ルーマニア料理とは何か!?

「好奇心は猫を殺す」と言う。
だが、人類の魂は探求のためにある。
ルーマニア料理とはなにか?その特性は?中世ヨーロッパの、常に対オスマントルコの最前線に位置し、文明の要衝のこの地に育まれた食文化の探求こそが、今まさに俺たちが求めて止まぬ辺境シリーズの肝である。
ああ、ルーマニアよ。霧深き伝説の揺籠の奥深く、お前は俺たちに何を見せるのか?
そして2時間後。
果たして、ルーマニア食文化の懊脳は極まったのか?
答えは否。
そんな難しい問題はすでに頭になかった。


「ああ、旨かった……」
「う〜〜無性に気持ちがイイ〜」
よたよたと、中野坂上から地下鉄に乗り込む2人の、ただ幸福であるということ以外に特筆すべき何物もないただの幸せもの二人。
「う〜〜もう一軒行こう、もう一軒。呑まずにいられねーや」
「バッキャロ、俺ゃこの無上の幸福と後味を噛み締めて眠るんでィ」
「こんな素ン晴らしい店を見つけた記念に祝杯を挙げたいんだよゥ!な、な、もう一軒、もう一軒だけよォ」
酒とムードと料理と至福感に当てられて、ブルースはわけが判らなくなっている。こんなとき、ヤツに飲ませてはいけない!ご注意、ご注意。

しかし、なんでこんなことになっちまったのか?
もちろん、店に入ったときには探究心の塊であった。ルーマニアとは?ルーマニア料理とは。
特にルーマニアっぽい料理の事などを聞くが、人のよさそうなシェフが言うには、びっくりするような特色などないとのこと。素朴なルーマニア家庭料理をしっかりと作り上げて出すのがこの店の料理。
そして、ルーマニア料理とは本来そんな田舎料理のようなものなのだという。
一時期、この店でも本場で修行したバリバリのフレンチコックを雇っていたという。
彼はこの素朴な田舎料理に物足りなさを感じていたという。フレンチの華麗な技巧を取り込むことを主張していたという。
ああ、それは素晴らしいことだね。でも、この素朴なルーマニア料理をそのままお客さんに味わってもらうことがこの店の目的だから。
シェフのポリシーは揺らがなかったという。フレンチの威光も通じない。巨大帝国オスマントルコ、ハプスブルクからも独立を続けたルーマニアの前身ワラキアの血が、このルーマニア料理には込められているに違いない。
いつまでも変わらずに居て欲しいもの。この店はそういうもののウチの一つなのだ。




ここの料理はディナーセットになっているという。
お好みの一品料理に、スープ、グラスワイン、コーヒー、パンかライスがついて1,980円ぽっきり。
こちとら、言わずと知れたライス好き。しかし、洋食で合わせるのになにも無理矢理にライスにするほど依怙地ではない。この店ではルーマニア家庭風のパンを普通に焼いているという。それを頼むことに。
更に、ルーマニアっぽいものを、ということでオードブルとボトルワインを別途注文。それが上の写真。
鶏のテリーヌ、クリームチーズなど、特にびっくりする材料や刺激的な味付けを持たない素朴な前菜の、しかしこのしっかりしたおいしさが既に俺たちのボルテージを上げ始めたことを、
ああ、このときに気づいておくべきであったか。



スープにも極端な味はない。肉と野菜が煮込まれた優しくて充実した味。
しかし、この食感はなんだ?麺というにはトロッとした、舌を遊ばせてくれるこの柔らかい具は……いやしかし、このスープの解説は次項に譲りたい。
なぜなら、そんなことを考える余裕のない事態に俺たちは遭遇してしまったのである。




うめえ〜〜!
パンが、旨え!!




なんたること。パンとはこんなに旨いものであったのか!
モチモチしていて、噛むごとに旨味とコクが広がるこれは、本当にパンなのか?
おれはこんな旨いパンを喰ったことはない。生まれて初めてだ。
だが、ルーマニア人はいつもこんな旨いパンを喰っているというのか!?
ヨーロッパの家庭では、結構こういうパンが出てきますよ。とはシェフの弁。
そうか?そうか!俺たち日本人がこんな旨い米を毎日食っているのに、なんでヨーロッパ人はパンを食べているのだろう、と常に疑問であったが、
そうか、毎日のパンはおいしいものなのか。
当然だ。パンは彼らの常食だものな。もちもちした食べ飽きないパンを作るに決まっているだろう。
俺は、パンを、舐めていた。
すまない。全てのパン食文化のみなさん。俺はこの不明を詫びる。

このパンの旨さの衝撃をもって前半終了。



以下、次号



とその前に追記。
コレがサービスで最後に出たプラムの果実酒ワンショット。
強い。
ドロッとした熱い液体が胃壁に染み込むのを感じる。
最初にコレで胃壁に膜を作ってからワインを飲むのでルーマニアの酒飲みは悪酔いしないのだという。
遅いよ。前述の通りだがブルースもう、悪酔いしてるよ。

後半はこちらから

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