辛いぜ、辛いぜ、辛くて死ぬぜ〜!!
久しぶりに、シャレ抜きで、食い物で身体の危険を感じた。
それが、ゲテモノならばしょうがない。しかし、地元の人間ならば当たり前のように毎日食するものでこんなことになろうとは……
それではなんで、俺たちがそんな命の危険を冒してまでそれを食べるハメに陥ったのか?順を追って話し始めよう。
連休半ばの日曜日。まずスタート地点は秋葉原。ブルースが新しいゲームを買いたいというので。
しかし、仕事で遅れた俺がつく頃には、ゲーム購入済のブルース。妙にテンションが高い。このテンションの高さがまた、後で危機を呼ぶわけだが。
今日飯を食う店は、もう決まっている。ブータン料理店「ガテモタブン」渋谷区は代々木上原駅最寄のお店らしい。ちょっと知り合いの日記に「ブータン料理ってどんなだろう?」と書いてあったで、俺も興味をそそられ、なんだかんだで俺とブルースで食べに行くことにしたのだ。
この開店時間は18時。まだ4時間半ほどある。しょうがないので上野まで歩く。
上野は博物館銀座。特に仏像マニアのブルースは暇になると国立博物館に通いつめている。俺は古代文明展とか興味がある特集のときしか行かないけど。
まあ、それにしてもあれだ。連休中の博物館はとにかく親子連れが多い。国立博物館は国宝の到来に入場制限まで敷かれるごった返しぶり。飯屋でも行列が嫌い。ましてや博物館に1時間半も並べるかよ!と結局、マンモスが見たいというブルースの希望で国立科学博物館へ。
マンモスは陸の王者。ドーベルマンでもゴリラでも敵にならない。だから、刑事マンガでもマンモスが一番。ゴリラは特命刑事、ドーベルマンははみ出し刑事だが、マンモスは最初っから法の外にいる。なんたって、勝手に作った「復讐私刑法」に基づいて行動しているんだから…
ちなみに、「ドーベルマン刑事」は週刊少年ジャンプ、「アクション刑事ザ・ゴリラ」はコロコロコミック、「マンモス」は月刊少年ジャンプに連載されたマンガ。
ゴリラはドーベルマンのぱちり、マンモスはドーベルマンの原作者でもある武論尊先生がアナーキーさを“更に”ヒートアップさせて原作を書いているのだ。このマンモス最強論、あながち暴論でもないぞ。
なんにしても、最強はマンモスを狩りまくるはじめ人間たちだとは思うが。
何だかんだ言って、博物館は時間の流れを忘れるものだ。ちょうどいい時間で退館。代々木に向かう。
店の最寄り駅は、小田急線代々木上原駅。徒歩5分くらい。
「とすると、新宿まで山手線。そこからオバQ…もとい、小田急乗換えだな」
「はっはっはっ!異なコトを言うな、肉よ。上原だろうが下腹だろうが、代々木は代々木。いいじゃねえか、代々木駅で降りりゃよ。乗り換えなんざぁ、やるだけ無駄よ」
「それもそうか、なにも渋谷区をでるわけじゃないしな」
代々木駅を降りて近隣周辺図を見るが、代々木上原駅はその範囲に入っていない。
アレ、ひょっとして早まったかいな…などとは口にしない。それが食べバカの作法。
「この図…端のほうにオバQ…もとい小田急線が書いてありますな」
「それさっきも言ったよ…つまり、ここから線路脇を歩けば代々木上原に着くわけか。まあ、近いな」
「あ…ああ、なにも…なにも渋谷区を出るほど歩くわけじゃあるまいしな」
「…それもさっき言ったよ」
要するに、そうやって歩いている間に電柱の町名表示が「代々木」から「上原」に変わればいいだけのこと。本当にこれは、どうということは無い。どうといことは…
