいるのは、弥勒が育ったお寺なのだという。和尚様の無心は、梺の里の大きな家に呼ばれていって今はいない。
りんから少し離れた縁側の端には、無表情に座る殺生丸。
わーわーやりあっている弥勒と邪見を見ているのかいないのか、その表情は動かない。

あの日、突然思い立ったようにここを訪れた殺生丸は、弥勒の顔を見たことで目的を果たしてしまったのか、遅れたりん達がやってきたときはすでに帰りかけていたところだった。
殺生丸が訪ねてきてくれたことに心の底から感激していたらしい弥勒は、あっさりと背中を向けてしまった殺生丸に驚き慌て、殆ど無理矢理に寺の中に引っ張り込んで数日の滞在を約束させた。
約束の過程もかなりあっさりしたものだったらしい。
焦りながらどうやって口説こうかと意気込んでいた弥勒は、かえって力が抜けて放心してしまっていたくらいだ。
殺生丸が何を考えているのか、それは誰にも判らない。
なにはともあれ、この数日はずっとこの寺で日がな一日日向ぼっこをして過ごしているようなものだ。
もっともりんは赤ら顔の和尚さんとお喋りしたり、弥勒と一緒にいろんな雑事を手伝ったりと、普段は出来ないことをたくさんやって、楽しくてしようがない。
逆に邪見は此処にいること自体が気に入らないようで、暇さえあれば弥勒とケンカして殺生丸にさりげなくここを去りたがっている事を伝えようとしている。

――で、今のケンカの原因はなんなのだろう。

りんは弥勒と邪見の会話に耳を澄ませた。

「……臭い」

はあ?とりんは首を傾げ、僅かに身を乗り出してもっとよく話の内容を聞き取ろうと試みた。その結果、聞こえてきた内容は。

「だから!ここは人間くさすぎると言っておるのじゃ!こんな所で、何日も眠れるものか!」
「お前は、毎日毎晩ぐーすか寝こけてるどころか、暇さえあればうつらうつらと昼寝こいてるんじゃねーか!」
「ばかもの!わしは寝ているふりをしているのじゃ!」
「蹴飛ばされるまでうごかねぇくせに、それがなんでふりなんだ!」
弥勒は手に持っていた竹箒で、思いっきり邪見の小さな身体を叩き倒した。
コロコロと転がった邪見が、またきーきーと喚き立てる。
りんはちらりと殺生丸の様子を窺い、やっぱり見ているんだか見ていないんだか判らないその無表情に、ため息をついた。
「邪見様ったら…昨日は漬け物の匂いが我慢できないとか、足音がうるさいとか、お線香がイヤだとか、なんかどーでもいいことばっかり言ってる気がする…」
「ま、なんでもいいから絡みたいのじゃろ」
呟きに対して返ってきた言葉に、りんはきょとんとなり、すぐに笑顔になった。
「無心様、お帰りなさい」
「ほれ、土産の団子じゃ」
無心は竹皮に包まれた団子を、そのままりんに差しだした。甘い餡の香りにりんはますます嬉しそうになる。その顔を、まるで孫娘を見るような優しい目で見つめ、無心は縁側に座り直して徳利を傾けた。
「あやつらは、飽きずにやっとるのう」
「無心様も止めてー。なんでケンカばっかりするのか、りん、分かんないよ」
包みを開く手を止め、そう真剣な顔でいう幼女に、無心は可笑しそうに笑った。ちらりとその向こう側に座っている妖の横顔を眺め、りんの耳に口を近づけ低い声でいう。
「ありゃ、二人してあの別嬪さんの関心を引きたいだけじゃ。弥勒が本気でケンカをする気になったら、もっととんでもない事態になっておるわい」
「本気じゃないの?」
りんはほっとしたのと、理由が判らなかったので、複雑な顔になった。
「あの小妖はしらんがの。弥勒の方は楽しんでおるわ」
無心は赤ら顔で笑い、悪戯っぽい顔になる。
「ケンカが始まると、終わるまでいつもあの御仁は黙ってああしとるじゃろ?」
りんはちらりと殺生丸を見た。

何を見てるのか見てないのか、何を考えているのかいないのか、それは誰にも判らないが、少なくとも勝手にどこかへ行ったりはしない。
殺生丸は、弥勒と邪見がやり合っている場から、勝手に消えたりはしない。

「……うーん」
ますます判らなくなったりんが首を捻ると、夢心はますます笑っていった。

「まあ、弥勒はな、昔からなんでも器用にこなす奴じゃった。あれで使命も何も背負わぬ気楽な立場だったら、とんでもなく鼻持ちならないイヤな男に育っていたかもしれん。あやつは苦労するくらいが丁度いい。とくに惚れた相手の関心を得るための苦労なんてのは、買ってでもしたいもんじゃて」
「…よく分かんないけど、弥勒様は邪見様のこと嫌いじゃないんだよね」
「楽しんでおるのだろうよ、あれでけっこうな」
「邪見様はどうなのかな」
りんがぽそりと呟いた途端だった。分が悪いとみた邪見が、殺生丸の袴の陰に隠れて、そこから喚きだしたのだ。さすがに殺生丸の足下で箒を振り回すことも出来ず、指差しして「卑怯ですよ!こっちに出てきなさい!」などと言葉使いさえも変える弥勒に、邪見は勝ち誇ったような顔で舌を出して見せる。

「……邪見様も楽しんでるのかな?」
「まあ、わしは見ていて楽しいがな。あやつが慌てふためく顔というのは、そうそう見られるものではない」
夢心は豪快に笑って酒をあおる。
りんは、大きく首を捻ったまま、真剣に目を細めて三人を見る。

殺生丸の足にしがみつき、その後ろから偉そうに舌を出している邪見様。
しゃがみ込み邪見には威すような事を言いつつ、殺生丸本人にはご機嫌取りのような言葉をかけている弥勒。
そんな二人を邪魔にするでもなければ立ち去る様子もなく、何を考えているのかは判らないまでも二人の様子を黙って見ている殺生丸。
遊んでいるように見えなくもない。

「楽しんでるように見えるかも…いいや、そういう事にしておこうっと」
にこっと笑ってそういうと、りんはがさこそと包みを広げて団子を頬張った。
「嬢ちゃん、度胸のいい決めつけ方をするのう」
「だって、よくよく思い出してみたら、普段と同じだもん。いつも同じ事してるんだからきっと誰もイヤじゃないんだよ」
「まあ、確かに、ありゃーもう、日常的にやり合い慣れてる連中の戯れ方じゃ」
無心の言葉にりんは頷いた。

だって考えてみれば、いつだって楽しかった。
邪見と弥勒がケンカしたって、だれも困ってもいないし、イヤな思いもしていない。
だからこれは当たり前の風景、日常の出来事。

りんはニコニコしながら甘い団子を楽しんだ。
目の前ではついに我慢できなくなったらしい弥勒が袴の後ろから邪見を引きずり出そうとし、どさくさ紛れに変なところを触りでもしたのか、二人まとめて殺生丸に蹴り倒されていた。

――そう、いつものように。

 
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