俺たちは、命懸けで白米をリスペクトする!


今日は、駒込駅近くのミャンマー・雲南料理店「昆明飯店」で飯を喰った話をしよう。
ここの料理は、ウマイ。
そのうまさが、俺に、俺たちに、ただ単純なうまさだけではない、もっと根源的なものを思い出させたのだ。
もちろん、ただ単純なうまさはとても大事なことだが、俺にとってその、「うまい」ってコトの原点とはなんなのか?
その話をこれからしよう。

俺は何のために飯を喰っているのか?
細かい話をヌキにあえて断言しちまえば、“旨味”を味わうためだ。
甘いだの辛いだの酸っぱいだの苦いだのしょっぱいだのは、それを引き出すための呼び水に過ぎない。あくまで2次的なことだ。
いわゆるアレだ、アミノ酸とかいう、あのコクとか旨みとかダシとかとにかくそういう、言わばたんぱく質の精髄、命そのもの根源を味わうために俺は生きている。そう断言したっていい。
人間の味覚ってのはホントにたいしたものだ。
生命科学の最前線が最近ようやっと導き出した生命の正体を、太古の時代からきちんとかぎ分けていたんだから。

東南アジアから東アジアにかけて、この旨味を濃くして喰ってやろう、って料理が多い。・・・って気がする。
たんぱく質を、熟成させて、濃縮して、濃縮して、じっとりと濃くするために発酵って手段を使う。
くさやとか納豆とか豆腐蓉とか塩辛とか・・・
日本だけじゃあない。華南からインドシナに掛けて発酵食品文化圏が広がっている・・・・・
「いや、東南アジアに発酵食品が多いのは、湿潤で生物が腐りやすい気候故に保存食として発達したせいだよ」
ナニ?そうか?そう言えばそうかもな・・・いや、じゃあ、敢えて断言しよう。
東南アジアが湿潤なのは、食い物を旨くするためだ!旨味の濃いいものを喰わせる為に、アジアはこういう気候なのだと、そう言ってしまって差し支えあるまい!!

と、言い切るだけの確信を俺に与えてくれた昆明飯店とは?
一年以上前、すの字と俺とブルースと3人で喰ったときもウマイウマイと喰いまくったが、なにかタイミングがジャマして結局食べバカで紹介しそこなった店。
記憶を頼りに今度はブルースと2人で行ってみたその店を次項から皆さんに紹介してみよう。

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