ところで「渋谷」という地名は、元々谷が多く、急な窪地に流れ込む川の泡立つさまを表現したものだという。開発により湿地的な部分が無くなって都会になったのだが、いかんせん、地形は変わらない。
「坂、多いな」
「う、うん。でも、別に渋谷区を出るほど…」
「くでえよ!」
そんなこんなでついに店に到着した。
チーズとトウガラシ
しかし、これで冒険が終わったわけではない。ここからが、特にブルースにとっては正にここからが正念場なのだ。
ブータン料理は、辛い。世界一辛い、と人は言う。端的にいうと、こうだ。
ブータン人は唐辛子をスパイスとしてではなく、野菜として使う、と。
辛さに弱いブルースにとっては、これは冒険だ。だが、彼は言うだろう「あとは、勇気だけだ」と。
だがな、ブルース。それは蛮勇なのだ。貴様は蛮勇の男。…だからこそ、俺たちはバカみたいに食べ続けられたのだが。
それにしても、ブータン料理「ガテモタブン」。これがまた、雰囲気のいいお店。
テーブル3卓とカウンターだけのこじんまりした、押し付けがましくない店構え。
メニューには、トウガラシの絵の数で辛さを指定してくれている。ブルース曰く「撃墜マーク」。昔、戦闘機乗りが撃墜した敵機の数を期待にペイントして自慢した故事に由来している表現だ。ちなみに、旧日本軍では撃墜マーク5個でおもちゃの缶詰、もとい、「エース」の称号を受けていたとのこと。
と、すると、この店ではエースはただ一人。その名も「エマダツィ」トウガラシ(エマ)とチーズ(ダツィ)を煮込んだブータンの代表的な料理とのコト。見るからに危険だ。ほかの料理は撃墜マークが2〜3個が普通なのに、これだけは7つ。きっと敵兵には天空の死神とか恐れられていた大エースに違いない。
そこでヒゲの若いマスターが着火発言。
「ブータンの人は毎日これ食べてるみたいですよ。多い人は一日3食」
なにッ!するとこれは…ブータンの常食?だとしたら、如何に危険だろうと行くしかないだろう。俺とブルース、二人ともに目に蛮勇の光を宿してしまった。今日は二人しかいない。止める者もいない。いや、いたとしてももう止まらない。…ああ、日本人向けに多少辛味を押さえたエダマツィもあると言われているのに…
時間のかかるエマダツィができるまでに、さて、ほかものも頼むか。
「歩き続けて暑いから、まず生ビール」
え、ビールあるの?なんと、ドイツビールがいくつもある。…え?なぜかドイツ料理も!ここはブータン、ドイツ料理の店か。
「ビールにはソーセージだろう。まずソーセージ盛り合わせ!それから…」
唯一辛くないサラダ料理「ホゲ」。野菜のトウガラシ炒め。チベット、ネパールの蒸し餃子「モモ」。豚肉料理「パクシャバ」。
一気に頼んでおいて、こちらはビールとソーセージで乾杯。
そのうち、隣の席に4人連れが来店。赤ちゃん連れの夫婦と年配の男性。お父さんとおじいちゃん?は見るからに欧米人。みんな英語を話していたが、イギリスっぽくないので多分アメリカ人だろうと、イギリス通のブルース先生は言う。
ご機嫌で好奇の視線をあちらこちらに向ける赤ちゃんはやっぱり可愛いねえ。
「…やべえ…赤ちゃんにトウガラシ喰わせたら泣くぜ〜。止めなきゃ。止めなきゃよ〜」
と、小声で笑いながら彼女を肴にビールを飲む。そのうち、居心地がいいのかお眠になったようだ。
まずはサラダだ。
キュウリとトマト。味付けはカッテージチーズと山椒。
チーズと山椒?これが…合う!なんか、不思議な味わい。とてもさっぱりしている。否、さっぱりしすぎている!
「これはいい。この後のこってり料理の箸休めに少し残しておこうぜ」
と、言いつつ、しかしこれが止まらない。箸が進む、進む。
次の料理が来るころにはほぼなくなってしまったのだ。
次?次は餃子だ。
これは、最近はネパール料理店、インド料理店などでもよく見かける蒸し餃子の「モモ」。元々はチベット料理らしい。
チベット!…ここでチベットの話が出てきましたよ。あえて時事ネタは避けているのだが、敢えてこの話題には触れておこう。
数年後にこの食べバカを見直したときに、俺は正にこのとき(2008.5)にブータン料理を食べていたことを、あの事件と絡めて思い出すことだろう。
ブータンは唯一のチベット仏教を国教とする国家。そして、時は正に中国−チベット問題の渦中。もちろん、政治的にはブータンには関係ない。ましてや、東京の片隅でブータン料理を出しているだけの店になど…
しかし、チベット人も多く住み、チベット仏教を信奉するブータンの人たちが常食とする辛い飯。それを食べるときに、我々も今チベット文化圏で何が起きているのか?それを意識の片隅に置いておきたい。
実は、このブータン料理の1ヶ月前にはパレスティナ料理も食べている。順序は前後してしまったが、それもいずれ紹介したい。
どちらも政治的に微妙な話題ではあろう。だが、政治信条云々の前に、同じ食べ物を世界の別の場所で食べている人たちとの共感、連帯感を完全に忘れ去って食べまくりと呼べるのか?…いや、まあ、本当のところはうまけりゃいいんだけどね。これは食べバカには余分な話。
閑話休題。
これは辛くないね、と安心するブルースだが、しかしこれもまたブータン料理。ラードで練ったトウガラシペーストを付けて食べるのが正しいのだ。
「うわ、やべ、付けすぎた…つつつ…」
テンションの高すぎが、今回高くつくブルース。ちょっと調子に乗りすぎだ。
トウガラシは控えめにね。
出た!豚の塊。
ブタ!ダイコン!トウガラシ!!
これがね、豚の脂が回った大根がコクがあっておいしいのですよ。これがね、濃すぎるほどの脂は味を飽きさせるのですよ、普通は。それを、トウガラシの刺激が中和しながら食べ進める。
これなら辛いの弱いブルースにも、おいしくトウガラシがいただけるはず。
「しかしあれだね、これはご飯に合うよね。やべえなあ、ご飯ほしい」
「じゃあ、頼むか?」
「いや、でも、ビール行っちゃってるからなあ。これはこれで、ビールにもいいしなあ」
すでに最初の生ビールをクリア。ブルースは黒ビール、俺はコロナビールに移行している。
しかしこの店、なぜにメキシコビールまである?
「あ、いいな、意外と合うんじゃないの、コロナ」
なるほど、ブルースに言われて気づいたが、チリソースと合わせるコロナビールは辛いオカズによく合う。
ふと横を見ると、となりの夫婦とお年寄り、米を喰っている。ザルに盛られた山盛りの米で辛い飯を喰っている。
ザルということは、もちもちに炊いた米ではなく、おそらくインド、東南アジア特有の茹でたさらさら飯だろうか。
本格的だ。次に来る時は是非とも米を頼まなくちゃな、と決心。
…しかし、次と言っても……次は本当にあるのか?
続いて、野菜炒め。これにもトウガラシ。でも、
「これならイケるぜッッッ!!」
お前は芝千春か?
ガツガツ行きます。行けますよ。普通に炒め物だから。油と絡んだトウガラシの旨さ。これは四川料理とかでも散々学習させられている、言ってみればごく普通に旨い料理。
そして、その勢いで挑んだメインディッシュがこのエマダツィ。
チーズがトロッとしたコクの有りげな色、艶、香り…
「おお、辛そうだけど旨そ〜〜!」
待て!ブルース!!旨そうな香りの奥に、むせるような微かな刺激臭を感じぬか、お前は。
「おや、これ、オクラかな…がぶっ!と…」
早まるなブルース!
それは罠だ!!
emergency!!emergency!!emergency!!emergency!!emergency!!emergency!!
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